第6話 伊吹管理官

 パーティーの参加者はほぼ退席した。

 会場に残されたのはハルトとエリナと犬上麗美さん、そして警備に当たっていた警察官たちだった。

 パーティーが立食パーティーだったので、当然会場に椅子はなく皆立ったままということになった。

 公安調査官だと言っていた麗美さんの隣にハルトとエリナはいた。警察官は中央で集合し会議を開いるようだった。

 麗美さんはハルトに小声で訊いた。


「さっき警察に小さな箱を見せていたわね」

「はい。でも、まともに取り合ってもらえませんでしたけどね」

「私に見せてくれるかしら?」

「はい」


 ハルトは麗美さんに先ほど拾った箱を渡した。


「やはりね」


 そう言いながら麗美さんは箱をしげしげと眺めていた。

 ハルトは訊いた。


「その箱はやっぱり何か重要なものなんですか?」

「おそらくね。最近、伊勢神宮からの垂れ込みがあって、良からぬことが起きるのではないかと言われていたの」

「神社ですか。何か日本の一機関が神の言葉を頼りにするというのも意外ですね」

「確かに、私もオカルトじみているとは思ったけど、今回の一件があるとあながち間違いであるとも言えないわね」

「そう言われるとそうですけど」

「とにかく、ありがとう。悪いようにはしないわ」


 そう言って麗美さんは箱を自分のカバンに仕舞った。

 警察官の一人が遠くの方で仲間の警察官に向けて、いかにも気怠そうに喋っている声が聞こえてきた。


「高校生が警察の会議に参加することなど前代未聞ですよ」


 近くで立っていた警察官はハルトたちに聞こえるような溜め息を吐いた。


「しょうがないだろ。俺らには如何ともし難い権力があるんだよ」


 他方では、入り口に背を向けるようにして立っていた、ゴリラのような大柄な風貌の警察官が部下たちに大声で喋っていた。


「何、気にするな。彼らは話を聞くだけだそうだ」


 そうしてガハハと豪快に笑っていた。

 ハルトは本当にこの警察官たちに任せても大丈夫なのかと少し不安になってきた。

 麗美さんが小声で教えてくれた。


「あの大男は高嶋警部よ。警察の柔道大会で15連覇した記録は未だに破られてないわ」


 そこへスーツ姿の人物が颯爽と警察の会議に合流した。高嶋警部の背後に立ったので警部は気付かなかった。

 麗美さんは囁くように紹介してくれた。


「今入ってきたのが伊吹管理官よ」


 伊吹管理官の身長はそれほど高くなく、筋肉質というガタイではなかったが、彼の全ての所作には淀みがなかった。そして、横柄な態度で周りを威圧するような不躾な印象は全く感じさせなかった。顔はナイスミドルといったところか。

 伊吹管理官の姿が見えるや否や、警察官は一斉にそれまでだらけていたのが嘘のように口を閉ざした。それどころか、十分に教練を叩き込まれた軍人のように極めて迅速に規則正しく整然と並び一糸乱れぬ動きの末に直立不動になった。

 大笑いする高島警部は気付いていなかったので、伊吹管理官が来たと部下の一人が警部の注意を引こうとしていた。

 高嶋警部は豪傑という言葉が似合った。


「アルデールの野郎、次会ったら張り倒してやる」


 そして、言葉の終わりには決まってガハハと笑っていた。

 そこで高嶋警部はようやく整列した部下に気付いたらしく顔を後ろに向けて伊吹管理官を見ると飛び上がるように驚いた。


「伊吹管理官! 来ていらしたんですか!」


 伊吹管理官は少しも微笑むことなく無表情のまま会釈した。

 それから伊吹管理官は高島警部から話を聞いていた。

 それが終わると、伊吹管理官は警察官たちに向けて静かに話し始めた。


「よし、それでは会議を始める」


 警察官たちが一斉に伊吹管理官に注目した。


「報告によれば、魔法使いを自称するアルデールと名乗る男が現れたそうだな。そして、そのアルデールは、大勢の警察官の目の前でパーティーに参加していた加賀亜美菜13歳の少女を拉致し逃亡に成功した。それで間違い無いな?」


