第9話 その好奇心は猫のように その1

その好奇心は猫のように その1



「屈辱、屈辱だわ――!」

「――、――ッ!」


 爆発エクスプロージョン轟音ダイナマイツ、――そして、大炎上ビッグ・ハレーション

 色とりどりの破壊力が炸裂し、すっかりと真っ暗になった空をまばゆく照らし出している。

 フェンサリル宮殿から歩いて5分。ほど近いところにある演習場に人影があった。

 特徴的な長い耳に、プラチナブロンドの四人組。

 ユグライア樹王国の双子姫と、その従者である。

 双子のルキアとテレサは、二人とも一心不乱になって魔術セイズを放ち続けている。

 目標は、土手の前に設置された人型の的だ。

 ぎゅいんぎゅいんと、音でも立てていそうな勢いで大気中の情報素子マナを体内に吸収しては、体内で魔術セイズに加工してそれを打ち出し続けている。

 細かい作業や魔術セイズの内容は賢石シュヴァイゼンにおまかせだ。

 この万能宝石シュヴァイゼンは、いまでこそ通信を始めとした様々な生活用途に使用されているが――本来はこうした魔術セイズの使用時におけるサポートを目的に開発された魔具レウプリカである。

 さりとて、指輪に取り付けられた小さいながらも装飾の施された華美な賢石シュヴァイゼンは、持ち主である美姫によって次から次へと魔術セイズを放りこまれて、過剰稼働オーバーワークぎみ。

 先ほどから、魔術セイズの数々を加工するときに放つ、賢石シュヴァイゼンの淡い光は途切れることなく明滅を繰り返している。


「なんて、――屈辱ッ!」


 ドゴーンッ、と戦場もかくやという一際ひときわ大きな爆発が的を中心に開花した。


 さて、この双子の姉妹をこのような淑女おとめらしからぬ暴挙に駆り立てているのは、なにを隠そう、アルブレヒトとの一件が原因である。

 国の威信プライドを背負っての大一番にたいして、それはもう並々ならぬ覚悟で姉妹は挑んだ。

 アルブレヒト王子とやらがどのような人物なのか、ユグライアじゅ王国には一切の情報がない――いや、数か月前にぽっと現れた王室の人間など、当事者とうじしゃ以外はだれも知り得ない、という状況で二人は婚約という、人生における一大事に臨んだのだ。

 学園での生活を送りながら、二人して眠れない夜を過ごしたこともあった。

 自分達の将来の夫となるべき人間が、過去に負った病気が原因でローブと仮面を手放せない怪しげな人物だと知ったときは、二人で逃げ出してしまおうかと本気で話し合いを重ねた事もあった。

