第9話 その好奇心は猫のように その1
その好奇心は猫のように その1
「屈辱、屈辱だわ――!」
「――、――ッ!」
色とりどりの破壊力が炸裂し、すっかりと真っ暗になった空をまばゆく照らし出している。
フェンサリル宮殿から歩いて5分。ほど近いところにある演習場に人影があった。
特徴的な長い耳に、プラチナブロンドの四人組。
ユグライア樹王国の双子姫と、その従者である。
双子のルキアとテレサは、二人とも一心不乱になって
目標は、土手の前に設置された人型の的だ。
ぎゅいんぎゅいんと、音でも立てていそうな勢いで大気中の
細かい作業や
この
さりとて、指輪に取り付けられた小さいながらも装飾の施された華美な
先ほどから、
「なんて、――屈辱ッ!」
ドゴーンッ、と戦場もかくやという
さて、この双子の姉妹をこのような
国の
アルブレヒト王子とやらがどのような人物なのか、ユグライア
学園での生活を送りながら、二人して眠れない夜を過ごしたこともあった。
自分達の将来の夫となるべき人間が、過去に負った病気が原因でローブと仮面を手放せない怪しげな人物だと知ったときは、二人で逃げ出してしまおうかと本気で話し合いを重ねた事もあった。
それでも、国に迫る
「なにが “お友達でいましょう” よ――!」
その結果が玉虫色の
なるほど、たしかに悪い話ではない。
軍事力をあてにしてすり寄っている身としては、とてもじゃないがこちら側から提案出来る内容ではないが――その事をのぞけば、最良に近い
所詮、
ならば、結婚などという、致命的な関係にいたる必要もなし。
お互いに、
とても簡単で、理想的で――だからこそ、都合がよすぎて受け入れがたい。
「こっちの覚悟なめんな――ってのよ!」
なにより、その
特に、婚約に望んだ女性に対する配慮は微塵もない――どころか、徹底的に
彼女たちは知るよしもないが、アルブレヒトの義母と義妹の目論見通りである。
「――ふんっ、ふんっ」
ルキアが怒りを
ただ、姉とは違い、テレサのそれは酷く静かで鋭い。
右手でひたすらに空を切って
分かりやすく感情を表現している姉にくらべて、静かに感情を放っている妹の方が、見方によっては純度が高い。
その現れ方は
あたり構わずな姉に対して、妹の方は
事実、
徹底的に斯くあるべしという意思に晒されたそれは、
「別に――結婚を、望んでいた、訳ではありませんけれど――!」
ドガン、とテレサにしては珍しい
音を立てたのは
放たれた斬撃は
別に、テレサとしても王室の娘として生まれた以上、まともな
最近の王室は
ハイエルフの感覚でいうとまだまだ子供といった二人だが、年齢でいうと八十歳。
その
彼女の持ちうる
王家の結婚は
テレサの鋼のような価値観は、そう位置づけている。
だからこそ、眠れない夜を過ごしたのも、悩みながら迎えた朝も、すべてはテレサ自身のためではなく姉であるルキアを思えばこそ存在した
自分を強く
自分のことは良いから、せめて姉に相応しい相手であるように。
その思いは、残念ながらアルブレヒトの情報が入ってくるにつれて陰りを帯びてしまったが――、ならばこそ、今度は結婚に対して、なんの
それを察した姉が、この独善を許さず
結果的に二人でともに婚姻を結ぼうと決意した、あの悲壮感と、姉妹愛に満ちた夜の記憶は今もなお、自分の中で大切な思い出として息づいていると言うのに――。
あろうことか、あの王子はテレサの嫌う
そんな甘い言葉がまかり通るのであれば、
あの場所へ臨むのに、一体どれだけの
「ほんと――最悪ッ!」
かくして、双子の
結果として、翌日に演習場を訪れた兵学部の生徒は、うずたかく積まれた
◆
入学式の翌日。
ザカリアは昨日の疲れを引きずりながら、初登校の準備に
