第13話 パーティーは・・・な件

 今日はパーティー当日だ。


 朔が、ヘアメイクをしてくれると言うので、朔が住まいにしているホテルの部屋へ来ている。


 仕立てて貰ったスーツを身に付け、普段とは違うオレに正直驚いている。


 確かに着た感じが全然違う。


 シルエットが綺麗だし、身体にフィットしたシャツやスーツは動いても、窮屈に感じない。


 朔の言うことは強ち間違いじゃなかった。


「朔ー。ネクタイはどれが良い?」


「ネクタイね。どれでも良いよ」


「えー!? スーツに拘るのにネクタイには拘り無いの? 」


「いや、実は、今日のネクタイは、春日さんが旬に貸してくれるんだ」


「えっ? そうなの? 何で? 」


「うーん。でも、そう言ってた。きっと、旬に似合う物があるんだろ? 」


「ふーん」


「そろそろ時間だ。車を呼んであるから行こうか」


「朔も、もう行くの? 早くない? 」


「良いんだ。旬の働き振りを見ているよ」


 amenoアメーノに着いてみると、店の前は沢山の花で飾られ、扉には“本日貸切”の看板が掛かっていた。


 扉を開けると、七尾所長が出迎えてくれた。


 既に大勢の人達が集まっていて、オレは時間を間違ったかと焦ってしまった。


「すいません。遅かったですか? 」


「いや、良いんだ。今日はね、君の大切な門出の日だよ」


「えっ?」


「さあ、ネクタイを結んであげよう」


 朔は、隣でニコニコして見ている。


「朔? 知ってたの? 何? 就職祝い? 」


「うん?」


 やっぱり、ニコニコして答えてくれない。


 ネクタイを締めて貰っていると、マスターがお花を持って現れ、何故か後ろに母まで居た。


 ウチの親まで招待されてる?


「えっ? 母さん? 」


「旬。腕を出して」


 母に言われるままに、腕を突き出す。


「なに? コレ? 」


「おじいちゃんが若い頃使っていた、カフスボタンよ」


 母は、うふふっと笑って、席へ戻っていった。


「じゃ、僕からはお花ね」


 マスターがラペルホールに花を挿してくれる。


「ラペルホールはね、ボタンの為の穴じゃないんだ。フラワーホールとも言って、元々、お花を挿す所なんだよ」


 隣で、朔が説明してくれる。


 へー。……てか、なに?


 何なの? この状況。


 誰か説明してくれ。


「さ、行こう」


 朔が、オレの手を引いて、カウンターの方へ向かう。


「旬。落ち着いて聞いて。僕はもう、君無しの人生は考えられない。この先の人生を、君と歩んで行きたいんだ。 …… 僕と結婚してくれる? 」


 繋いでいた手を持ち上げられ、手の甲にキスをされる。


「ちょ。皆んなの前!!」


「良いんだ。皆んな、知ってる」


「えーーーっ!?」


「旬? 死ぬまで、僕の側に居てくれる? 」


「…… うん」


「あのね。皆んなは、僕たちの見届け人なんだよ。正式な結婚は出来ないけど、パートナーしてお互いを認め合う事を誓うんだ。良い? 」


「分かった。良いよ」


「はぁー。良かった。ドキドキしたよ。じゃ、春日さん、お願いします」


「ん。では、森國 朔之丞もりくに さくのじょう尾上 旬おのえ しゅんの、宣誓式を行います。 2人はお互いを人生のパートナーとし、これからもお互いを助け合って生きて行く事を、ここに居る全員に誓いますか? 」


「「はい。 誓います」」


 会場は、盛大な拍手に包まれた。


「よし。 次は指輪の交換だ。 アキ」


 マスターがリングピローを持って来た。


 シルバーのリングが1つずつ渡された。


「じゃ、お互いの指に嵌めて貰おう。 森國」


 朔が、オレの左手を取り、薬指にリングを嵌める。


「旬」


 オレも、同じようにリングを嵌めてやる。


 会場は、静まり返っている。


「おめでとう。 2人とも」


 再び、盛大な拍手に包まれる。


 見渡すと、オレの家族や、いつも髪を切ってくれる朔のご両親も居る。


 いつの間に、話したんだろう?


「ねえ、朔? どうして、父さんも母さんも、姉ちゃんまで来てんのさ」


「そりゃ、お祝いだからだよ」


「そうじゃなくて、オレにプロポーズする前に、実家へ行ったのか? 」


「ん? あれ? そういう事になる? …… でも、ベットで、『結婚したい』って言ったら、『オレも』って言ってくれたから…… もう舞い上がっちゃって、あの次の夜、早速、『旬を下さい』ってご挨拶に行ったんだ」