 それでも、国に迫る脅威せんそうのためにも王族の姫として二人は戦う将来みらいを選んだ。


「なにが “お友達でいましょう” よ――!」


 その結果が玉虫色の回答アレである。

 なるほど、たしかに悪い話ではない。

 軍事力をあてにしてすり寄っている身としては、とてもじゃないがこちら側から提案出来る内容ではないが――その事をのぞけば、最良に近い解答かんけいだ。

 所詮、脅威せんそうがされば用無しになるドライな目的の婚約せいじである。

 ならば、結婚などという、致命的な関係にいたる必要もなし。

 お互いに、表面せいかつだけを取り繕いながら、あとは数少ない公的な場でのみ婚約者として振る舞えばいいだけ。

 とても簡単で、理想的で――だからこそ、都合がよすぎて受け入れがたい。


「こっちの覚悟なめんな――ってのよ!」


 なにより、その結論みらいにはこちらの覚悟プライドに対する配慮が一切合切いっさいがっさい含まれていやしない。

 特に、婚約に望んだ女性に対する配慮は微塵もない――どころか、徹底的に鏖殺すりつぶすという執念深さすら感じられる一言だった。

 彼女たちは知るよしもないが、アルブレヒトの義母と義妹の目論見通りである。


「――ふんっ、ふんっ」


 ルキアが怒りを大輪じごくのように咲かせているとき、テレサはというと同じく、魔術セイズによるストレス発散やつあたりに努めていた。

 ただ、姉とは違い、テレサのそれは酷く静かで鋭い。

 右手でひたすらに空を切って射出うちだしているのは、空間をひた走る斬撃力の再現まほうである。

 爆発エクスプロージョン轟音ダイナマイツなルキアに対して、テレサのそれは鮮烈ヴィヴィッド静寂サイレント大斬撃アサシネイションといった趣だ。

 分かりやすく感情を表現している姉にくらべて、静かに感情を放っている妹の方が、見方によっては純度が高い。

 その現れ方は怒りかんじょうではなく殺意がんぼう寄り。

 あたり構わずな姉に対して、妹の方はいやに具体的である。

 事実、敵対者アルブレヒトに見立てられていた哀れな被害者まとは、最早、破片というのもおこがましい状態だ。

 徹底的にという意思に晒されたそれは、粉微塵こなみじんにまで切り刻まれている。


「別に――結婚を、望んでいた、訳ではありませんけれど――!」


 ドガン、とテレサにしては珍しい大音そうおんとともに、特大の斬撃さついが飛んだ。

 音を立てたのは魔術セイズなどではなく、苛烈すぎる踏み込みである。つまるところ、純粋な勢いだ。

 放たれた斬撃はまとごと後ろにある土手を切り裂くと、名残惜しそうに半ばほどで霧散した。

 別に、テレサとしても王室の娘として生まれた以上、まともな恋愛ゆめを経験できるなど考えてすらいなかった。

 最近の王室は自由じゆう恋愛が風潮はやりである――なんてことは知識で持っていたとしても、ハイエルフとして長寿の生まれである彼女と、その姉の価値観は少女然おさなげな外見に比して驚くほどに頑迷がんめいで古くさい。

 ハイエルフの感覚でいうとまだまだ子供といった二人だが、年齢でいうと八十歳。

 その距離感かちかんは定命の者のとは孫とお婆ちゃんほどに離れている。

 彼女の持ちうる常識せかいの中に、恋愛結婚ゆめのようなみらいなんてものを許容する心の隙間スペースは存在しない。


 王家の結婚は淡々ドライ執行マリッジされるべきである。

 

 テレサの鋼のような価値観は、そう位置づけている。

 だからこそ、眠れない夜を過ごしたのも、悩みながら迎えた朝も、すべてはテレサ自身のためではなく姉であるルキアを思えばこそ存在した痕跡こんせきだ。

 自分を強くりっしてたくましく前を向く姉の在り方は、その実、律しなければならない心の存在をひた隠して成りたっている。

 自分のことは良いから、せめて姉に相応しい相手であるように。

 その思いは、残念ながらアルブレヒトの情報が入ってくるにつれて陰りを帯びてしまったが――、ならばこそ、今度は結婚に対して、なんの理想ゆめも持っていない自分が彼の婚約者になるべきだと、そのように意気込んでいたというのに。

 それを察した姉が、この独善を許さずしかり。

 結果的に二人でともに婚姻を結ぼうと決意した、あの悲壮感と、姉妹愛に満ちた夜の記憶は今もなお、自分の中で大切な思い出として息づいていると言うのに――。

 あろうことか、あの王子はテレサの嫌う同情的ウェットな理由から、婚約を偽物とする宣言をした。

 そんな甘い言葉がまかり通るのであれば、姉妹二人わたしたち煩悶はんもん一体全体いったいぜんたいなんだったのか。

 あの場所へ臨むのに、一体どれだけの覚悟ゆうきが必要だったと思っているのか。

 

「ほんと――最悪ッ!」


 ない怒りの矛先は、必然的に、向けても問題のない八つ当たり対象へと向かうことになり。

 かくして、双子のらんちき騒ぎストレス発散は、夜通しおこなわれる運びとなった。

 結果として、翌日に演習場を訪れた兵学部の生徒は、うずたかく積まれた被害者まとの数々と、見るも無惨にもえぐれた土手の姿に度肝を抜かれたという。





 入学式の翌日。

 ザカリアは昨日の疲れを引きずりながら、初登校の準備にいそしんでいた。

 今日はアルブレヒトになる予定はないから、学園側から支給された高等部生向けの制服に身を包んでの登校となる。

 ブレザー型の制服は胸元に学園のエンブレムが刺繍されている。

 模様は大樹と杖を意匠化デザインしたもの。魔法学部の所属を示している。

 制服を着用する人物が、どの学科に所属するかを分かりやすく表したもので、例えば兵学部であれば大樹と剣の組み合わせとなり、錬金学部は大樹と大鍋おおなべ。一般学部は大樹のみとなっている。