今日はアルブレヒトになる予定はないから、学園側から支給された高等部生向けの制服に身を包んでの登校となる。
ブレザー型の制服は胸元に学園のエンブレムが刺繍されている。
模様は大樹と杖を
制服を着用する人物が、どの学科に所属するかを分かりやすく表したもので、例えば兵学部であれば大樹と剣の組み合わせとなり、錬金学部は大樹と
縁取りの部分の色も学部ごとに異なっており、兵学部が黒、錬金学部が白、一般学部が緑。魔法学部は金色だ。
正直、ほかの学部の色に対して魔法学部だけ浮いている気がして、ザカリアとしては気になって仕方がない。
実際の所、学園の卒業生でもある義母について話を聞いてみると、
「最初のうちは魔法学部の制服ってだけで金持ちだとかやっかまれるけれど、気にしないこと」
とのありがたいお言葉をいただいた。
続く台詞は「実際金持ちなんだから、むしろ胸を張って誇りなさい」という
事実、学園に通う生徒達は制服のことを「金の制服」「黒の制服」などと呼び表す事もあるらしい。
もっぱら、あまり良い意味では使われない
「よしっ」
胸元にきらめく金の刺繍。制服を着込んだのをざっくり鏡で確認してから、ザカリアは高級志向の
「あ――アルブレヒト殿下、おはようございますー! 今日は学園初登校ですね!」
リビングで食卓テーブルに朝食の準備をしていたヘイズルーンが、起き出してきたザカリアに気づいて声をかける。
「おはよう、ヘイズルーン。今日も朝から元気だな」
「もちろん! 一日は朝から始まりますからね! 元気に始めるに限ります!」
むんっと、その場で力こぶを作ってみせる侍女の様子に、思わず吐息のような笑みがこぼれる。
確かに、女々しくも昨日のことを気にしていた気持ちが、今になって馬鹿らしく思えてきた。
気持ちの切り替え。
そもそも、あれを口にしたのはザカリアではなくアルブレヒト殿下である。
ザカリアという別人として学園に通う以上、気にしたって仕方がない。
「そうだな。俺も元気に通うとしよう」
「はい、その意気ですよ殿下!
――あ、ところで、殿下の志望する魔術教養学。
ユグライアのお二方も取られているみたいですね」
脳に予期せぬ衝撃が走って思わず膝が抜けた。
顎先だけを的確に撃ち抜く見事な
危うくヘイズルーンの用意する朝食へと顔面から激突するところだった。
ちなみに今日の朝食はサラダに米に味噌汁と焼き魚。
既に食卓テーブルには完成された味噌汁の鍋が置かれており、美味しそうな匂いと共に立ち上る湯気がザカリアの顔を濡らした。
「――なんだって?」
聞いてしまった現実から逃避し続けるわけにも行かず、体勢を整えながらヘイズルーンに問い返す。
「ですから、昨日お会いしたあのお二方も同じ授業をお受けになられるみたいですよ――?
いやー、偶然って恐ろしいですね!」
奇遇奇遇! っと鼻歌交じりに底抜けの明るさで告げるヘイズルーンだが、ザカリアにはおおむね
地獄の死神達も、思えば生者の魂を陰鬱な気持ちで狩っているとも限らない。
とても陽気で、花やかな歌声とともに跳ね回りながら業務を行っている可能性だってあるのだ。
それが現実。
職務による偏見はよくないなと、早くも朝食を前にして、いい感じの現実逃避を決め込むザカリアである。
朝食を前に、気分は底抜けに重い。
その後の食事中。
ザカリアは魚を解体して食しながら、どことなく喉に小骨が突き刺さったような気持ちを抱え続けることとなった。
こうして、最高の気分でザカリアは学園への初登校日を迎えたのである。
双生のヘクセンタンツ 古癒瑠璃 @koyururi
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