第12話 アルバイトを始めて丸一年経った件

「旬ー。今月の28日に、一周年記念パーティーをしようと思ってるんだ。7時からの予定だから、いつもより早いけど、6時に入ってくれる?」


「了解です。前日はどうします? シフト入ってないけど、準備有りますよね? 」


「いや。27日は閉める。毎年3月27日は店休日なんだ。そして、28日は、貸切で夜営業のみだから、大丈夫だよ」


「そうなんですね。 分かりました」


 オレが、入店したのが、去年の3月21日だから、もうすぐ1年になる。


 この1年は色々有った。


 早いものだ。


「あ!忘れるところだった。当日はスーツ着用で宜しく。立食形式でやるんだけど、基本的にリザーブは僕がするから、旬には受付なんかをやって貰おうと思ってるんだ」


「パーティーなんて初めてだ。普通のスーツで大丈夫かな? 就活用しか持ってないけど」


「その辺は、森國社長に見立てて貰うといいよ」


「そか。朔も出席するんてすね」


「うん。その予定」


「そのパーティー、何人くらい来るんですか?」


「まだ、確定じゃないけど、20人くらいかな。樹さん一家とか、ここで前にレストランを営んでた蓮見はすみさんご夫婦、僕のアップルパイの師匠なんだ。前に来てくれたから知ってるだろ? そうだなぁ、君の知らない人は、前のamenoアメーノのマスターだった日向さんくらいかな? ここで使う新鮮な野菜を作ってくれてるんだ」


「そうなんですね」


「皆んなココに来てくれてる親しい人ばかりだから、安心して良いよ」


「分かりました」


 アパートに帰ってから、久々にスーツに袖を通してみた。


 なんだか、着られているみたいだな、と鏡を見て独り言ちる。


 インターホンが鳴った。


 おそらく、朔だ。


 テレビカメラを確認すると、髪を手櫛で整えている朔が写っていた。


 いつも、お洒落な朔らしい仕草に思わず微笑む。


「どうぞ」


 ロックを解除してやる。


 間も無く、ドアホンが鳴り、玄関ドアを開けてみると、何やら沢山荷物を持った朔が笑顔で佇んでいた。


「お疲れ様。 合鍵渡してるんだから、勝手に入って来れば良いのに」


「そう? でも、いきなりドアが開いたら怖くない? 来てもらいたくないタイミングも有るかも知れないし……」


「怖くないよ。勝手に入って来れるのは朔しか居ないんだから。それに、来てもらいたくないタイミングってどんな? 浮気とか? そんなのないよ 」


「そっか。 ありがとう。ところでどうしたの? スーツなんか着て」


amenoアメーノのパーティーでスーツ着るだろ? それで久々に、着れるかどうか試してみてた」


「あぁ。マスターから聞いた? その事なんだけど、ちょっとお願いがあるんだ」


「なに? 改まって」


「こんな事言うと、また旬に怒られそうなんだけど…… 怒らないで聞いてくれる?」


「内容による…… 」


 オレが怒るようなおかしな事を言うのかと思い、横目で睨んでおく。


「待って。言う前から怒らないでよ」


「だー、かー、らー、」


「言う!言う! その日着るスーツは僕にプレゼントさせて欲しいんだ!」


「あ、ホント? 就活用だったから、地味なのかな?って迷ってたんだ。マスターも、森國社長に見たたて貰えって言ってたし」


「良かったー。 実は、次の火曜日に、僕の行く仕立屋さんの予約してあるんだ。早速一緒に行ってみよう!」


「は? 仕立屋さん? 」


「えっ? 」


「スーツ屋さんではなく? 」


「はぁ。 ダメだよ。吊るしなんて…… 特に旬は、筋肉質なんだから、身体に合わせて作らないとカッコ悪い。就職祝いも兼ねて、3着くらいプレゼントしようと思ってたんだ」


「あのさ、朔のよく行くお店なんだよね? 因みにそのスーツ、おいくらくらい? 」


「コレ? ビジネス用だから30万くらい」


「はぁ?? マジで言ってんの? そんなの貰える訳ないじゃん‼︎ 」


 きっとスーツだけじゃなく、合わせてネクタイやらベルトやらも選ぶんだろ? 一体いくらになるんだよ!


