学校一の美少女が放つ絶華彗冥獄龍砲がおまえを灼き尽くしたわけだが?
かぎろ
絶華彗冥獄龍砲
「虚空裂壊……滅炎波――――――っっ!!」
その日、俺は
都茂坂川に架かる大きな橋の下だった。気分を変えようと思って散歩のルートを変えてみたところ、何か近くから声がするなと思ってここを覗いてみたら、これだ。
佐宮おまえ……
なにしてんの?
ノノ中に通う男子中学生どもにとって、学校一の美少女とは佐宮千鳥のことだ。スレンダーな体つきとほどほどにある胸、そして整った顔立ちから繰り出される眩しい笑顔をみれば、彼女が最高峰の美少女であることは明らかだろう。
その人気は凄まじい。野球部の野郎が「うわ眩しい! 快晴の空の下でフライを捕ろうとする時の意地悪な太陽か~? あっ佐宮さんの笑顔だったわ~!」と口説いた話は有名だ。しかし、幾多の男がこんな感じでアプローチしているのに佐宮はそれらを受け入れはしなかった。明るくて社交的なのに、彼氏の噂を聞かないのは七不思議だ。
そんな、誰もが憧れる美少女・佐宮千鳥が……
この通り、虚空裂壊滅炎波である。
佐宮が技の名前を叫びながら腕を突き出したとて、虚空を裂壊する滅炎波が出るわけではない。そんな漫画みたいなことは起きない。彼女の脳内のイメージでは、滅炎波、出ちゃってるかもしれないが。
……どうしよう。
この場を去ろうか逡巡していると、佐宮がこちらを向いた。
視線がバッチリ合う。
俺は、少し迷ってから拍手した。
「すごいよ。虚空裂壊滅炎波」
「あ。あう。あ」
佐宮は顔を真っ赤にして、目をぐるぐるさせている。
「いや、いいと思う。全然。虚空裂壊滅炎波。うん」
「あわわ。わわわわ。わ」
佐宮がバッグの中を漁る。
取り出した一本のシャーペンを両手で持って、ペン先をこちらへ向けた。
「ちょっと待て? その震えながらナイフを構える非行少年みたいな姿勢は何」
「目を抉ってそのまま脳をかき混ぜれば記憶を消せる……」
「やめろ! わかった。俺は誰にも言わない」
「保証は?」
「俺はあなたに敬意を抱いている」
俺は手帳を取り出し、放り投げた。佐宮が慌ててキャッチする。怪訝そうにする彼女に、俺は中身を見るよう促した。
佐宮の表情が、みるみる驚きに染まっていく。
「これは……『虚空夢幻刃』『陰陽変転・鐵衝斬』『御劔ノ玲瓏天撃』……これ、全部、必殺技の名前と……解説文……?」
不敵に笑って俺は言った。
「俺は俺と同じ趣味を持つあなたに、純粋に、敬意を抱いている」
◇◇◇
「ちどりん、おはよー」
佐宮千鳥は、女子の挨拶に「おはよー!」と元気に返した。
「佐宮さん、おはよう」
佐宮千鳥は、男子の挨拶に「おはよう!」と分け隔てなく返した。
「佐宮。おはよう。ところで必殺技の件についてだが」
佐宮千鳥は、俺の挨拶に対してボディブローで返した。
俺はうずくまった。
「なぜ……」
「(学校ではその話はナシって言ったでしょ!)」佐宮は小声で耳打ち。
「(そうだった)」
「(気を付けてよね、ほんと……)」
佐宮が俺の手をとり、俺が立ち上がるのを助けてくれる。うわ、手、ちっちゃいな。学校一の美少女は手も可愛い。
「……あの。さっきから何わたしの手ばっかり見てるの」
「ああ、悪い。なんとなく。すまん」
俺たちは慌てて離れ、それぞれの席に着いた。
そこで気付く。
クラスが静まり返っている。
何だ?