 縁取りの部分の色も学部ごとに異なっており、兵学部が黒、錬金学部が白、一般学部が緑。魔法学部は金色だ。

 正直、ほかの学部の色に対して魔法学部だけ浮いている気がして、ザカリアとしては気になって仕方がない。

 実際の所、学園の卒業生でもある義母について話を聞いてみると、


「最初のうちは魔法学部の制服ってだけで金持ちだとかやっかまれるけれど、気にしないこと」


 とのありがたいお言葉をいただいた。

 続く台詞は「実際金持ちなんだから、むしろ胸を張って誇りなさい」という正直アレなものだったが、まぁ、変に真面目に受け止めて落ち込むよりはよほど良いだろう。

 事実、学園に通う生徒達は制服のことを「金の制服」「黒の制服」などと呼び表す事もあるらしい。

 もっぱら、あまり良い意味では使われない符牒スラングである。


「よしっ」


 胸元にきらめく金の刺繍。制服を着込んだのをざっくり鏡で確認してから、ザカリアは高級志向の革鞄カバンを手にして寝室を出た。


「あ――アルブレヒト殿下、おはようございますー! 今日は学園初登校ですね!」


 リビングで食卓テーブルに朝食の準備をしていたヘイズルーンが、起き出してきたザカリアに気づいて声をかける。


「おはよう、ヘイズルーン。今日も朝から元気だな」

「もちろん! 一日は朝から始まりますからね! 元気に始めるに限ります!」


 むんっと、その場で力こぶを作ってみせる侍女の様子に、思わず吐息のような笑みがこぼれる。

 確かに、女々しくも昨日のことを気にしていた気持ちが、今になって馬鹿らしく思えてきた。

 気持ちの切り替え。

 そもそも、あれを口にしたのはザカリアではなく殿である。

 ザカリアという別人として学園に通う以上、気にしたって仕方がない。


「そうだな。俺も元気に通うとしよう」

「はい、その意気ですよ殿下!

 ――あ、ところで、殿下の志望する魔術教養学。

 ユグライアのお二方も取られているみたいですね」


 脳に予期せぬ衝撃が走って思わず膝が抜けた。

 顎先だけを的確に撃ち抜く見事な言葉フックである

 危うくヘイズルーンの用意する朝食へと顔面から激突するところだった。

 ちなみに今日の朝食はサラダに米に味噌汁と焼き魚。

 和樹泉イズミ皇国式として最近流行な和風わふう料理である。

 既に食卓テーブルには完成された味噌汁の鍋が置かれており、美味しそうな匂いと共に立ち上る湯気がザカリアの顔を濡らした。


「――なんだって?」


 聞いてしまった現実から逃避し続けるわけにも行かず、体勢を整えながらヘイズルーンに問い返す。


「ですから、昨日お会いしたあのお二方も同じ授業をお受けになられるみたいですよ――?

 いやー、偶然って恐ろしいですね!」


 奇遇奇遇! っと鼻歌交じりに底抜けの明るさで告げるヘイズルーンだが、ザカリアにはおおむね死の宣告デスマーチに聞こえた。

 地獄の死神達も、思えば生者の魂を陰鬱な気持ちで狩っているとも限らない。

 とても陽気で、花やかな歌声とともに跳ね回りながら業務を行っている可能性だってあるのだ。

 それが現実。

 職務による偏見はよくないなと、早くも朝食を前にして、いい感じの現実逃避を決め込むザカリアである。

 朝食を前に、気分は底抜けに重い。


 その後の食事中。

 ザカリアは魚を解体して食しながら、どことなく喉に小骨が突き刺さったような気持ちを抱え続けることとなった。


 こうして、最高の気分でザカリアは学園への初登校日を迎えたのである。

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双生のヘクセンタンツ 古癒瑠璃 @koyururi

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