「ちょ、ちょっと待って! 怒らないって言ったよね?」


「いいや。怒らないとは言ってない。内容によるって言ったんだ」


 朔は、慌てた様子で考えている。


「分かった。こうしよう。 僕のスーツはフルオーダーなんだ。イージーオーダーなら高めに見積もっても10万はしない。コレ、1着分で3着作れる。それならどう?」


「んー。感覚がおかしくなってる気がする。それなら良いかなって思ってる自分は、正しいんだろうか…… 」


「でもね、これから毎日スーツだよ。身体に合ったものは、見た目だけじゃなく、着心地が良いから疲れない。それに、4月からは外回りもあるだろ? キチンとした服装は信頼も得られるんだ」


 確かにそうかもと思う。


 取引先には、有名企業も入っていた。


「そっか。そうなんだ……。すいません。宜しくお願いします」


「よし。 そうこなくっちゃ」


 足元に置いてある大きな紙袋が目に留まる。


 小箱が沢山入っているようだった。


「ところで、今日は随分な荷物だね?」


「そうそう、コレ使って貰おうと思って」


「何? 」


「ウチのメンズエステで使ってる化粧品。今度、僕が使っているホテルのアメニティに、ウチで開発した商品を置いて貰える事になったんだ」


「へぇー。スゴイ! レポートでも書く? 」


「そこまで考えて無かったんだけど、そうしてくれるとスゴく助かる」


「うん。分かった。協力するよ」


「ありがとう」


「ところで、ゴハン食べた? 店で余った、じゃがいものキッシュとシュリンプサラダ貰って来たんだ。すぐに食べられるよ」


「あ、嬉しい。 今日は大阪から戻って真っ直ぐ来たから、お腹ペコペコなんだ」


「やっぱり。店に寄れないって言ってたから、そうかな?と思って貰って来たんだ」


「そうやっていつも、僕の事考えてくれるとこ、いつも感謝してる。ありがとう」


「当たり前だろ? 恋人なんだから」


「しゅーんー」


 抱きついて来ようとした朔を、ひらりと躱してキッチンへ行く。


 キッシュを温めながら、サラダを盛り付ける。


 店で賄いを食べたけど、サラダは沢山あるからオレも一緒に食べよう。


 朔は、一瞬しょんぼりしつつも、冷蔵庫から冷えたグラスとビールを出して、テーブルへ運んでくれた。


「「いただきます 」」


 いつものように、2人で手を合わせて食べ始める。


「旬は、明日の日曜日はバイトだよね? 」


「うん。でも、新しいバイト君も慣れて来たから、夜営業だけで良いって」


「そうなの!? 」


「え? 何? どうした? 」


「うん。 実はさ、今日、大阪にもう1泊の予定だったんだけど早く仕上げて帰って来たんだ。だから、明日は午後まで時間がある」


「と、言う事は? 」


「分かるでしょ? 」


「ん? 分からない」


「旬。意地悪になったね」


「いつものお返しだよ」


「あ、そう言う事言っちゃうんだ」


「うそ。…… 泊まって行く? ベット狭いけど」


「うん」


 チュッとほっぺにキスをされる。


 久々の触れ合いを想像し、耳まで真っ赤になってしまったのを隠すように、先にシャワーを浴びて来ると言い残し、急いでバスルームへ向かった。


 店で顔を合わせたり、外で待ち合わせて食事をしたりしていたものの、お互い忙しくしていたせいで、行為は10日近くしていなかった。



 なんか照れるな…… 。


 セミダブルのベッドは長身の2人が横になると少し狭いが、お互いが近くてこれも良いかなと思ってしまう。


 この部屋から出て一緒に暮らすようになったら、大きなベッドになるだろうから。


 クローゼットから、朔のパジャマを用意していると、シャワーから出てきた朔に「要らない」と言われて、押し倒された。


 身体にかかる重さも、久しぶりで愛おしい。


 首に腕を絡め、瞳の奥を見つめる。


 欲情を隠しきれずに、揺れる瞳に絡め取られ、堪らず引き寄せて唇を合わせた。


 甘い痺れが背筋を走り、腹の奥に小さな火が灯る。


 女のように子宮がある訳でも無いのに、身体がじんわりと熱くなり、中心に熱が集まる。


 あぁ、この肌が恋しかった。


 ついつい、絡めた腕に力が入る。


「今日は、随分積極的だね」


 胸の尖りを攻め立てなから、囁く声さえ甘い。


「……んっ。 …… はぁ。 こんなに、しないの暫く振りで、…… ずっと触れたいと思ってた」


「僕も。旬が足りなくて、死にそうだった」


「ぁん…… 本当? …… 大阪でも、あっ…… モテたんじゃない? 」


「ん? モテなくは無いけど、僕が欲しいのは、旬だけだから…… 」


「ひとりで、…… シた? 」


 緩く立ち上がった朔のモノを握り聞いてみる。


「うん。 旬の事を思い浮かべながら、何回かシたよ。 旬は? 」


