二ノ七 エピローグ 入学前夜
花菱高校。
一クラス約二十五名。それが四クラス三学年で、生徒総数はおよそ三百人の、さほど大きくはない高校。
大きくはないというか、少数精鋭というか。
帝都の郊外に居を構え、今年で設立十年目を迎えるこの学校の目的は、妖刀剣士の育成である。
妖刀剣士。
妖刀を管理、運用し、剣鬼を狩る妖刀使いのエキスパートたち。帝国全土におよそ百名以上がいるという妖刀剣士だが、その数は年々増えている。それは当然、妖刀を管理する刀剣整理局が年々と、管理する妖刀の数を増やしているからに他ならない。
今、貴族院を通過し衆議院で議論中の特殊刀剣徴発令、通称妖刀刀狩り令が法案として成立すればその数はさらに増えるだろう。
そんな妖刀剣士を育てる高校に、わたしは、妖刀剣士として入学する。
無骨丸とともに。
妖刀剣士を育てるのが花菱の目的だけれど、しかし、しずく先輩や鳩児先輩のように在学中から妖刀剣士として腕を振るう人たちが一部には存在する。その数は、わたしを含めて現在五名。確か、この数は花菱十年の短い歴史でも最多になるという。
卒業式を終え、四月になりわたしは居を花菱高校のある帝都に移していた。移したというか、花菱は全寮制で全国から剣士候補生たちが集まるので、転居は必然なのだけど。
仮に寮がなかったとしても、わたしは今となっては天涯孤独の身だし、転居にはためらいがないのだけど。
「お邪魔しまーす」
四月一日。
入学式まで、あと五日。
わたしは花菱高校の寮に来ていた。どうせ寮だから部屋も狭いだろうし必要な調度品はあるだろうと分かっていたので、荷物は大きめの旅行鞄ひとつに収まった。唯一面倒だったのが無骨丸で、重いしかさばるしで背負って移動するのも一苦労だ。
「待っていましたよ」
「あっ」
寮の玄関で、わたしを待ち受けていたのは眼鏡の男、小野さんである。
この人とは何かと縁があるなあ。
わたしを騙して殺しかけたくせに、よくもいけしゃあしゃあと出てこれるものだ。
「私も学校に抗議したんですけどね。今は生憎他の事務員も忙しく、私しかあなたの相手をできないんですよ」
「はあ…………」
たぶん本当だろう。すごい嫌そうに言うんだもん。
「結局、来ることにしたんですね。その判断が賢明かどうかは、私が口を挟めることではありませんが」
「ええ。来ました」
「では、案内しましょう」
言うなり、小野さんは寮を出た。
あれ?
「寮に行くんじゃないんですか?」
「行きますよ、寮に。ただしここじゃありません」
荷物を抱え抱え追いかける。
「どういうことです?」
「在学中に妖刀剣士となった生徒には、特別な住居が与えられます。理由はいくつかありますが、ひとつには妖刀を管理する安全上、他の生徒から離れた住居の方が何かと都合がいいということ。あとは一応、給料をもらう仕事をしているため、他の生徒との身分の違いをはっきりとしめすためでしょう」
「身分?」
「一国一城の主、というやつです。妖刀剣士になったからには、学生とはいえ一人前という意識を持ってもらわなければ」
そのために家ひとつ与えるのか。政府からお金貰ってるからって何でもやっていいわけじゃないぞ。
問題の家は、学校から歩いて五分くらいの近場にあった。小さいながらも、塀も門もある、立派な日本家屋だ。小野さんの話だと、中には武道場もあって、特訓の場にはことかかないという。
「これが制服です」
玄関を開けると、沓脱のところにいくつかの紙袋があった。おそらく教科書とか、その他諸々のものだろう。その紙袋の中のひとつを指して、小野さんが言う。
「採寸はしたんでしたよね」
「ああ、はい」
「あとは。これです」
小野さんがジャケットの胸ポケットから何かを取り出して、こちらに渡してくる。受け取って確認すると、黒い革製の二つ折りのケースだ。中には二枚のカードが入っている。ひとつが花菱高校の学生証で、もうひとつは?
「妖刀剣士の身分証です。刀剣を持ち歩く許可証でもあるので、常に携帯するようにしてください」
「へえ」
じゃあなにか。
わたしは警察に声をかけられると一発アウトの状態で帝都までノコノコやってきたのか。
もっと早く渡せよ!