周りを見るとクラスメイトたちは二種類の顔をしていた。
女子は、好奇心でいてもたってもいられないという顔。
男子は、絶望を前にして青ざめた顔。
それらの視線は俺と佐宮に集中していた。
俺は口を開く。
示し合わせたわけでもないのに、同時に佐宮も言った。
「違うぞ」「違うの」
クラス中が湧き立つように騒ぎ始めた。その場でくずおれる男。佐宮の机に殺到する女子。掃除用具箱の中から箒を取り出して構え、俺に向けて宣戦布告する男。背後から羽交い締めにされ、男どもに囲まれ、俺は尋問を受ける。
「
「何でもないが」
「被告人黙れ! 発言は許可していない!」
「理不尽すぎないか?」
「判決を言い渡す! 去勢の刑!」
「うっわ! やめろ!」
「もっげーろ! もっげーろ!」
その日の学校が終わるまで、俺は男どもの敵意の視線を感じ続けたのだった。
だがそれでも。
俺は佐宮と放課後、地元でこっそり会っている。
◇◇◇
「血界戦線見たか?」
「見た見た! 面白かった~。特に技の名前をちゃんと叫びながら繰り出すってところがすっごくいい!」
都茂坂川大橋の下で、俺と佐宮は会話を弾ませていた。佐宮は本当に楽しそうにしてくれる。ころころ変わる表情を見ていると、俺の方も気持ちが上向く。
週に二、三回ほど、こうして会っては趣味の話で盛り上がり、一時間くらい経つ頃に別れるというのを繰り返していた。なぜ佐宮がここまで打ち解けてくれたかというと、元々心を開きやすい性格だというのももちろんあるだろうが、何よりの理由は、俺が同じ中二病だからだろう。
「でもさー」
佐宮が溜息混じりに言い、俯く。
「やっぱりこういう会話って、子供っぽい気がするんだよね」
「そう?」
「だって、友達はみーんなメイクのこととかファッションのこととか、大人っぽい話してるんだもん。そういう友達と一緒にいるからか、男子もなんかわたしに憧れを持ってくれてるって聞くけど……それで実際に告られたりもしたけど……、でも、ほんとはわたし、子供なんだ。付き合ってもいずれ子供の部分を隠し通せなくなって、幻滅されると思ってて」
「俺は子供っぽいか?」
「多賀君は子供っぽいよ」
「あ、そう……」
「だけど」
顔を上げて、佐宮は俺に目を向ける。
「大人っぽいとも思うんだよね。大人と子供、どっちもある感じ。最初、多賀君はわたしに言ったよね。わたしの中二病に対して敬意を抱いてるって。その言葉は自分にも敬意を持っていないと出ないものだったと思う。ねえ、どうして多賀君は……」
真剣な瞳が俺を射る。
「どうして多賀君は自分の中二病に誇りを持てるの?」
「簡単な理由だ」
俺は遠くを見た。遠い記憶を。
「前の学校で、中二病で失敗したんだ。まあ、いじめられたんだな。中二病だ~って囃されてさ。地獄だったよ。でも俺まで中二病を否定してしまったら、俺の尊厳を傷つけたあいつらを肯定することになる。意地っ張りなんだ、俺。それに中二病は、楽しい。楽しいことを自分から否定したくなんかないんだ。自分らしく生きたい。だから誇ってる」
まあ自分らしく生きるにはある程度自分を抑えないといけないんだけどな、と俺は付け加えた。今の俺は自分が必殺技ノートを書いていることをほとんどの人に明かしていない。
しばらく、沈黙があった。橋の上を車が走る音がする。川の流れは穏やかで、時折水面に波紋が生まれた。
「多賀君はすごいね」
佐宮がぽつりとこぼした。
「すごいだろ」
「そう言えちゃうところもすごいよ」
「今日は褒められる日だな」
「じゃあ、必殺技ノート、書こっか」
「ん。今日は何を考えてきたんだ?」
「
その日も、一時間が経つまで、ふたりで話した。
あまりに平和な時間だった。
だからこの日常に危機が迫っていることなんて、考えもしなかったのだ。
◇◇◇
「君が多賀君?」
学校の昼休み。
所用で職員室に向かう途中の廊下で、ガタイのいい男子生徒に出くわした。
俺は「そうですけど」と返しながら、上履きの色でこの男が上級生であることを見分ける。
「そっかそっか。噂には聞いてるよ。千鳥ちゃんとイチャついてるんだって?」
「イチャついてはないです」
「あ、そうなの? 千鳥ちゃんについて何にも感じてない?」
「美人だなあとは思いますけど」
「うんうん。まあ、君もあわよくば付き合いたいって感じではあるよね」
話をあまり聞かないタイプらしい。面倒……。
「で、本題」
ぬっ、と近寄ってきたかと思えば俺の肩に腕を回してきた。
「オレも実はさ、千鳥ちゃん狙ってんのよ。だからさー、悪いんだけどさー、もう千鳥ちゃんに近づかないでくれる?」
ああ……。
そういう……。
