YプロリレーNo,10

佐倉奈津(蜜柑桜)

2000光年のアフィシオン 第10話

第一話:https://kakuyomu.jp/works/1177354054890555572

第二話:https://kakuyomu.jp/works/1177354054890620812

第三話:https://kakuyomu.jp/works/1177354054890623821

第四話:https://kakuyomu.jp/works/1177354054890651852

第五話:https://kakuyomu.jp/works/1177354054890658871

第六話:https://kakuyomu.jp/works/1177354054890674081

第七話:https://kakuyomu.jp/works/1177354054890732551

第八話:https://kakuyomu.jp/works/1177354054890737795

第九話:https://kakuyomu.jp/works/1177354054890786260




 部屋の中に再び沈黙が訪れた。笑みの形を作るツルゲネフだが、相変わらずその思考は読めない。これ以上は自ら答えを出せ、という無言の指示に、俺は深く息を吸いながら目を閉じ、長く吐いた。

 息を吐ききったところで改めて瞳を開けると、ふと、老人の頭で反射した光が壁を照らすところ、壁の肖像画の下に目がいく。


 壁の中で、その部分だけが異質だった——木枠だ——この時代にはとんと見なくなった木製の額。その中に色褪せた図像が二枚。遥か昔に廃れた「紙」という媒体に転写された「写真」という代物だ。

 吸い寄せられるように俺は写真それに近付いた。


 二枚が映し出すのはそれぞれ微妙に形の違う機体。一つは銀の胴部に長く伸びた両翼を持ち、濃紺の操縦部。もう一つはよりコンパクトな機体に黒の操縦部。

「これは……アフィシオン……?」

 いや、モデルは似ているが、違う。

「ああ、初めて見るのかな」

 俺の行動を全て目で追っているように、ツルゲネフがこちらを向いた。

「それはアフィシオンの先祖とでも言おうか。一つは飛ぶことを知ったヒトが空高くを目指した頃のもの。もう一つは、まだ宇宙に憧れていた時代のものだ。ああでも」

 ツルゲネフは膝元に寄ってきたミゼラリの頭を撫でてやりながら、言葉を継いだ。

「どちらも57系、つまり、君の乗るアフィシオンと同じ、選ばれたアフィシオンだね」

「それは、どういう……」

膝元のミゼラリは少し嬉しそうに、ふるふると頭を揺らす。老人は皺だらけの大きな手でその髪をくしゃりと遊ばせた。

「君の乗るアフィシオンの、数字の特殊さが分かるかい」

「57か」

 それが特別か、と問う俺に、とツルゲネフは面白そうに話し出した。

「57の両の位はそれぞれ奇数の素数であり、合成数57の因数は19と3。これらの数字を全て分解して並べると1から9までの全ての奇数がただ1つのみ得られる。そして5と7の関係は?」

 すると、壁に寄りかかっていたぬいぐるみが、何か思いついたように身を起こした。

「双子素数だ」

 老人は首肯する。

「そう、双子素数から得られる数字は唯一偶数の素数である2。三桁以上の双子素数でこれほどまで美しく奇数の揃う数字はあるかな。古代の賢人が悟ったように、数というのはこの世界の多くの現象を説明可能だ——神秘的とすら言える。君の乗るアフィシオン57号機はその『数』を見事に整った形でその内に含んでいる。それがゆえに全ての可能性をいる。いや、、と言ったほうがいいだろうか」

「それは、乗っている者まで操作コントロールできるような能力を機械アフィシオンが得た、ということか」

「どうだろうね。ただね、アルバトロス」

 ツルゲネフの頭が怪しく光る。深い顔の皺がさらに深くなり、年甲斐もなく悪戯を思いついたような笑いが刻まれた。

「万物というのは実際のところ、数字で説明しきれるとは限らない。どんなに数理的規則に当てはめようとしても、齟齬を免れない部分が出てくる」

 閏年のようにね、そう言ってから、ツルゲネフは自分の禿げた頭を指差した。

「ヒトにもあるだろう。どんなに外側から制御しようとしても、出来ないところが」


 だからアフィシオンが君を制御コントロールしきれるとはわからない。


「自分はどこで一番、自分じゆうになれるのかな、アルバトロス」



 バン!


