第14話 おまけ 朔之丞の心の中は旬で一杯だった件

 ジンには、沢山種類がある。


 飲みやすいもの、クセのあるもの、フルーティーなもの。


 その中でも、独特のクセが有りつつスッキリした飲み口のタンカレーは、僕のイチオシだ。


 タンカレーで作ったジントニックは、タンカレー好きの間では、T&Tティーティーとも言う。


 amenoアメーノのマスターの作るタンカレートニックは、特にまろやかで、なのに後味にキレがあって美味しい。


 その店の、アルバイトのしゅんも、カクテル作りの勉強をしているからしい。


 彼の作るタンカレートニックを飲んでみたい。


 彼の纏う空気の様に、爽やかな味がするのだろうか?


 恋愛相談から、慰め合いになってしまった、あの夜から、すっかり心は旬に傾いている。


 長年の片想いも、色褪せてしまう程に、強烈な印象を残された。


 筋肉質な美しい身体にもすっかり魅せられてしまった。


 旬のマスターに対する、真っ直ぐな思いが眩しい。


 ただ、一つ気になるのは、春日はるひさんとの関係に気付いているのかどうかと言う事だ。


 プレオープンの日には居なかった。


 2人を知る人が見れば、関係は明らかだが、この春から入ったばかりの旬に、それが分かるかどうか……


 しかも…… 営業中は2人の触れ合いは、少ない。


 春日はるひさんとアキさんマスターの関係を、知らないからこその恋心か。


 タンカレートニックを飲みながら考える。


 旬の失恋は時間の問題だ。


 その時まで、待つべきか。


 それまで、僕は待てるのか?


 それに、弱みに付け込むのは、流儀に反する。


 ただ、今まで、誰かを追いかけた事が無い。


 旬には、『恋愛に、コツなど無い。想いが伝わるまで伝える事だ。』などといったものの。


 果たして、自分にそれが出来るのか?


 7歳も年の離れた、年若く瑞々しい青年が、僕の元に堕ちるだろうか?


 この歳で、11店舗のサロンを纏める僕は、おそらく成功している方に入るだろう。


 だか、今までのオンナと違い、そんな事に価値を見出すとも思えなかった。


 20代最後の恋。


 吉と出るか、凶と出るか、試してみようじゃないかと思えて来た。


 両親が美容室を経営していた事もあり、昔から綺麗なもの、美しいものに拘りが強かった。


 そして、そのキレイを作る裏舞台が如何に大変かも、意図せず知っていった。


 だから、美容業界に足を踏み入れたのも、極自然な事だったかも知れない。


 しかも、この業界は、性的マイノリティーが多く潜在している。


 自分も生きやすい場所だった。


 駆け出しの頃、カクテルバーにハマった。


 当時付き合っていた、年上の男性に連れて行かれたのがキッカケで、色とりどりの美しいカクテルに心を奪われた。


 その時に、カクテル言葉も随分覚えたと思う。


 旬もカクテルを勉強してる身だ。


 おそらく、この商売だ、カクテル言葉も合わせて知って行くだろう。


 そのまま言葉で伝えるのは難しい。


 しかし、カクテルなら。


 この気持ちを伝える事が出来るだろうか?


『バレンシア』


 気に入っている子に贈るカクテル。


 気になってる、好きになりかかっているという気持ちを伝えるものだ。


『ジントニック』


 いつも頑張っている人へ尊敬を表すカクテル。


 マスターに真っ直ぐ想いを寄せている旬には相応しい。


『ブルドック』


 守ってあげたい。


 近い将来訪れる衝撃から、僕がこの手で守ってあげたい。


 出来るなら、傷ついて欲しくない。




 伝わるだろうか……


 マスターは、勿論、カクテル言葉を知っているだろう。


 僕の気持ちを知って、マスターの方はどう出るか?


 いつも、飄々としている風ではあるが、あの春日さんが選んだ相手だ。


 心の機微に聡いのではないかと思う。


 もしかすると、旬の気持ちにも気づいているかも知れない。


 いつもの様にamenoアメーノへ行き、いつもとは違うカクテルを注文する。


 珍しがっていたが、旬が気付いた様子は無い。


 ただ、やはり、マスターは気付いた。


 さすが、と言うべきか。


 まずは、第一歩。


 少しずつ、始めるとしよう。



 その時は、突然に訪れた。


 僕たち、見届け人が贈った指輪に気が付いたらしい。


 切なくて、見ていられない。


 そう思うのに、涙を流すその姿も妖艶で、美しく、心を掴まれた。


 誰にも見せたくない。


 僕だけのモノにしたい。


 マスターの許可を貰って連れ帰った。


 失恋の痛みに堪える旬の姿は、煽情的で僕は欲情を抑えるのに必死だった。


 それなのに ……




 僕の事が気になっていると言う。


 失恋したからこそ、気付いた気持ちだと。


 嬉しいが、今日じゃない。


 これじゃ、正に、弱ったところに付け入る事になってしまう。


 必死にブレーキをかけるのに、旬は、僕の理性を決壊させるのに成功してしまった。


 今度「スクリュードライバー」を、作ってくれるという。


「貴方に心を奪われた」なんて、憎らしい事を言ってくれる。


 最高に可愛い。


 旬はキスに弱い。


 キスをすると、少し上気したトロ顔で、ウットリと見つめてくる。


 僕は、コレに弱い。


 待てずに、指を差し入れると、温かく絡みついて来た。


 歓迎して、誘い込まれている様な感覚。


 これから、ここに挿入すると思うと、ゾクゾクする。


 硬く滾ったモノをゆっくり挿れて、擦ってやると、ピクンピクンと身を跳ねさせる。


「ん」と、少し顎を上げて、キスを強請る仕草も、また、可愛い。


 胸の奥がキュッと掴まれる。


 可愛いすぎて、離してやれない。


 マズイな。


 ここまで惚れるなんて。


 なのに、被せた薄皮を外せと言う。


 どこまで小悪魔なんだ。


 いつもは、爽やかな風を纏ったイケメンなのに、僕の腕の中では、違った顔を見せる。


 キスをしながらイクのが好みらしい。


 そんな可愛いお願いは、叶えてやらない訳にはいかない。


 僕は律動を一層早め、高みへと誘ったのだった。



        了





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