トマジャガポリスの通った後には何も残らない。
あるのは、愛と言う名の食物を失った哀しい飢えたる人々のみである。
愛がなくては人は生きてけない。馬鈴薯を、ジャガバターを。愛を奪われた人々に残された感情は飢餓と――当然の帰結としての復讐になるだろう。
愛こそは憎しみと表裏一体の人間感情。
食こそは人に許された生物原理の一つの極み。
馬鈴薯を愛する者達にとって、地獄のような熱さこそが生命の熱量そのもの――なればそれを奪われたからには、天使のごとき苛烈さをもって、悪鬼羅刹の悪魔となって代償を払わせなければなるまい。
ポエムはここまでとして、さて、馬鈴薯。要するにジャガイモである。
ジャガイモは人類史に於ける人口爆発のターニングポイントとして語るに欠くことの出来ぬ食材である。特にヨーロッパが黒死病という未曾有の危機から回復していくうえでこれ以上重要な食物はないと言える。
その理由はいくつかあるが、まず、栽培が容易である。
次に冷害にも強い。
そして大量に収穫が可能で、長期の貯蔵にも耐えられる。
保存技術の発達しておらず、ミニ氷河期とも言える冷え込んだ気候の最中にあった中世ヨーロッパに於いてこれ程まで食用として適した食物はなかったのである。
しかし、見た目が悪かった。更にいうなら毒性が芽に存在していたのも悪かった。
現実の歴史において、イングランドでは芽の処理に失敗した馬鈴薯が女王に供されメラニン中毒未遂を引き起こしてしまったが為に馬鈴薯の栽培等が禁止されてしまい、人口爆発に遅れたという例が存在する。
今作のトマジャガ規制はその歴史に対するファンタジーIFといった見方も為せるだろう。
卓越した食事描写の上に、プロットの上でこのようなミーニングを仕込んである今作は、ファンタジー短編として秀逸であると間違いなく言える。
おそらくは、馬鈴薯を食べる時間ほどしか読み切るにはかからない。
ほくほくに蒸し上げられた馬鈴薯の上に、濃厚なバターを垂らし、それの溶けたあたりで口に含めばほろりと身の崩れる辺りでバター芳潤な香りと、馬鈴薯の素朴で淡泊ながらもしっかりとした澱粉質の甘みが口の中でマリアージュする。
たった一口がもたらす至高の悦楽。食事という生物原理。
この作品もまた、そんな一口。読書人における馬鈴薯の如き豊潤な旨みを持った食物である。
小腹が空いているなら、どうぞご覧になって欲しい。
読み終えたころには、きっと口の中と頭の中いっぱいに幸福な味わいが広がっている。そして、
――それは、地獄のように熱く、天使のように純で、愛のように旨い
馬鈴薯の味わいだろう。