ラーメン屋で隣人の吸血鬼に、弱点について聞いてみた

真まこと

本編

 あちこちで蝉の声が響き渡り、モクモクと入道雲が沸き立つ。

 今、季節は夏真っ盛り。

 大学が夏期休暇期間に入ったため、とある中堅私立大学に通う大学一年生のボクは、高校時代よりも長く、一人暮らしの夏休みをどう過ごそうかと考えながら、暑さを紛らわそうと市民プールに訪れていた。

 そんな時、丁度その場にいた、大学近くにあるアパートのお隣さんであり同じ大学に通う同学年の男、月夜紅輝(つきよこうき)と出会った。

 月夜君とボクは学部学科が同じであり、隣に住んでいるということで、なにかと縁があった。

 プールで泳いだ帰り、丁度昼食時だったということもあり、月夜君とボクは二人で、近くにあるラーメン屋に向かった。

 食券を買ってラーメンと餃子を注文した月夜君とボクは、丁度他の客がいないタイミングだったということもあり、奥の方にあるテーブル席に腰を下ろした。

「……」

「……」

 料理ができるまでの待ち時間。そこで生まれる僅かな空白を埋めようと、ボクは月夜君に質問をしてみた。

「そういえばなんだけどさ……」

「ん、なんだ?」

「なんというか、本当に突拍子もない噂みたいな話なんだけど……」

 ボクは改めて覚悟を決め、言葉を紡ぐ。

「月夜君って吸血鬼なの?」

「ああ、そうだよ。いわゆる吸血鬼、英語ではヴァンパイア。まあそういった存在だな」

 月夜君は、なんとはなしといった様子でそう答えた。

「……じゃあ噂は本当だったんだ」

「噂になってたのか。それは初耳だな」

「あー……いや、噂というか、誰かが、月夜君の見た目が吸血鬼っぽいって話をしてて……それで、もしそうだった面白いかもと思って」

 月夜君は、銀髪で色白で眼の色が紅。といった具合に、何となく吸血鬼を連想させるような見た目をしていた。

「なるほどね。それで本人に聞いてみたら、って訳か」

 月夜君はコップの水を飲みながら、なにやら不思議なものを見るような眼差しでボクを見た。

「俺が吸血鬼ってことそんなに意外だったのか? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるぞ」

 正直なところボクとしては、吸血鬼であることが、さも当然であるかのように言われたため、感覚が思いっきり麻痺しているのだが、どうやらそれが顔に出ていたようだ。

「あ、餃子来たみたいだぜ」

 月夜君もボクもラーメンと餃子を注文していたが、先に餃子が届いたので、冷めないうちに頂くことにした。

 月夜君もボクも、運動のあとだったためすぐに餃子を食べ終えてしまい、ラーメンが届くまで少し空白ができた。

 そこでボクは再び月夜君に質問をした。

「そういえばさ、ちょっと疑うような感じがして悪いとは思うんだけど、吸血鬼であるってことの証明とかって、なにかあるの?」

 ボクは餃子を食べている間ずっと疑問に思っていた。月夜君は自分のことを吸血鬼だと言っていたが、果たしてそれは本当なのだろうか、と。

 いくら吸血鬼を連想させる見た目をしていたところで、それは証明になるのか、と。もしかしたら、月夜君はボクを驚かせるために吸血鬼であると言ったのではないか。そんな疑問が頭を離れなかった。