 伊吹管理官はそこまで言って隣にいたゴリラのような警察官を見た。

 高嶋警部はその大きな体躯を半分くらいに萎縮して話し始めた。


「はい! 確かに仰る通りであります! ですが彼奴は謎の力で我々を寄せ付けませんでした!」


 その時、一人の若い警察官が割って入った。


「会議中のところ、失礼します。大黒埠頭でアルデールと思しき男が出現したと通報がありました!」


 伊吹管理官は高嶋警部の前に立って目を見て言った。


「どうするかね、高嶋警部?」


 高嶋警部は萎縮したまま声を絞り出した。高嶋警部のその様は見ていて痛々しく、ハルトは高嶋警部が可哀想になってきた。


「逮捕してまいります! 行くぞ、お前ら!」


 そう言って高嶋警部は多くの警察官を従えて会場を後にした。播磨巡査がエリナに向かって手を振っていたが、エリナは無視した。

 伊吹管理官は会場に残された麗美さんを見た。


「すみませんね。猪突猛進なところが彼の長所であり欠点でもあるんだ」

「いえ、私たちは話を聞かせていただいていただけです。それに、あの状況で警察官たちは最善の行動をしたかと思います」

「そう言ってもらえるとありがたいよ」


 そう言って帰ろうとする伊吹管理官を麗美さんが引き止めた。


「あの、大黒埠頭に出たということですが、本当は別の地点かも知れません。私たちも動いて良いですか?」

「誘導か。その可能性も考えられるが、我々は愚直に通報に従うのみだ。

君らが別行動するのは構わんよ。例え私が止めろと言っても君は動くだろうがね」


 伊吹管理官は会場を後にした。麗美さんは一礼をして送り出していた。

 二人の間には因縁じみたものがあることが窺えた。麗美さんもカバンを抱えると会場を後にした。

 会場にはハルトとエリナ、そして麗美さんだけになった。


「お互い別の機関だし管轄を主張し合うことになるのは目に見えてるから気を使うわね。警察も頑張ってるみたいだから期待しましょうね」


 そうして麗美さんは会場を後にした。

 とうとう会場にはハルトとエリナだけになってしまった。

 エリナは少し弱気になっているようだった。俯きながらエリナは言った。


「一体、どうすればいいの。アミナは本当に助かるの」


 いつもは気丈に振る舞うエリナが見せた可憐で今にも舞い散ってしまいそうな花のように弱々しい表情をハルトは初めて見た。実の妹が目の前で連れ去られたのだ、その衝撃に耐えられる者はそういないだろう。

 ハルトは思案した。彼女を勇気付ける言葉を探したが部外者のハルトがかける言葉はどれも空虚なものになってしまうだろう。

 ようやく出た言葉は情けない口調になってしまった。


「警察は大黒埠頭の方に行ったみたいだから、俺らも遠くから眺めに行こうよ。何かできることがあるかも知れないし」


 言ってからハルトは後悔した。これでは何もやらないのと同じじゃないか。

 エリナは顔を上げて無理やり笑顔を作った。


「そうね。ここに留まって何もしないよりマシだわ」


 エリナの笑顔は痛々しくてとても見ていられなかった。

 その姿を見てハルトも負けじと心を奮い立たせた。


「じゃあ、行こうか」


 ハルトが可能な限り元気に振る舞うよう努めてそう言うと、ハルトとエリナは会場を出た。

 会場を出ると麗美さんがあの箱を弄っていた。

 おかしなことに、箱からは何やら映像が出ていた。ハルトたちに気付くと落ち着いた大人の笑顔で言った。


「あなたたちは無理しないで大人に任せない」


 そう言って麗美さんは帰った。

 ハルトとエリナは目を合わせた。ハルトは言った。

 

「あれって火力発電所だよな。大黒埠頭とは逆方向の」


 エリナもその言葉にうなずいた。

 麗美さんはわざとハルトたちに答えを教えたのだろうか。いずれにせよ、海辺の火力発電所に何かあるに違いなかった。

 エリナを勇気付ける流れから選択肢は決まっていた。ハルトは決意を込めて言った。


「火力発電所へ行こう」


 何が正解かなんて分からなかった。

 ハルトとエリナは火力発電所に進み出した。

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