「それから」
わたしの心の慟哭は無視して、小野さんが付け足す。
「妖刀は常に帯刀するのが妖刀剣士のルールですので、ベルトを用意するといいでしょう」
「ベルト?」
「ええ。男子生徒であれば制服のベルトにそのまま通して帯刀する場合が多いのですが、女子生徒の場合、スカートのベルトでは刀の重みに耐えきれず帯刀の状態が安定しないようで。女子は別にベルトを用意するケースが多いですね」
「なるほど」
「確かこの中に、カタログが…………」
紙袋の中から、大きめの冊子が取り出される。
「学校生活の必需品は用意してありますが、それ以外のものは近くの百貨店で売っているので、カタログを取り寄せておきました。確かここに、帯刀用のベルトが…………」
ぺらぺらとめくる。脇から覗き込む。
「ありました」
「ふむ」
帯刀用のベルトが、五万六千円かあ。
五万六千円!?
「高っかあ!」
「まあ、需要のあるものではありませんし……。刀の重みに耐えるためにはそれなりに上等なものでないといけませんからね」
一通り準備された物の説明を終えた小野さんは、仕事が立て込んでいるとかで帰っていった。
その後、わたしはそれらの荷物の荷を解いて生活ができる準備を整えた。幸い、一度クリーニングが入っているらしく家は綺麗でピカピカだし、押し入れに仕舞われている布団も干してあるのかふかふかだった。
おそらく、十年の間に何人かの生徒がここを使い、離れて行ったのだろう。その痕跡として、食器棚の中にはバラバラの趣味の茶碗や皿が並んでいた。中には急須などもそのまま放置されている。
一通り確認を終えて暇になると、制服をひとまず着てみることにした。
姿見はなかったけれど、武道場に大きな鏡があったのでそれで代用することにした。
黒いセーラー服に赤いスカーフ。胸ポケットには花菱高校の校章である、菱形の中に花を描いて、前面に張り出すように歪んだ角が描かれた模様が縫い付けられている。花はおそらく藤の花だろう。でも、この角は何だろう。まるで悪魔の角のようだけれど……。
そして小野さんの言っていた通り、スカートのベルトでは刀の重みを支えきれずに収まりが悪かった。しかも重いのが腰骨に当たるから痛くて仕方がない。
「すみませーん」
すると、玄関から声がした。向かってみると、そこには宅配便の人が待っていた。
「夜光珠さんのお宅はこちらでしょうか。住所は花菱高校になっていましたが、ここだと言われたもので……」
「ああ、はい。ここで間違いないです」
荷物?
渡されたのは小さめの箱だった。送り先は…………え、周子ちゃん?
受け取って武道場に戻ってから、箱を開ける。
中に入っていたのは、ベルトだった。
「これは…………」
薄く色づいた桜色のベルト。花びらを模した模様も入っている。丈夫な革製のものだ。そしてこれ、普通のベルトじゃない。筒状の、同じような革製のホルスターが取り付けられている。
要するに、ベルトに刀を挟むようにして帯刀するのじゃなくて、このホルスターに刀を通して帯刀できるのか。ホルスターは革紐で太さを調整できるようになっているらしく、これなら安定しそうだ。
でも、こんなベルトを送ってきて…………。
中には、便箋が二枚入っている。一枚目にはでかでかと大きな周子ちゃんの癖がある文字で「頑張れ!!」と書かれていた。
頑張れって…………周子ちゃんらしいのかもしれないけど、今回に関してはそれじゃあ事情がさっぱり分からない。
もう一枚は、先生からだ。
『学校のみんながお前に助けられたことを感謝していたぞ。それだから周子が発案して、お前に入学祝いを送ろうという話になった。先生は詳しくは知らないが、刀を携行するのに必要なベルトだそうだ』
そういう、ことだったのか…………。
文章はまだ続いている。
『周子はたぶん何も書いていないだろうが、一番お前のことを心配している。お前が選抜入試で何やら大変な目に遭ったことも知っていたところに、今回の事件だからな。先生も、昭があんなふうになったのは驚いたが、それよりもお前が今後もああいった存在と戦うかもしれないというのが心配だ。くれぐれも体に気を付けて、高校生活を送ってほしい』
ベルトを着けて、ホルスターに無骨丸を通した。スカートのベルトに通していたときのような不安定感はない。それにベルトの外側にホルスターで固定しているから、腰骨あたりに擦れて痛かったのも解消されている。
帯刀した状態の自分を、鏡で見るのは初めてだ。
なんだかこっぱずかしいというか、不釣り合いというか…………。
でも、ここからだ。
わたしの戦いは、ここから始まる。
第二幕完
第一部完
第二部第三幕へ続く
妖刀剣鬼少女譚:自動で戦う妖刀と、自動で戦わされる少女の話 紅藍 @akaai5555
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