「証明って言うと……これがそうだな」

 月夜君はそう言いながら財布を取り出し、その中に入っていた証明証をボクに見せてくれた。

「ほら、ここに吸血鬼であるってことの証明が書いてあるだろ」

「……ほんとだ……疑ってごめん。月夜君」

「いやいや、謝るようなことじゃないぜ」

 月夜君はそう言って軽く許してくれた。

 なるほど、そうなるとボクとしては是非聞いておきたいことがあった。

「月夜君。そういえば気になってたことがあるんだけど、少し聞いてもいいかな?」

「ん? 吸血鬼に関することでか?」

「うん、そうなんだよ。でもなんというか、かなりデリケートな話なんだけど、それでも大丈夫かな?」

 正直このことはかなり失礼な内容なのだが、本物の吸血鬼が目の前にいるということなので、どうしても聞いておきたい内容だった。

「デリケートな話……あ! もしかして弱点についてとか?」

「……よく分かったね。そうなんだよ。弱点についての話なんだけど……聞いてもいいのかな?」

「俺はべつに構わないぜ」

まさか話しても大丈夫だとは思っていなかった。だが、許しは降りたのだ。

「では……吸血鬼って、なにかと弱点が多いって有名だと思うんだけど。あれって本当なの?」

「個人差はあるだろうけど、大体は間違いだな」

 なんということだろうか。今この場で常識が覆された。

「吸血鬼の広く知られている弱点って、誇張されているか、特定の誰かが苦手だったものを、種族全体の弱点として広めてしまったものがほとんどだぜ」

「そうだったのか! じゃあ……太陽光が苦手とか、浴びると灰になるというのは……?」

「吸血鬼のなかにも肌が敏感だったり、色素が薄かったりして、日光が苦手なやつだっているとは思うぜ。あと、灰になるっていうのは……たぶん映画とかの影響で広まったんじゃないか?」

 メディアの影響恐るべし。

「じゃあ、にんにくが苦手というのは?」

「それは大昔に、にんにくが死ぬほど嫌いだったやつがいて、その話が逸話として伝わったからだろうな。というか俺はにんにく好きだし」

 その逸話ちょっと気になる。

「じゃあ、流水が苦手っていうのは?」

「たまたまカナヅチだったやつがいたとか、トラウマを持ってたとか、そんなことなんじゃないか?」

 そのへん割と適当なんだな。

「じゃあ、十字架が苦手っていうのは?」

「その辺は多分魔女狩りとか迫害とか……まあそういうのが色々あったからじゃないかな。ちなみに俺は財布に十字架のアクセサリー付けてるぞ。なんとなくカッコイイからな」

 なるほど、でも十字架がカッコイイのはちょっとわかる。

「そうだ、じゃあ……招かれないと家に入れないっていうのは?」

「招かれてない家には吸血鬼じゃなくても普通入らないだろ」

 確かに。

「……じゃあ……白木の杭で心臓を打たれると死ぬっていうのは?」

「そんなことされたら吸血鬼じゃなくても死ぬと思うぞ」

 そりゃそうだ。

 こんな具合に月夜君そのものが、吸血鬼の弱点という問いに対する矛盾点のような存在であった。

 と、そんな話をしてたらラーメンが届いたので、月夜君とボクは会話を終えてラーメンを食べることに集中した。

 昼食を食べ終えた月夜君とボクは、午後も予定がなかったということもあり、少し遠出をしてゲームセンターに向かい、そこで午後の時間を過ごした。

 活動的な一日を過ごした帰り道、自宅までもう少しというところで、ボクは気になっていたとあることを月夜君に尋ねてみた。

「吸血鬼って、世間ではなにかと弱点が多いってことになってるけど、それってもしかして本当の弱点を隠すためのものだったりする?」

「あはは、そういう解釈は面白いな」

「じゃあさ――」

「ボクがもしハンターで、今まで弱点を探る為に様々な質問をしていたのだとしたら――どうする?」

「別になにか特別なことをするつもりはないぜ。だって――」

「今のキミは俺を殺せるだけ力も、覚悟も持ち合わせていないだろ?」

 月夜君は特に気取ることなく、普段と変わらぬ口調で飄々と答えた。

「おっと、じゃあこの辺でお別れかな。俺は買い物してから帰るからさ」

「そっか、じゃあまたね」

 月夜君とボクは家の近くにあるスーパーの前で別れた。


×××


 今日はなんと言うか、とても情報量が多く濃い一日だった。

 ボクはこの一日で、世界にはまだまだ知らないことがたくさんあるということを知った。

 その中には、普通では到底理解できないこともたくさんあるのだろう。ボクもまだ今日の出来事の全てを納得したわけではない。

 だが、一つだけ確信できたことがある。

 月夜君に対して、ハンターについての話を気軽にしない方がいい。ということだ。

 あの時、月夜君は普段と変わらぬ姿のまま、一瞬鋭い目つきでボクを視ていた。

 あれは本物の眼だった。

 ボクは、ポケットに入れていた銀の折りたたみ式ナイフと聖水のカプセルを、机の引き出しの奥にしまい、これからも月夜君と仲良くしていこうと、心の内で密かに誓った。

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ラーメン屋で隣人の吸血鬼に、弱点について聞いてみた 真まこと @Tmakoto0415

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