「シてない」


「ホントに? 」


「うん。 なんかそれも寂しくて」


「そっか。 ゴメン。 時間作れなくて」


「いや。しょうがないよ。きっと、これからもこんな事はあるだろうから。いつまでも、甘えてちゃダメだと思ったんだ」


「そう? 僕は、もっと甘えて欲しいけど」


 朔のモノを握っていた手を優しくほどかれ、身体をずらした朔は、オレのモノを口に含んだ。


「あっ、あぁっ」


 思わず声が漏れる。


 久しぶりの快感に、一気に滾る。


「ダメっ。 すぐ出ちゃう」


 朔の頭に手をやり、止めようとしたが、その手がゆっくり払われる。


「いいよ。気持ち良くなって」


 口淫を施しながら、後ろの蕾を揉み解され、快感に緩んだ身体は簡単に、指の侵入を許してしまう。


 中にある、快感のスイッチを押され、ビクンと全身を微電流が貫いた。


 同時に溜まった熱も吐き出してしまう。


 全て綺麗に飲み込んだ朔は、弛緩したオレを抱きしめ、耳元で囁く。


「挿入っていい?」


「きて」


 いつもは、穏やかに行われる行為も、今日ばかりは性急に感じられた。


 朔も、これに飢えていたと言うのは間違いないだろう。


 久々の生の繋がりは、敏感になった身体を更に感じさせ、一気に硬さを取り戻させた。


「あぁ…… いい。旬。好きだ」


 嵌め込まれたものがドクンとまた嵩を増した。


「オレも。 スゴく好き。このまま、ずっと、離れたくない」


「旬。君と結婚したい」


「朔。オレもだよ。ずーっと一緒に居たい」


 お互いを求め合い、深く口付けを交わす。


 絡まる舌が水音を立て、欲情をかきたてる。


 チュッとリップ音を響かせ離れた唇は、まだ、水の糸で繋がっていた。


「動くよ」


 律動が始まり、深い場所を抉られる。


「あっ。 ……ダメ。 …… そこっ 」


「いい、じゃなくて? 」


「ダメっ…… また、 イクっ 」


「良いよ。 逢えなかった分、沢山シよ」


「はぁっ…… あぁぁ…… 」


 再びの放出。


 しかし、まだ、熱は治らない。


 首に、鎖骨に、キスが降って来る。


 所々強く吸われ、チクッと痛みが刺す。


 多分、明日は花畑になっている事だろう。


「僕も、もう来る」


 打ち付けが激しくなり、ベットが軋む。


 あっ、と切ない声と共に、朔も果てた。


 内壁に熱い飛沫がぶつかる。


 2人は、乱れた息が整わないまま、強く抱きしめ合った。


 いつもなら、一度抜け落ちるものが、今日は硬度を失わない。


「旬。ごめん。このまま良い? 」


 返事も聞かないまま、新しい旋律を奏でる。


 濡れた中は、先程より滑りが良く、クチュクチュと音を立てて、快感を促している。


 もう、身も心もトロけてしまう。


 逞しい背中に足を絡めて、返事の代わりにした。


 もっと、来て。


 気づいた朔は、ふっと優しく笑って、旬の髪を撫でた。





 結局、朝まで抱き合って、起きた時には既にお昼だった。


 慌しく朔は出て行き、いつもの朝エッチは出来ず仕舞いで終わってしまった。


 少し、もの寂しい。


 旬は、微かに残る朔の香りに包まれて、もう暫く微睡んだのだった。


 火曜日の午後、朔の行きつけの仕立て屋へ来ていた。


 首の周りやら、腕やら、あちこち採寸され、沢山の生地を胸に当てて、鏡の前に立たされている。


 店の人と、朔との間で、専門用語が飛交い、オレにはちんぷんかんぷんで、為すがままだ。


「生地は、こっちとこっち。身体が筋肉質だからね、全てナチュラルショルダーでいい。あと、この生地のスーツは、ラペルは細めで、コージは少し下げて欲しいんだ。それから、ラペルホールだけど、ブルーの糸で仕上げて。あ、あと、チェンジポケットを付けて欲しい。パンツは、太腿の筋肉が張ってるから、ワンプリーツ入れて、モーニングカットで。他の3着はダブルで4センチかな」


「? 朔? 気のせいかもだけど、4着になってない? 」


「うん? ビジネス用が3着に、フォーマル用が1着になっちゃった。だって、パーティーにビジネス用だとおかしいだろ? それに、こらから友達の結婚式にも呼ばれるようになるよ」


「うーん」


「そんな、難しい顔しない! 悪いようにはしないから、ここは僕に任せて」


 ニッコリと微笑まれると、何も言えなくなってしまう。


 ワイシャツもオーダーするらしい事に驚いたが、ここは朔の贔屓の店だ。


 大人しくしておいた方が良いだろう。


 それから、ネクタイやベルトを選んだ後、仮縫いなどのフィッテングの日程を決めて、その店を後にした。



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