第10話 本川 真志

「そう言えば新曲、バラードの方は俺の好みだわ。サンキュ。」


 俺がそう言うと。


「別におまえのために書いたんじゃねーっつーの。」


 かみは鼻で笑いながらビールを飲んだ。


「俺はどっちかっつーと、ハードな曲の方が好みだな。」


「タモツ、あの曲聴いた時、すぐ膝叩き始めたもんな。」


「おまえだってピアノ弾いてたじゃねーかよ。」


「仕方ないだろ?俺の好みなんだから。」


「だから、おまえのために書いたんじゃねーっつーの。」


 今日は、俺のスタジオに神とタモツが遊びに来て。

 三人でビールを飲みながら…F'sのミュージックビデオを眺めてる。



「ここ。ここの裏から入るスネア、たまんねー。」


 タモツはTOYSが解散して、ドラムを叩いてないとは言ったけど…

 たまに会って飲んだりしてる時に音楽が流れると、それに合わせて膝を叩く。


 特に…

 神が作った曲は。



 俺はTOYS解散後、音大に入った。

 クラッシックもジャズも経験したけど…


 今は、主とした職業はピアノの先生。

 その傍らバンドスタジオも作った。



 タモツは…TOYS解散後、会社員になったが…

 スーツにネクタイが性に合わない。と、三年で退社。

 その後、色んなバイトを経て…


「まさかタモツが八百屋になるとは思わなかったな。」


「同感。」


 バイト先で知り合った一つ年下の八百屋の一人娘と付き合って、34の時に結婚。

 八百屋の婿になった。



「あーっ、もうみんな酔っ払ってるー。」


 集合時間を一時間以上過ぎて、アズがやって来た。


「おせーよ、おまえ。」


 神がアズの背中を叩く。


「あたっ。」


 相変わらずだなあ…なんて思いながら、笑った。



 四人で集まるのは…解散して初めて。

 神は毎年ビートランドの周年ライヴの招待状をくれたけど…

 俺とタモツは、それに一度も行った事はない。

 …憧れに引き寄せられて、また夢を見ちゃいけないって思ったからだ。



 タモツとは、家が近い事もあって…連絡も取り合ってるけど。

 アズと神には、自分から連絡する事はなかった。

 

 だけど、どこから噂を聞いたのか…

 ふらっとアズが来て。


「へー、いいアンプ。一時間入っていい?」


 ってスタジオに入ったり。


「近くを通ったから。」


 って神が顔を覗かせたり…


 一度もライヴに行かない俺とタモツの事…

 ずっと、懲りもせず誘い続けてくれた。



 今日は…神から『おまえんとこのスタジオに四人で集まろうぜ』って、連絡があって。

 最初は悩んだけど、意外とタモツが嬉しそうだったからOKした。



 目の前にいるのがF'sのボーカルとギタリストだなんて。

 俺は少し不思議な気持ちで二人を眺めた。

 こうしてると、TOYSの時と何も変わんないのに。

 俺達は確実に歳を取ったし、差も出来た。



「うわっ、懐かしー!!」


 そう言ってアズが大声を出したのは…TOYSのミュージックビデオ。


「あー…この曲苦労したよな。」


「俺がまだベース弾いてた時だ。」


「マサシはやっぱ鍵盤だったよねー。」


「神のスパルタに何回泣かされた事か…」


「あ?俺じゃなくて朝霧あさぎりさんだろ?」


 スタジオの床に座り込んで。

 本当なら飲食物持ち込み禁止だけど、今夜は特別。



「うわー、ウズウズする。ちょっとやんない?」


 そう言ったのはアズだった。


「えっ?」


「むっ…無理無理!!」


「なんでー?マサシはピアノの先生だし、タモツだってさっきからずっと膝叩いてるじゃん。出来るよー。」


 俺はタモツと顔を見合わせて。


「そ…そんな、F'sの二人と…なあ…」


「そうだよ…昔一緒にやってたってのも、人に言えないのに…」


 苦笑いしながら言った。


 すると…


「何だよそれ。汚点とでも思ってんのか?」


 神が立ち上がって…マイクをセットし始めた。


「早くセッティングしろ。やるぞ。」


 タモツと無言で顔を見合わせたけど。


「安心しろ。ダメ出しなんてしやしねーよ。ただ昔の曲をやってみたいだけだ。」


 神が…あまり見た事ないような優しい顔で言ったから…


「やるか…」


 俺とタモツも立ち上がった。



 神がベースを弾きながら、TOYSの曲を演った。

 …27年ぶりだって言うのに…

 不思議と、みんな出来てた。


『何だかあの頃よりいい感じー?』


 アズがマイクに向かってそう言うと。


『タモツ、八百屋で何してんだ?』


 神が笑いながら言った。


 本当だよ。

 あれ以来、ドラム叩いてないって言ったクセに。


 終わった時は…みんな妙におかしくなって笑い転げた。



「いつか周年ライヴのサプライズでやろうぜ。」


 神がそう言うと。


「あっ、いいねー。大賛成。」


 アズも同意した。

 俺とタモツは。


「…想像するだけで足がすくむぜ…」


 苦笑いするしかなかったが…

 そんな夢を見るのも…もしかしたら、いいのかもしれないと思った。



 ずっと…自分がTOYSにいた事、人に言えなかった。

 もう昔の事だし。

 どうせ目立ってたのは、神とアズだけだし…って、ちょっと僻みもあったのかな。



「じゃ、またな。」


 スタジオの前でみんなを見送って、戸締りをしようとすると。


「マサシ。」


 名前を呼ばれて振り返ると…神がいた。


「どうした?忘れ物か?」


 振り返ったままの体勢で問いかける。


「…俺の根っこには、ずっとTOYSがあるんだぜ。」


「……」


「おまえとタモツがいなきゃ、出来なかった事だ。」


「神…」


「おまえがどう思ってるかは知らねーけど、俺にとっては二人とも…アズを入れたら三人とも、今でも大事なダチだよ。」


「……」


 感動して泣きそうになった。

 神みたいに、世界に出た奴が…


「それに…おまえとタモツには、弱ってる時に世話んなったしな。」


「…律儀な奴…」


「ダチのためなら、俺はいつでもTOYSの神 千里になるぜ。」


 その言葉に…

 神とアズは、タモツから話しを聞いたんだと思った。

 俺が…仕事で行き詰ってる事。


 若者の間ではバンドブームも去って。

 スタジオは閑古鳥状態。

 ピアノ教室も…そんなに生徒がいるわけじゃない。

 自分の不甲斐なさに涙が出た。


 だけど神は何でもない事のように。


「おまえらの頑張りが俺のスタミナでもあるんだ。へこたれてもらっちゃ困るんだよ。」


 そう言って…笑った。



 40th 完

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 TOYSはUP-BEATという昔のバンドをイメージして書きました。

『Tears Of Rainbow』、カッコいい曲ヽ(´∀`)ノ

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いつか出逢ったあなた 40th ヒカリ @gogohikari

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