第15話 おまけ 睦言は無効??

 夜の9時過ぎ、森國社長が、僕の店に駆け込んできた。


 旬が帰った後に来るなんて、どうしたんだ?


 珍しい事もあるものだ。


「僕、旬と結婚する! 春日さん達みたいに、宣誓式したい!」


 カウンターに座りながら、ナナさんに食い付く勢いで話している。


「いきなりどうしたんだ? 落ち着け、森國」


「今日は旬の実家に挨拶に行ってきた!」


「あれ? さっきまで、旬、ここに居たけど?」


 と少し不思議に思った。


「うん。旬には秘密で、一人で行ってきたんだ」


「それで? 」


「ご両親の了解は貰った」


「すごいな」


「もう、何度も顔を合わせていて普通に交流あるんだよ。僕たちの事も理解してくれてる」


「へぇ」


「随分前、送っていった時に、お母さんにキスしてるところ見られちゃって…… そうとは知らない旬が、普通の知り合いって事で僕の事話したんだ。それから、お母さんが僕に会いにサロンに来てくれた」


「家の前でキスとかするなよ…… 」


「でね、凄く焦ったんだけど、旬の恋愛対象が男なのは気付いていたんだって。 ただ、僕の仕事なんかを知って、僕が本気とは思わなかったらしくて …… 遊びなら他でやってくれって感じだった。 で、それから僕の本気を分かってもらうために努力して来たんだ。あ、でも、この事は、旬にはナイショにしてね」


「それは良いけど…… 、旬、プロポーズ受けたんだ」


「うん! 昨日の夜。 ベットでね、僕が結婚したいって言ったら、オレもって!! 」


 ナナさんと、僕は顔を見合わせた。


 それって睦言むつごとって言わないか?


 でも、最高潮に、盛り上がっている森國社長にそんな事言えない。




「森國。それってさ、睦言むつごとって言わないか? 」


 あ、ナナさん、言っちゃった。


「えっ? そうかなぁ? そうなの? 」


 森國社長は、腕を組んで考えている。


「いや。 分からないけどな。 でも、寝室での甘い口約束は、法律上無効になる事も有る。 リップサービスみたいなものだと判断される事も有るんだ」


「そうか。 じゃあ、予定通りプロポーズも、もう一度する。そして、旬が受けてくれたら、宣誓もしたい。春日さん達の時もそうだったでしょ? 」


「そうだけど、俺たちの場合は、前の街でパートナシップ制度が有ったから、既に一度宣誓をして、お互いの気持ちが固まっていたんだ。だよな、アキ? 」


「うん。そうそう。僕たち一緒に住んでたし、会社も作ってたし、そこで宣誓を断られる選択肢は無かったからなぁ…… 」


「あ、なんかチョット不安になって来た。上手くいくようにお二人とも協力して下さい!お願いします!」


「いやいや、準備は協力するよ。でも、ソコは協力しようが無いだろ? 」


「えー。結婚って良いよって事を、事ある毎に言ってください。そして、森國と結婚したら良いと思うよって」


「後半は却下」


「春日さん、厳しくないですか? 」


「でも、森國社長。春日さんが普段しない様な事をするのって、怪しまれません? 」


「はあ。それもそうかぁ」


「そうだよ。ソコは自分で頑張れ」


「そうですね。 あ、実は、お願いがあって来たんでした」


「今度はなんだよ。 出来る事なんだろうな? 」


「今日、挨拶に行った時に、良い事聞いたんですよ! 」


「へぇ。どんな? 」


「旬のお母さんの、鈴音すずねさんが教えてくれたんですけど、サムシングフォーって知ってます? 」


「僕、知ってます。おまじないでしょ? 」


「アキ、何でそんなの知ってるんだ? 」


「もう、ナナさん、忘れちゃった? 僕、1度結婚しようとしたでしょ? 」


「あぁ、そうだった」


「え? マスター? 女性と?」


「そう。 ま、その話は今はいいですよ。もしかして、サムシングボロード? 」


「話が早い!」


「何? 俺、話が見えないんだけど」


「あのね、ナナさん。 マザーグースに出て来るお話なんだ。サムシングニュー、何か新しい物。サムシングオールド、何か古い物。サムシングブルー、何か青い物。サムシングボロード、何か借りた物。そして、靴に6ペンス硬貨を、って言ってね。花嫁がこの4つを身に着けて結婚すると幸せになれるって言うおまじない」


「知らなかったな」


「まぁ、女の子じゃないからね」


「それで、何を協力すれば良いんだ?」


「サムシングボロードは、先に結婚して幸せになってる人から何かを借りて、その幸せにあやかるんだよ。それで、ナナさんに何か借りたいんじゃない? 」


「そうなのか? 」


「はい。そうなんですよ。春日さんにお願いしたいと思って」


「それって、森國社長から見て、ナナさんが幸せそうに見えるって事でしょ? 僕も嬉しい! 」


「良いよ。 何が良い? 」


「そうだなぁ。何が良いんでしょう? 春日さんの愛用しているハンカチとか? 」


「ナナさん、1年前に僕がプレゼントした、ネクタイは? 実はアレ、サムシングブルーにちなんだ物だし、綺麗な水色だから」


「そのまじないにちなんだ物だったのか? 言ってくれれば良かったのに…… 」


「いいんだ。僕の自己満足だし、僕がナナさんを幸せにするって決めてたから」


「そっか。 俺もブルーの物プレゼントしたかったな」


「ナナさん。 その気持ちだけで充分だよ」


「ちょっと、ちょっと、2人の世界に入らないで下さいよー」


「あ、悪い。 そのネクタイで良いか? 去年の宣誓式で付けてた物だし、相応しいと思うよ」


「はい。 それでお願いします 」



 森國社長は上機嫌で帰って行った。


 何となく、去年の事を思い浮かべて、少し甘い気分に浸ってしまった。


 ナナさんも、同じだったかもしれない。


「ナナさん、あれからもうすぐ1年が経つんだね」


「そうだな」


「去年の約束覚えてる? 」


「約束? 」


 3月27日の事、忘れちゃってるんだろうか?


「記念日の事」


 少し赤くなって、そっぽを向いている。


 覚えててくれたんだ。


 嬉しい。


 そして、可愛い。


「その日は、創業記念日で休みにしてある」


「やた!僕もその日はお休みにしてる」


「ん。楽しみだな」


「うん。そうだね」


「何処か、食事でも行く? 」


「それは別の機会でいいんじゃないか? ゆっくり家で過ごしたい」


「それもそうだね」


「もう、閉める? 」


「あ、もうこんな時間だ。看板仕舞ってくるね」


「そうしてくれ。 先に帰って、シャワー済ませておくよ。」


「えっ? 」


 ナナさんは、耳まで赤くして、先に上に帰って行った。


 コレは、もしかして今夜のお誘い?


 期待してしまう。


 早く片付けて、僕も帰ろう。


 そして、今夜は甘い夜を過ごそう。


 外に出た僕は、この後おこるであろう事に期待で胸を高鳴らせながら、夜空に浮かぶ月を見上げた。



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オレの好きな人の恋人は漆黒の天使だった件 とまと @natutomato

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