第20話 匂い

 まだ太陽が昇りきっていないくらいの明るさが図書館の窓から入り、蛍光灯の明かりに増して更にこの空間を明るくしている。図書館の中は怖いくらいに静かで、本の匂いもいつにも増して敏感に感じてしまう。一冊一冊の本の存在が強調され、今にも動き出しそうな。それでも彼らはその場で静かに静観し、きちんと並べられている。本の多さ故か、並べられた本達の上に、寝かせて置かれている本もある。これは学校の図書室でもいくらか見たことがある風景だ。中にはちらほら棚から抜かれたであろう本の隙間が見える。隙間の大きさからして結構分厚い本なのだろう。一体誰がそんな分厚い本を読むのだろうと思いながら、既に来ていた葉月先輩の向かいに座った。机上には、葉月先輩によって置かれた本達が山住みになっている。

「これはあなたへの依頼よ」

 真っ白な手紙の中には二枚の便箋。各々訳の分からない暗号みたいな文章が書かれている。

「誰かのいたずらでは?」

 今の僕には勉強する気満々でここに来ている。そんな子供騙しのようなことをしている暇は無い。何なら今すぐにでも別の図書館に出向いてそっちで勉強したっていい。移動する時間も惜しいが、葉月先輩の事だ。僕に何か頼み事やお願いや強制的に物事をさせてくるときは一日二日で終わるような事じゃ無い。丸一週間かけて終わらせるものが多い。実際にこの一週間は、葉月先輩から渡されたプリント束を昨日で終わらせてきたばかりだ。確かに内容的には僕の身になるものが多かったが、流石に時間の消費が激しい。これではいつまでたっても無駄な時間を浪費して、自分の時間が見つけられない。今日はその大事な自分の時間に使うためにここに来た。まあ、葉月先輩からのメールで、「図書館に来い」と来た時はものすごく考えたものである。

「行かなかったらどうなるんだ」

 葉月先輩の方が怖かった。以上。


 ◯◯◯


 僕と葉月先輩の会話は続く。

「この便箋の差出人を探せって言われたって僕には無理ですよ」

「どうして?」

「どこから探せって言うんですか。範囲を絞っても僕には限界があります」

「あなたのその脳みそで考えても無理、って言いたい訳ね」

「何なら理事長にでも頼めばいいじゃ無いですか。先輩のお母さん、理事長なんでしょう? あなたのこと溺愛してるんでしょう?」

 そう言うと、葉月先輩は言葉を詰まらせた。理事長、基い母親には頼めない理由が何かあるのだろうか。理事長に頼むのが一番早い話なのでは無いだろうか、そもそも。

「そもそも、この便箋は何なんですか?」

 手に持っていた便箋の発端が分からなくては話が進まない。根幹が抜けている。

「一週間前に私の机の引き出しの中に入っていたものよ」

「普通、自分のものじゃなかったら捨てませんか?」

「最初はそうしたかったのだけれど、でもその便箋、今回が初めてじゃ無いのよ」

「初めてじゃ無い? 前にも同じようなことがあったんですか?」

「もう一年前の話よ」

「って、葉月先輩がまだ一年生の時の話ですよね」

「そうとも言うわね」

「そうとしか言いません」

「ふふ」と笑う葉月先輩。「どうして笑うんですか」と僕の質問。

「あなたといると、本当に調子が狂うわね」

「それって褒めて無いですよね」

「あら、いつ私があなたを褒めたことがあったかしら?」

 もう帰ってやろうかと思ったが、教科書とノートはもう開かれていて、勉強意欲満々になっているところに帰ると言う選択肢は、僕には無かった。

「話を戻すわ」と葉月先輩。

「一年前、あなたの言う通り、私が一年生の時の話よ」

 僕はそのまま、葉月先輩の話を聞くしか他無かった。

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