悪魔を見習って生きよう

猫犬鼠子

悪魔を見習って生きよう


「これからは、悪魔を見習って生きようと思うの」


 とある日の朝、無邪気な顔のまま、彼女はそう言った。


「なにか悪い物でも食べたの?」


 突然の、悪いことしちゃいます宣言に、僕はびっくりして彼女を二度見する。


 神のように寛大な心を持って……とか、

 神の如く慈悲深く……とか、

 神様を生き方の理想にしている人達は街でもたまに見かけるが、悪魔を人生のお手本にするという話は聞いたことが無かった。


 年頃の少年少女には誰でも悪ぶりたい時期があると聞くが、彼女もついに、悪に目覚めてしまったのだろうか。


「だってさ、聞くところによると、神様って万能なんでしょ?」

「うん」

「つまり完璧。欠点がないなんて、すんごいつまんない生き物だと思わない?」

「うーん、うん」


 神様が生き物かどうかはさておいて、僕は気のない声を出す。


「身の回りの人が、みーんな神様みたいな生き方してたらどうなるか、考えて欲しいんだけど……」

「うん、うん、うん」

「ねえ、話聞いてないでしょ」

「うん」


 いまいち話の行き先が分からないので、とりあえず話に合わせて適当に頷いていると、彼女は少し不機嫌な顔になった。


「私ね、悪魔を見習った方が、より人間らしく生きれるって事に気づいたの」

「それって、人間をディスってるって解釈してオーケー?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど、何て言ったらいいのかなあ……悪魔って個性の塊だと思うのよ」

「はあ」

「七つの大罪って言葉あるじゃない?」

「うん、よくは知らないけど、知ってる。暴飲、暴食、暴力、暴言……そんな感じの奴でしょ。……アレ、でもおかしいな。七つって事はあと三つあるんだよね。罪、つみ。ツミ。あー、万引き。えー、強盗。あと……あっ、そう言えばまだ有名どころ言ってなかった。殺人かあ」

「いや、納得した様子で言われても、全然合ってないんだけど」


 彼女は呆れた様子で僕を見ていた。アンタに話した私が馬鹿だった、とでも言いたげに、ため息までついている。


「まあ、ぶっちゃけ大罪の内容なんて、私も全部覚えてるわけじゃないからどうでもいいんだけど」

「いいんだ」

「うん、いい。私が言いたいのは、悪魔は悪のオールラウンダーじゃないって事だけだから」


 僕が首を傾げると、彼女は続けた。


「神様は万能だから、全てそつなくこなせると思うけど、例えば、暴食に特化している悪魔なら、他のはてんで駄目なのよね」

「他のって、掃除とか、洗濯とか、料理に仕事とか?」

「アンタが悪魔に何を求めてるか知らないけど、私が言ってるのは他の悪徳の事。憤怒とか、嫉妬とか」

「悪魔にも得意な悪と、不得意な悪があるってことか」

「そう、個性があり、欠点もあるの。私達にそれぞれ長所と短所があるように」


 確かに、そう言われると、悪魔が人間に似てる気もしてきた。

 彼女は新興宗教の教祖とかに向いているのかもしれない。僕はなんとなくそう思う。


「その点、神様は、完璧だから個性ゼロ」


 にしても、酷い言い草だ。


「全人類がみんな神様みたいになっちゃったら、気持ち悪くない? 誰もがミス一つしない、感情の無い機械みたいになっちゃうんだよ」


 言い方の問題な気もするのだが。


「全部人並み以上に出来るより、やっぱり私は、悪魔みたいに一つの事に特化してる方が良いと思うなあ。この分野に関しては誰にも負けない、私の代わりは何処にもいないっていう自信もつくし」


 彼女は前世で、神に親でも殺されたのだろうか。と僕がぼんやり考えているうちに、彼女は自分の中で一つの答えを出したようだった。


「決めた、私今日から悪魔として生きることにする。神なんてもういらない」


 決めたからと言って、何かが変わるわけでもないと思うのだが、彼女の決心は固い様で、


「そもそも、悪魔って名前が印象操作なのよね。善とか、悪とかって、第三者が勝手に決めることだから……」

 悪魔に対する世間の扱いが酷すぎると、ぶつぶつ不満を述べ始めてしまった。


 彼女の話が長くなったのでこれ以上は割愛するが、僕はそれから小一時間、彼女に悪魔教団とやらの設定を延々と喋り倒された。彼女は嬉々として語っていたが、恐らくそのほとんどは、彼女の頭の中にしか存在しない妄想だ。




 因みにその後、散々神様の悪口を言った彼女は、偶然か必然か、急激な腹痛に襲われてトイレに籠ったのだが、入ったトイレにがなくて困ったとの事。

 困ったときの神頼みとは、まさにこのことで、一時間も経たぬうちに改宗していた。


(了)


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