第1章 魔法使い出現する

山本純也

第1話 目新しい扉

  高校一年生の新川春斗(ハルト)は街中を歩いていた。

傾きかけたと言っても夏の陽の光はハルトにとっては意に介さないほどに厳しかった。

 その光はハルトを焚きつけた。心を強く急き立てる焦燥感とともに歩を進めていた。なぜ、それが湧き出てくるのか。

ハルトにはある一つの使命があった。

激安クーポンをクラスの男子が入手したとかで、ハルトはそれを譲り受けたのだ。

  そのクーポンの有効期限が今日の午後5時だったので、その男子は部活があるために行けないと言うのだ。それで捨てるのももったいないと言うのでハルトに渡したのだということらしい。

 すでに時刻は午後4時50分だった。このペースならギリギリ間に合うだろう。

 浮き足立ちそうな歩調で、辛うじてバランスを取るために次々に足を前に踏み出す。

 近道のため裏路地に入り込んだ。

 ふと、一つの怪しげな目新しい扉が目に入った。

 なぜだか、その扉だけが場違いなくらいに光り輝いているように見えた。

 しかし、扉の横には「UT研究所」と書かれた看板がかけられていた。限りなく怪しかった。

 その扉が何であれ、ハルトには用がなかった。ただ歩くのみだった。

ちょうどその扉の前を通り過ぎようというとき、唐突に扉が開け放たれた。そこに誰がいようとお構いないかのように。


「うお!」


 ハルトはすんでのところで避けた。

  その扉から顔を出したのは、同じクラスの加賀恵里奈だった。

加賀恵里奈はクラスでも指折りの可愛さをもっていて、男子の間でも話題に挙がることが多かった。ただし、性格的には自分勝手というか、一見すると寡黙な文学少女という見た目で、かつ、鉄の意志を持っていた。ハルトは彼女が自分で決めたことを曲げたのを見たことがなかった。この前も学業に励むべき高校生に修学旅行の存在意義に疑問を呈したとかで欠席し一人図書室で自習をしていたらしい。

 なぜ、加賀がこんなところにいるのだろうか。

 その加賀と目が合った。ハルトは驚くとともに足を止めていた。ハルトの少し動転した様子を察知してか、間髪を入れずに加賀は迫るような剣幕でハルトに詰め寄った。


「ストーカー!」


 突然、ハルトのことを犯罪者であるかのように言う加賀にたじろいだ。


「は? あんた加賀さんだろ? 同じクラスの」


加賀の後から白髭を蓄えた老人が出てきた。


「どうかしたのかね」


 加賀はそれに応えるように言う。彼女の言葉はつくづく自信に満ちていた。


「見てください。ストーカーですよ」


 相手のペースで話が運ばれていくのは腑に落ちない。しかも自分の事となったら放置できない。ここはハルトも負けてはいられない。身の潔白を証明するために主張した。


「違う。何を言うんだ。突然に」


  しかし、こう言う場合はしばしば、女性の方が有利になるのが世の常だ。ハルトの言葉には力なく響かなかった。加賀は我関せずといった様子でハルトの前に立ちはだかった。

 老人も何かを察知したように加勢した。


「そうか、君が…。どうかね。違うと言うなら誠意でもって示しては」


 ハルトの言葉は届いているのか分からないが、味方がいなさそうなこの状況で何とか言葉を続けた。


「誠意って、何だよ」


  ハルトは全く言い返せていない自分に気づいた。この状況は相手の手中で踊らされているだけなのが否めない。

加賀は勝ち誇ったように笑み浮かべた。


「私と一緒にあるパーティーに出席して欲しいの」

「パーテイー?」


 加賀の意表をつく行動に、ハルトは素っ頓狂な声を出した。


「あと私のことはエリナで良いわ。そこでは仲が良いように装うのよ」

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