 鳴り止まない拍手の中、小声で話す。


 朔の言葉に呆気にとられてから、ハッと我に返り、キロッと睨んでおく。


「オレに何の相談も無しに? 」


「怒らないで」とほっぺにキスをされると、更に拍手は大きくなった。





 シャンパンが運ばれて来た。


 見た事の無い人だ。


「おめでとう。ここで結婚したカップルは2組目だよ。 必ず幸せになれる」


 そう言って、ワイングラスを手渡して来た。


「さ、どうぞ。シャンパンはフルートグラスで飲むより、ワイングラスで飲む方が、香りが立って美味しいよ。絶対だ」


 日に焼けた肌に、白い歯をニカリと見せて、去っていった。


 朔に、目で尋ねると、


「あの人、日向ひむかいさん。マスターのマスター」


「あぁ。聞いてた。あの人が」


 それから、乾杯をして、会場は一気に和んだ雰囲気になる。


 マスターが料理を運んできた。


「今日は、腕によりをかけたから、君達もいっぱい食べてね! 」


「マスターは知ってたんですね? 」


「勿論。実はね、僕がうっかりバラしちゃわないか、まわりの皆んな心配してたんだよ。そういう、僕自身もだけどね。 今日の時間を伝える時とか、スーツで来てねって伝える時とか、もう、めっちゃめちゃ緊張したよー」


「全然気づかなかった…… 」


「良かったぁー。 無事に今日を迎えられて、本当に良かったよ」


 ウィンクして、厨房に戻る。


 さすが、モデル系イケメンはキザな仕草もカッコ良くキメる。


「もぅ。旬。見惚れない!」


「なっ、見惚れてないよ!」


「さあ、皆んなのテーブルに挨拶に行こう」


「そういえば、立食形式って言ってかなった? やめたんだ? 」


「うん。 疲れるだろ? マスターの美味しい料理も食べ辛いし、ビュッフェスタイルは採用したけどね」


「朔らしい。今日のために準備、沢山してくれたんでしょう? ありがとう」


「でも、その分、旬に寂しい思いをさせた。反省している。最初はね、公開プロポーズだけの予定だったんだ。 でも、この前、旬も同じ想いだって知ったら、僕の気持ちが止まらなくなっちゃって…… 宣誓式にしてもらったんだ。 実は、去年は春日さん達が、ここで宣誓式をしたんだよ。 皆んなその時も居たんだ。 今年は去年と逆の立場なんて、ちょっと照れるね」


 オレの家族と朔の家族は、同じテーブルに座っていた。


 すっかり、仲良くなってる。


鈴音すずねさん、今日の為に沢山ご協力頂いて、本当にありがとうございます。皆さんも、お忙しいのに有難うございます」


 鈴音すずねもとい、オレの母は、イケメン好きだ。


 すっかり、朔のファンになってる。


「そんな、良いのよ。 息子の晴れ舞台なんだから」


「旬。サムシングフォーって知ってる? 」


「? 何それ? 」


「実は、鈴音さんが教えてくれたんだ。結婚する花嫁は、サムシングフォーを持って結婚すると、幸せになれるっていうおまじない。 旬は花嫁じゃないけど、幸せになって欲しいから用意したんだ」


「へぇ。 聞いた事無かった」


「まずは、サムシングニュー。何か新しい物。これは、今着ているスーツだ。そして、サムシングオールド。何か古い物。これは、鈴音さんが用意してくれた。お祖父さんの、カフスボタン」


「あ、それで? コレ? 」


 自分の左手を上げて、袖のカフスボタンを見る。


 薄いブルーの何かの石が光っている。


 古いデザインなんだろうが、アンティークっぽくてとても良い。


「サムシングボロードは、何か借りた物。幸せな結婚をしている人から何かを借りて、その幸せにあやかるんだ。 そのネクタイはね、1年前、宣誓をした時に春日さんが付けていたものなんだよ」


 七尾所長の方を見ると、目が合った。


 優しく微笑まれる。


 そういう事だったのか。


「最後に、サムシングブルー。 何か青い物。これは、マスターが用意してくれた、青いお花。エブリーグリーン・アルカネット。それから、ネクタイとカフスボタン。全部、ブルーだ」


「旬くん、驚いた? 本当は、ヘアメイクに私が行きたかったんだけど、サプライズパーティーだからって、朔之丞に断られたの。私も何かしたかったわ」


 美容師をしている、朔のお母さんの真矢マヤさんが、そう言ってくれた。


「だって、母さんが来たら、余計な事言ったりして、バレるもの」


「朔。そんな言い方良くないよ。 お母さん、お気持ちだけで充分です。有難うございます」


「あらー。旬くんはホント良い子。可愛いわー。ウチの息子には勿体ないくらい。喧嘩して距離を置きたくなったら、いつでもウチに住んで良いからね。沢山愚痴聞くわ。そうでなくても、いつでも遊びに来てね! 」


