愛玩動物

かどの かゆた

愛玩動物

 目を覚ますと、おれは檻の中にいた。

 大きくあくびをして、何時も通り檻の外を見る。この檻はご主人様が買ったものだが、本当に狭い。どうしてこんなものに入れるのだと以前は抵抗したものだが、「ずっと見ていられないから悪戯されると困る」と言われてしまった。今は仕方ないから妥協してやっている。

 どうやらご主人様が檻を買った原因は、この前ご主人様が寝ている時、『せいみつきき』とかいうやつを蹴り飛ばしてやったことらしい。どうしてあんなものを後生大事に抱えているのかおれには理解できない。

「ご飯をくれ!」

 おれは檻の中から叫んだ。ご主人様はまだか。檻の中からでは『とけい』とかいうやつもよく見えない。あれの針の位置で大体ご飯がくる時間が推測できるのだが。

 おれがしばらく騒いでいると、ご主人様はようやくその姿を現した。ご主人様は鍵のついた棚からおれの檻の鍵を取り出すと、目の前の南京錠をがちゃりと開ける。

 おれは檻からゆっくりと出て、ご主人様の目を見つめる。その目が優しく揺れて、ご主人様はおれのご飯が置いてある場所へ向かった。

 思わず追いかける。裸の身体で走るのは心地良い。おれは自分の身体が伸びているのを感じた。

 棚からご飯を取り出すご主人様の前でおとなしく待っていると、おれの前に質素な皿が出された。皿にあるのは茶色い固形物。見紛う事なきおれの食事だ。ご主人様曰く、『さかな味』らしい。おれの種族も野生の時は好きだったとか。美味いことは美味いが、俺は『さかな』とやらを食べたことがないので、あまりピンとこない。

 まぁあえて洒落た言い方をするなら、こういうのを合理的な食事と言うのだろう。

 腹が膨れると、今度は運動がしたくなってくる。狭い檻で丸まっていたおれの身体は、すっかり良くない固まり方をしている気がした。ふと窓の向こうの青い空を見ると、おれはとうとう我慢ならなくなった。

「外へ行かせろ!」

 大好きな『せいみつきき』とやらの前で難しそうな顔をしていたご主人様へ叫ぶ。反応はない。

 画面を見るのを邪魔するなどしばらくの格闘の末、とうとうご主人様はおれを散歩へ連れて行く気になったらしかった。ご主人様は棚から首輪を取り出す。

 檻を好かないおれだが、首輪も同じことで、自分を窮屈にするものは大嫌いだ。折角広大な地面に立っているというのに、どうして決められた道筋を歩くのか。

 ご主人様曰く「どこかに行かれたら困る」とのこと。やれやれ。おれがそんなに阿呆に思えるかい。そもそも何も言わずにご飯が出てくる環境を自分から捨てるわけもあるまい。

 首輪のことを考えても気が重くなるばかりなので、外の世界を最大限楽しむこととしよう。アスファルトのデコボコは体重をかけて歩くと少し痛いが、何となくそれが良い。生きている、という感じがする。風から色々な香りがするのも良い。『えあーこんでぃしょなー』とやらの無機質で乾いた風とは味わいが違った。

「やぁ、奴さんもここに来てたのかい」

 しばらく歩くと、おれと同じ種族の、ご主人様やその仲間からは「ポチ」と呼ばれている男と出会った。彼の主人とおれのご主人様の散歩コースは似通っているから、コイツとはよく会う。

「やぁ、ポチ。どうだい、最近の調子は」

「まぁ、それなりだな。情報集めも、段々深いところまで知れるようになってきた」

 ポチは心底楽しそうに舌なめずりした。頬にだらしなく余った皮が揺れる。彼はおれの仲間内では年長者で、最も賢い男だった。なんでも、文字が読めるそうだ。彼は(本当に羨ましいことだが)主人が不在の間檻に閉じ込められたりしていないので、少しずつ主人所有の本を読んだりして情報を集めているのだ。

 どうしてそんな事をするのかと以前問うたところ、返答は「ふっ、『ちてきこうきしん』ってやつさ。お前らには分からんだろうがな」という要領を得ないものだった。

「聞きたいか?」

 ポチがあんまりに自信満々なので、何を言い出すのか興味が湧いた。

「あぁ、聞かせてくれ」

 おれが頷くと、ポチは何か悪い話でもするかのように、おれの耳元で話を始めた。

「実はだな。昔、俺達の種族、まぁご先祖様ってやつはな。ご飯を食べるために『シゴト』ってやつをしていたらしい」

「ははぁ、『シゴト』ねぇ」

「そうだ。これも最近わかったことだが、俺達は『ニンゲン』と呼ばれる種族みたいだ。で、ご主人様達が『エーアイ』と言うんだと」

「へぇ」

 おれは適当に相槌を打ちながら、心の中では首を傾げていた。やっぱりこいつの話はよく分からん。

 しかしポチはまだまだ語り足りないようで、色々小難しい単語を出している。退屈になってふとご主人様の方を見ると、ポチの主人と何やら話し込んでいた。

 程なくして、ご主人様はおれの様子に気づくと「そろそろお家に帰ろうか」と笑顔を見せた。それがなんだか嬉しくて、おれはご主人様にとびかかって頬ずりをする。

 どうして『ニンゲン』は『シゴト』なんてしてたのだろうか。

 ご飯なんて、ご主人様に言えば出てくるというのに。



                                  終わり


                                                                                         

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愛玩動物 かどの かゆた @kudamonogayu01

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