最終話 エピローグ

 制服に着替え終わると、改めて高校生になった自分を確認する。紺のブレザーにグレーのスカートって言う、かつてユウくんが通っていた学校の制服だ。

 そして今日からは、私の通う学校でもあった。


「これを着るのも久しぶりだな」


 ふと、六年前の事を思い出す。まだ小学四年生だった私が行った、あの少し不思議な世界の事を。たった一日だけ、十七歳になった時の事を。


 当時は凄く大人になった気がしたその年齢も、今では間近に迫っていた。身長も近づき、変化がなかったところは、実際に成長しても変わらないまま。あの出来事が、決して空想の産物なんかじゃなかったんだと改めて思う。


 すっかり懐かしくなった記憶に思いを馳せていると、お母さんの呼ぶ声が届いた。


「藍ーっ、着替えはすんだのー」

「今終わったとこー」


 部屋を出てリビングの扉を開くと、そこにはお父さんとお母さんが、そしてスーツを着たユウくんがいた。


「藍、入学おめでとう」

「ありがとう。でも、お仕事はいいの?」


 ユウくんは高校を卒業した後、家を出て独り暮らしを始めていた。そして今年からは、就職して社会人一年目だ。本人はまだスーツになれてないって言ってるけど、わたしをドキドキさせるには十分すぎるよ。


「仕事はこれから。でもその前に、高校生になった藍を見ておきたかったんだ。よく似合ってるよ」


 そう言ってユウくんは頭を撫でてくれたけど、私は少しむくれてみた。


「もう、いつまでも子どもじゃないんだから」

「ああ、ごめん」


 私とユウくんは、今も変わらず、兄妹みたいなことをやっている。こんな風にためらいなく頭を撫でてくのが、そのいい例だ。


 当たり前だけど、わたしが成長したのと同じだけ、ユウくんも歳を重ねる。七歳と言う私達の年齢差が縮まることは、絶対にない。


「少しは大人っぽくなったでしょ」


 こんな風にムキになるところだって、まだまだ子どもだって自覚はあるからね。

 だけど本当は、こうして頭を撫でてもらえて嬉しいって気持ちもある。それだけ、妹として大事に思われてるってことだから。


 女の子として見てほしいけど、家族みたいに思ってくれるのは嬉しい。両方とも、六年前からずっと変わらない、わたしの気持ちだ。


 ただ一つ違うところがあるとすれば、前よりも、女の子として見てもらいたいって焦ることはなくなった。

 私は私のペースで、ゆっくりと大人になっていけばいい。今はそう思えた。


「それで、どう? 私の制服姿は?」


 訪ねながら、可愛いと言う答えを期待する。ユウくんからの可愛いは、今までにも何度も言われているけど、やっぱりその度にドキドキするし、こう言う特別な時は特に言われたい。


 ユウくんはもう一度、私を上から下までじっくりと見て言った。


「綺麗だよ。ビックリするくらいに」

「────っ!」


 綺麗。その一言を聞いて、返す言葉を失ってしまう。

 ズルいよユウくん。今までずっと、可愛いとしか言ってなかったのに。





 ユウくんの言った綺麗に深い意味があるかは分からない。いや、多分ないと思う。


 でも今はそれでいい。いつかきっと追いつくから。私がユウくんに感じているような、ドキッとさせるような、素敵な女の子になるから。


 だからそれまで、もう少しだけ待っててね。

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大人への扉 無月兄 @tukuyomimutuki

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