「はあ。いいですよ」佐宮とは放課後だけに会うようにすればいいだろう。「じゃあ俺、職員室に用事があるんで」
「ああ待って。これ、なんだかわかる?」
男は手帳を取り出した。
それは俺の手帳だった。
正確に言うのなら、俺と佐宮が書き込み続けた、必殺技ノートだった。
「これ、君のだろ? 約束を破ったらこの手帳を燃やすからな」
俺は。
「しっかし、何だこの手帳。必殺技って。くっだらねえ。こんなものを大事に持ち歩く意味がわからん」
俺は。
俺は――――
「ん? どうした険しい顔して。おっと、返さないぜ。じゃあな。約束、守れよ」
「あ~」
俺は笑った。
「思い出してきましたよ。野球部。妙な口説き文句で佐宮にアタックするも、ほぼ相手にされず、全校生徒の笑い者になった男。君の笑顔は意地悪な太陽かよ、でしたっけ? くだらねえのはどっちでしょうね。あ、ちなみに俺は特に口説いた覚えはないけど佐宮と仲良しですね。毎週プライベートで会う仲です。それが何か?」
俺に背を向けかけていた野球部男は、ゆっくりと振り返ると、殺気立つ目でこちらを睨んだ。
俺はプッと噴き出した。
「顔! その顔ウケる!」
「てめえ死ねやァッ!」
頭にものすごい衝撃が走る。くらくら、ちかちかして、平衡感覚を失ったまま俺は倒れた。歯を食いしばって痛みに耐え、すぐに叫ぶ。
「先に殴ったのは、あんただ!」
立ち上がりざまに放った拳は、しかし野球部の反射神経にとっては遅かった。難なくかわされ、逆に横っ腹を蹴られる。軽く吹き飛んで、またも倒れるが、窓の縁を掴んですぐ起き上がる。そこへ容赦なく飛んでくる一撃、二撃。俺は立っているのがやっとだ。
こんな時に、俺はある格闘漫画を思い出していた。猛烈なラッシュにズタボロにされながらも、ほんの少しできた隙を突いて致命打を与え、大柄な敵を倒す回。
しかし俺は漫画の主人公とは違う。隙があるからって、そこを突けるスピードなんてない。大きな隙なら別かもしれないが、そんなのを見せてくれる相手じゃない。
佐宮とふたりで書いた手帳を守りたかった。
こんな時、邪王天蓋剣が使えれば。
こんな時、幻影全断震雷撃が使えれば。
虚空裂壊滅炎波が、使えれば――――
「駆け抜けるは絶華の嵐……」
声がした。
「流れ落つは彗冥の調べ……」
声は、廊下の血生臭い空気を涼やかに吹き飛ばす。
「天地鳴動何するものぞ、宙に架かるは破獄の龍!」
佐宮千鳥が、そこにいた。
「貫き穿てッ! 絶華彗冥獄龍砲―――――――――――ッッ!!」
佐宮が腕を突き出した。
特に何も起こらなかった。
野球部男や、遠巻きに眺めていた無関係な生徒たちは、ぽかんとして佐宮を見ていた。
ただひとり、俺だけが動いていた。
俺は男の腹に肘鉄をブチ込む。
ダウンする男。
そして俺の決め台詞。
「学校一の美少女が放つ絶華彗冥獄龍砲がおまえを灼き尽くしたわけだが?」
「意味……わか……らん……」
こうして、バトルは終わったのだった。
◇◇◇
懇々と説教を受け、療養した後の、最初の登校日。
「おはよう、佐宮」
「おはよー、多賀君」
普通に挨拶をして、席に着く。それから佐宮の方をぼんやりと眺めた。友達と和気藹々話している。ちどりん、最近大人っぽくなった? とか聞こえてきた。えへへーそうかなーと佐宮は照れている。
療養中にも、佐宮には会っていた。その時の会話を思い出す。
「多賀君、ありがとね」
「何で?」
「手帳を守ってくれたんでしょ?」
「いつから見てたんだ」
「その……けっこう最初の方から」
「助けてくれよ」
「助けたじゃん! け、決心がつくのは遅れちゃったけど……うう……ごめん……」
「いやいや、冗談冗談。しかし佐宮があんなことするとは思わなかった」
「多賀君は、自分とわたしの尊厳を守るために戦ってくれたから……わたしも、と思って」
「格好良かったよ、絶華彗冥獄龍砲」
「うっ……そ、そうでしょ? かっこよかったでしょ!」
「お、意外と照れない」
「うん。あの日からわたしも、自分らしく生きるって決めたから」
「うわ、これからも必殺技叫びまくるのかよ」
「そうは言ってないでしょ! 今まで通り隠すけど! でも……」
佐宮が、控えめに笑い、頬を染める。
「……君の前でだけ、叫んじゃおっかな」
「やめてください」
「何で!!」
微笑んで、現在に意識を戻す。
自分らしく生きる。
それが俺たちの、必殺技だ。
友達と笑う佐宮と一瞬目が合って、俺は少し、どきりとする。
学校一の美少女が放つ絶華彗冥獄龍砲がおまえを灼き尽くしたわけだが? かぎろ @kagiro_
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