第19話 依頼

 土曜日。この日は久々に図書館で勉強することにした。いつもは学校の自習室が空いていて、そこを利用しているのだが毎回そこで勉強すると集中力が続かなくなり返って勉強が捗らなくなる。長い間集中力を続かせる方法を模索していた僕の、今の最高の勉強方法は場所を変えて勉強する、に落ち着いた。僕の考えた方法ではあるがやはりこれにも限界がある。特に小学生や幼稚園生といった、まだ物心もマナーも分かりきっていない子達が来るとたちまち騒がしくなって仕方がない。この図書館は私語厳禁の部屋と私語可の部屋があり、よりにもよって私語可の部屋にしか勉強スペースがない。もちろん僕も抗議した。「どうしてここにしか勉強スペースがないんだ」すると司書の人は、向こうの部屋が狭いからだのこっちの部屋の方が物がたくさんあるからだの理由にもなってない御託を並べ、結局解決には至らなかった。何が部屋が狭いだ何が物がたくさんあるだ。そんな理由で納得行くはずがない。なおさら勉強が捗らないではないか。

 それならなぜ僕は今図書館に向かっているのか、と疑問が湧くだろう。理由は簡単で、今朝方メールが来ていた。

「図書館に来い」

 葉月先輩である。

 文面が人に頼むものではないと返信してやろうかと思ったが、葉月先輩がわざわざ図書館に来いとメールをくれたのには何か理由があるのだろうという疑問の方が勝り、すぐに身支度を済ませ家を出た。バッグには歴史の教科書とノート二冊。もしかしたら、勉強が捗って二冊目に突入するかもしれないから二冊。実際、今までに何度か新品のノートを一日に二冊使い終わらせた実績もある。その時は数学だったが、歴史ももしかしたらと用心して二冊持っていくことにする。

 こういう理由で図書館に向かっているのだが、それでも図書館は遠いところに構えているものだ。電車に片道三十分揺られる間も歴史の教科書を眺め、降りた駅から十分歩いたところのバス停で待機。しばらくして来たバスに乗ること三十分。降りた停留所から歩くこと二十分のところに図書館はある。ここまでの道のりは遠い。だからこそ、ここの図書館は三ヶ月に一回ペースで利用している。学校の図書室より本はたくさんあるし、空いてる時間も学校と比べたら長い。

「これで私語厳禁の図書館なら最高なのになあ」

 着く前から僕は落胆するしかなかった。正直、勉強が捗る気がしない。そんな場所を集合場所に葉月先輩は選んだのだ。

 確信が持てる。葉月先輩は図書館を利用したことがないと。

 バッグも家を出るときより重くなった感じがする。明日は自主室で勉強しようと、萎えた心に少しの希望を持たせておき、堂々と構える図書館の門をくぐった。


 ◯◯◯


 自動ドアが開いてから目の前に階段がある。それを登ったすぐ近くにカウンターがあり、あとは本や棚の場所に当てられている。入った瞬間の本の香りーー別世界にでも来たのかと思わせるこの空気は、僕の好きな匂いに数えられる。ここを利用したことのある人間なら誰でも嫌いにはならない匂いであろう。変わらない匂い、僕の花はそれに敏感だった。が、すぐに神経は視界に移った。

 誰もいない。

 自動ドアをくぐった瞬間には気付くべきだった。いつもなら小学生達が涼みにやって来ているはずだが、姿どころか声すら響かない。カウンターの司書の人も視界に映らない。何かがおかしい。本当に僕は別世界に迷い込んでしまったのだろうか。期待と不安が両方とも襲ってくる。唯一変わらないといえば、本の置き場所くらいだろう。身に覚えのある本達は場所を変えずに、同じ場所に佇んでいる。窓の外の景色も、前来た時とは変わらない。そこだけは安心できた。

 だが、ここまで人の気配が無いとなると、流石に恐怖を感じる。本当に利用していいものだろうかと迷ってしますのだが、

「来たわね」

 後方から聞きなれた声がした。振り返ると、白が基調のワンピース姿をした少女がいた。

「葉月先輩、そこにいたんですか」

 本棚の死角に入って見えなかったが、人がいたことに少しばかりの安堵を感じた。葉月先輩は、もう既に椅子に座り、何やら分厚い書物を読んでいる様子。机上には、これから読むのか、それとももう読み終えたのか、本が積み上がって置かれていた。

「先輩一人ですか?」

「ええ、そうよ」

「司書の方は」

「今日は折り入って貸し切ったのよ」

「え」と一言。

 今先輩は貸し切ったと言ったな。この図書館を貸し切ったという意味で間違い無いよな。

「あの、貸し切ったというのは」

「この図書館のことよ」

 聞き間違いでは無かった。この人は一体何者なんだと、目の前の清廉な美少女に怖ささえ感じた。

 今のところ見る限りでは、この図書館にいるのは僕と先輩の二人。

 さて、勉強しますか。

 葉月先輩に向かうように座った僕はバッグから歴史の教科書とノート二冊を取り出す。ついでに筆記用具も忘れずに。

 心のどこかで、何気なく「今日は勉強が捗りそうだ」とフレーズが流れていたが、

「何してるの」

「え。勉強ですけど」

「今日は勉強させるためにここに読んだんじゃ無いわよ」

「どういうことですか?」

 すると葉月先輩は自分のショルダーバッグから封筒をを取り出した。真っ白な封筒を僕に差し出すように机上に置き、「読みなさい」僕は言われるがまま封筒を手に取り中身を開く。

 封筒の中身は二枚の便箋が入っていて、それぞれ、

「17は16の元へ」

「16は学び舎へ」

 と書かれていた。筆記的にパソコンで打たれたものを便箋に印刷したのだろう。

「これは、何ですか?」

「分からない。だからあなたを呼んだのよ」

 先輩の表情はどこか曇っていた。この便箋に何かあるのか、腕を組んで顔を引きつらせている。

「僕に何をしろと?」

「探して欲しいの」

 先輩の目線は僕をまっすぐに貫いた。僕に助けを求めているような、それでいて恐怖に怯えているような。それでも、彼女はまっすぐに僕に訴えかけるようにこう言った。

「これはあなたへの依頼よ、颯太。その手紙の差出人を探して欲しいの」

 …………。

 いつからミステリーにはまってしまったんだろうと、心の中で呟いた。

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