「有難うございます。 今度、朔を放って飲みに行きましょう」


「まっ、嬉しい! 」


 朔のお母さんは、お酒も強いし、歌も上手い、仕事もバリバリこなしてて、バイタリティが有る、こんな大きな息子が居るとは思えない、若くて美人なお母さんだ。


 そして、いつも話題が豊富で一緒に居て全然飽きないのだ。


「ちょっと、旬。ヒドイよ……」


 ニヤッと笑っておく。


 七尾所長と、樹さん一家が座っているテーブルに行く。


「旬。森國。おめでとう。本当は、今年も俺が神父役をやりたかったよ」


 樹さんは、去年神父役をやったらしい。


 隣で、史花さんも微笑んでいる。


「リンクピローは、私が作ったの」


「そうなんですか? 史花さん、有難うございます」


「良かったな。旬。 沢山の人に祝われると幸せになれるらしいぞ」


 七尾所長がそう言った。


「旬。これはゴールじゃない。スタートなんだ。もし不安な事が有ったらいつでも相談してくれ。 あ、あと、上司として1つアドバイス。 指輪は暫くしない方が良いかも知れない。指輪を見て、新卒で入ったばかりで既に結婚しているという事が客先で話題に登るかも知れない。 余計な詮索を躱すには、挨拶回りが終わって落ち着いてからくらいにすると良いと思うよ」


「そうですね。隠すつもりは無いけど、余計な先入観を持たれるのも面倒だし」


「森國は? それでも我慢出来る? 」


「勿論。 これでも多少の生きづらさは感じてるから、旬の足を引っ張るような事は言うつもりは無いですよ」


「だって。 良かったな」


「はい」


「マスターみたいに、首から下げられるように、プラチナのチェーンを買ってあげるよ」


「えっ?」


「何だよ、森國。 結局、身に着けてて欲しいんじゃないか。まぁまぁの束縛だな。旬。苦労するよ」


 笑っていると、マスターがやって来た。


「きっと、森國社長は、僕と一緒。本当は、誰にも見つからないように、しまって置きたいんだ」


「確かに。 そんな風に思う事も有るなぁ」


「やめてよ」


「大丈夫。 どんなに距離が離れたとしても、僕たちは見えない絆で繋がってるから。これからも末永く宜しくね。 旬」


 晴れやかな笑顔の朔は、オレに優しくキスを落とした。



 amenoアメーノの一周年記念パーティー件オレ達のサプライズパーティーは和やかな雰囲気のまま幕を閉じた。


 朔の部屋に帰ってから、これからの事を沢山話した。


 まだ、暫くは一人暮らしをしたいと言うと、渋々ながらも承諾してくれた。


 朔も、関西方面の店の新規出店が軌道に乗るまでは忙しいらしいから、それが落ち着いてからでも良いだろう。


 これからも交流が続いていくだろう、今日の招待客の事を少し聞いてみる。


 マスターのアップルパイの師匠、蓮見さんご夫婦は、七尾所長のお祖父さんのお友達で、同じ場所でレストランのMELOメーロを営んでいたらしい。


 今日のケーキも作ってくれたんだとか。


 沢山の苺で彩られたケーキは、とても美味しかった。


 史花さんは、実は七尾所長のご両親が亡くなった同じ事故で、前のご主人を亡くされたとか。


 しかも、その人の過失の事故で、七尾所長は被害者だったなんて。


 たまたま、樹さんの奥さんだったから、2人が知り合ってしまったんだという。


 でも、事務所での2人を見ていたら、ごく自然に信頼関係を築いていて、今は良いビジネスパートナーに見える。


 一番驚いたことは、樹さんが、七尾所長を好きだった事。


 しかも、樹さんもオレ達の仲間だというじゃないか。


 それで入ったばかりの頃、マスターとの雰囲気が微妙だったんだ。


 納得。


 しかし、七尾所長、どんだけモテるんだよ。


 その頃は、朔だって想いを寄せていたんだ。


 七尾所長、総受けじゃねーか。


 しかも、樹さんと史花さんとは、夫婦だけど男女の仲では無いらしい。


 息子さんは、亡くなったご主人とのお子さんなのか。


 ナルホドな。


 どんな関係でも、信頼関係は築けるし、愛情にもいろいろのカタチが有るって事なんだな。


 なんだか少し暖かい気持ちになった。


「来年は29日かな? 」


「何が? 」


「去年の、春日さん達の記念日は、27日。今年の僕たちは、28日。と来たら、もしかしたら、来年も誰かが29日に宣誓式をするかもしれないなって思ってね 」


「そんなに、宣誓したい人居るかなぁ? 」


「そっか。 そうだよね。 そんなに多かったら、ゲイの聖地みたいになっちゃうよね」


「それはそれで良いのかも知れないけど、店の営業に影響しないかな? 」


「どうかな? …… もうお話はこの辺にしない? ねっ、今日の出来事は、今夜の僕たちに影響しないの?」


「それは…… 影響しない、とは言えない、かも? 」


 今日の今日で、ちょっと照れる。


 たまには、オレからキスを贈ってみようか。


 朔の腕を引いて、頬にちゅっと軽くキスしてみる。


 一瞬驚いて、今度は朔から唇を合わせてくる。


 チュッチュッと繰り返されるバードキスがくすぐったい。


「旬。ベットに行こう」


 今度は、オレが腕を引かれる。


 これから、2人の甘い夜が始まる。


 引かれた手を少しずらす。


 そして、返事の代わりに指を絡めた。



 了


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