本来ならレビューは最後まで読んでから書くべきだとわかってはいるのですが、9章まで読んで、タイトル回収エピソードとその後の艶やかなロマンスが素晴らしすぎたのでこの熱量を一度ここで放出させていただきます。
イシュテン国の侵攻により、父と兄たちを失い、ミリアールト国の最後の女王となったシャスティエは、自らの命を差し出すことさえ許されず、大切な人たちによって命を贖われ、イシュテンの人質に。
権謀渦巻く王宮で、それでも矜持を失わず、復讐の機会を窺う彼女は、初めはイシュテンの王ファルカスに指摘された通り、美しく気高いが、世間知らずの姫君であったのが、彼をはじめ多くの人々と出会い、かつ苛酷な権力争いに巻き込まれる中で次第に冷静さと強さをも兼ね備えていきます。
群像劇というと、権謀術数や戦いのシーンに終始しがちなイメージもあるのですが、この物語では、各話ごとに予めどの登場人物の視点なのかが示され、そしてそれぞれの心情も含めて丁寧に語られており、テンポよく進む物語に退屈する暇もなく惹き込まれてしまいます。
特に、美貌の元王女シャスティエ、苛烈で果敢な美丈夫で「狼」の名を持つイシュテン王ファルカス、常に軽薄と言われてしまうそれでも有能な王の側近のアンドラーシ、片足が不自由ながらも一見凛々しい貴公子に見えるティグリスなど、どの登場人物も個性的で一筋縄ではいかない人々ばかりです。
そんな中、特に目を引くのが王妃ウィルヘルミナの存在でしょうか。無知で美しいだけ、と時に蔑まれることもありながら、その純粋無垢な心はついにはシャスティエをも動かし、それもまた、ファルカスとの関係を変えていく一つのきっかけとなったように見えました。
やがてシャスティエが故国のためにした決断と、その立ち回りの見事さに思わずおおおっと声がでてしまいました。
9章終盤での「雪の女王は戦馬と駆ける」というそのタイトルのシーンは本当にドラマチックで、さらにはそれまでほとんど甘さのなかった二人に訪れる関係の変化にぎゅんぎゅんと心揺さぶられてしまいます……!
二百万字超という壮大な物語ですが、長いからと臆せずぜひぜひ手にとっていただきたい素晴らしい作品。
この後もじっくりと楽しみに読ませていただこうと思います!
本作は、緻密な陰謀劇を楽しめる長編である。
昨今のライトノベルとしては非常にシンプルな文体で、それは短めなタイトルからも良く分かる。
流行りの「あらすじ代わりのタイトル」を、敢えて避けているのだ。
読者数を稼ぐには厳しいが、正しい決断である。
読めば納得する、シンプルながら美しいタイトルは、内容にぴったりマッチする。
本文でも、余計な修飾はそぎ落とされ、必要十分なだけの描写が続く。
熾烈な権力闘争を描くのに相応しいスタイルだ。
ストーリーのメインである権謀術数は、多数の利害関係者が参加する非常に複雑なものになっている。
恐らく、1人称では全貌が理解できず、かといって3人称ではキャラクターの動機が深掘りできなかっただろう。
1話ごとに視点が変わる群像劇にしたことで、1人称の心理描写を活用しつつ、陰謀の全体像が理解できるよう工夫されている。
また、主要登場人物が徐々に変化していくのが非常に良い。
元女王は、美貌と教養は優れているが、スタート時点では「坊やだからさ」と鼻で笑われるレベルの頭でっかちな小娘。
パートナーとなる仇の国の王も、英邁ではあるものの女性心理は無視しがち。
仇の国の王妃は、初登場時は幼稚といっていいほど。
こうした未熟な登場人物たちが、物語が進むにつれて変化していく様は、読んでいて飽きさせない。
なろう版で200万字オーバーの長編である以上、この種の変化で読者をひきつけることは重要で、それがしっかりできている。
陰謀と比べて、戦争の描写や地理・歴史の設定は余り力が入っていないようだ。
14章11話までで主要な戦争は3回あったが、戦闘の基本的な要素、例えば兵数や装備すらあいまいである。
とは言え、本作は陰謀劇なので、戦争はおまけ。
この辺りは読者が割り切るべきだろう。
少し気になるのは、カテゴリー設定だ。
「異世界ファンタジー」は、転生者が様々なチートで現地人を蹂躙する作品が主流である。
必然、主人公の圧勝を期待する読者が多い。
本作の内容は、異世界ファンタジーであるのは確かだが、「歴史・時代・伝奇」の方が読者層とマッチするのではないだろうか?