君の運命は君が創る

 崖へ飛び出した自転車は、その斜面へ激しい衝突を繰り返しながら崖を転がり落ちた。

 やがて崖下の道にぶち当たると、がしゃっという無残な音を立てて部品をばらまきつつ倒れた。




 あかりは——


 一瞬、本当に空を飛んだような浮遊感に包まれ、必死に握っていたサドルを思わず手放した。


 自転車から、身体がふわりと離れていく。



 森の木々の枝葉が、大きくザワザワと揺れ——落ちるあかりを受け止める。

 真夏の青葉が無数に肌を撫で、身体に当たる枝がボキボキと激しく折れながらあかりの落下の衝撃を削いでいく。



 地面に身体が打ち付けられる寸前——猛烈な勢いで舞い降りた淡い灰色の煙が、あかりの身体を掬い上げた。


 あかりを包む煙が、見る間に姿を変える。

 リュウは、自分の腕にすっぽりと収まったあかりを強く抱きしめた。




「——あかり。

 よく頑張った」



「——……」



 枝に擦れて傷だらけになったあかりの頰を、リュウの指が優しく撫でる。

 あかりは、まだ言葉を発することもできないまま、ただリュウの瞳を見上げた。



「——白いあいつは、君がガードレールを超えた瞬間、舌打ちをしながら消えたよ。

『書き換えだ』と呟きながらね」



「——……書き換え……?」



「そうだ。

 ——君は、神から運命を奪い返した」


 リュウの顔が、泣きそうに笑った。



 その横顔に、暮れていく太陽の最後の一筋が差した。



「——そろそろ行くよ」


 微笑みを淡くして、彼は出会った時のようにさらりとそう呟く。




「リュウ……

 いやだ。

 言いたいことが、たくさんあるの」



「——ごめん。

 もう時間がない」


 リュウの身体が、次第に灰色の靄を纏い始める。



「でも——あかり。

 これだけは、忘れないで。

 君の運命は、君が創るんだということを」


 リュウの指が、あかりの指をぎゅっと握る。



「これから、どんなことがあっても——

 神の手からそれを奪ってでも、君自身が君の運命を創るんだ。


 ——これからもずっと、君を見てるから」



「……本当?」


 涙に詰まるような細い声で呟くあかりに、リュウは深く頷く。



「——いつか、また会える?」



「——君が、全力で君の運命を走り終えたら……

 その時に」



 あかりの肩を抱いていた腕が、ふっと緩む。

 暖かい笑みのまま、リュウの身体が靄の中に透けるように消えていく。



 やがて、淡い灰色の靄はあかりの身体からするりと離れる。


 ふっと優しく浮き上がり、夕空へ吸い込まれるように消えていった。





 あかりは、リュウの消えた空を見上げる。



 今、一粒でも涙を零せば——とめどなく一生分の涙が溢れ出てしまいそうだ。





「——…………


 なんだろう……?」



 涙を堪えて見つめる滲んだオレンジ色の空に——あかりは、何かチカリと光るものを見た。


 その輝きは、だんだんと近づき——こちらへ向かって落ちてくるようだ。





「…………」



 やがて、あかりの手の中にパラリと落ちてきたのは……




「……ピアスだ。


 リュウの、左耳の」



 澄んだ灰青色に輝くそのピアスは、ひんやりと確かな手触りを持って、あかりの手のひらに心地よさげに収まっている。


 触れても消えないことを確かめてから——あかりは、その愛おしい手触りをしっかりと握りしめた。





「——リュウ。

 見てて。


 全力で、走るから。

 神様から、運命を奪い取ってでも。


 全力で走って……ゴールテープを切ったら、胸を張ってあなたにこのピアスを届けにいくから。


 ——それまで、待ってて」




 溢れそうになった涙をぐっと手の甲で拭うと、あかりは暮れていく空へ向けて弾けるように笑った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神から運命を奪い取れ! aoiaoi @aoiaoi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説