「ミゼラリ!」


 ツルゲネフの話が終わるのとほぼ同時に、背後のドアが激しく開いた。振り向けば、部屋に駆け込んだ拍子にバランスを崩したのか、勢いで臙脂色の絨毯の上に女が膝をついて倒れた——ツインテリナだ。ぬいぐるみがその顔からは想像できない敏捷さでその目の前に両手を広げて立ちはだかる。

大統領直轄研究所ここでは……の管轄下では、何もしません。出来ませんわ」

 立ち上がったツインテリナは、なおも自分を睨みつけ(ているつもりであ)るダラックマ堕落熊と、部屋の奥のツルゲネフに礼をとった。

「ミゼラリを、有難うございます。彼女の迎えに上がりましたが……所長、彼に何か?」

「さて、少なくとも誰かにマイナスになることは、一つも言っていないのではないかな」

 そうだろう、と同意を求めるように老人は頭を上げる。具体的にプラスになることも言ってねぇ。

 でも確かに俺の思考は、ウザスを撃ち殺す獰猛な望みに支配されていた時よりは落ち着いていた。そして、知りたいことも増えていた。


「ツインテリナ、一つ聞く」


 俺に向き直ったツインテリナの表情に拒否の意が無いのを確認し、問いを重ねた。


「俺のアフィシオンに乗り、過剰融合した二人はまだ中央研究所の地下で眠っている——人工神経網を通して過剰融合した後のオカッパリフィアとユーリヒ大尉の最大の損傷部は」


 ミッツアミヌの無駄にでかい眼が悲痛そうに歪むのを見て、一瞬、ツインテリナの眼光が迷いに揺れた。しかし刹那のことで、奴を睨み据える俺の目を真っ向から捉えたまま、低く答えた。


「脳のHIP海馬ですわ」



 ヴィーッ! ヴィーッ!


 ミゼラリが頭を振ってツルゲネフの膝に飛びついた。室内に不快に鳴り響く不協和な警報音アラーム、敵軍の急接近を意味する三全音悪魔の音程だ。俺の身体は反射的に扉の方へ向かっていた。幾何学図形を組み合わせた無機質な廊の床がところどころ赤く明滅し、座標を描く。中央に大統領直轄研究所、そしてそこへ近づきながら青く点滅するのが敵機か、見る間にこちらへ迫っている。

「フラン、次元転移装置は使えるか」

「正気なの」

 長い付き合いなら言わなくても分かるだろ。鈍色の床にうっすら現れ始めた柱頭形の光源に、俺は身体の軸を合わせた。

 光源の向こうで、ミッツアミヌが支部連絡用のモニターを起動させている。

「アルバ少尉、大統領官邸からすぐに援軍を出します! 官邸まで近付けたら、我が軍には致命的です、どうか出来るだけ遠くへ引き離して!」

「アルバ少尉、我々にはSCAショートカットアンカの鹵獲が不可欠なのです。あれだけは確実に」


 怯えた顔のミゼラリを抱きながらも、まだほざくツインテリナに、そんなこと知ったことでは、と俺は言いかけた。だが、喉元まで来たところで、先に聞いたハゲの言葉が耳に聞こえた……気がした。


了解スタック・オン

 光源が作動を始め、俺の足元から胴部、頭へと高さを増していく。

 あと一秒で頭まで包み込む、そう思った時、足元に柔らかい物が飛び込んだ。


 ***


「なんでついてきたんだ」

 搭乗口の手前で俺は自分の足を掴んでいるぬいぐるみを見下ろした。離そうと足を動かすと、摩擦のない金属製の床の上でぬいぐるみはよく滑り、俺の足の動きと一緒にスライドするだけで一向に離れない。

「過剰融合の危険を減らすには乗せていけ」

「お前が入っているとわかってて乗せられるかバカ」

「アルバ、さっき破壊した人口神経回路が脳地図とシンクロしているとの説明は移植時に受けただろう。ナンバー13の障害は……空中で何が起こるか分からなくなったのよ」

 口調にブレが出ている。フランの感情が理性と葛藤を起こした証拠だ。意識のコントロールがききづらくなり、自意識が分裂し、自己の内部で交錯するらしい。


 今となっては太古に作られた脳地図ナンバー13島皮質。行動の知覚に関わる部分だ。

 でも、それが何だ。

「飛ぶのをやめたら俺じゃなくなる、そうだろ」

 もともと感情とか行動とか、脳がどうのと説明されたところで、俺自身が俺の知らないところで動いているもんだ。死ぬ危険を頭で知りながら、俺が空に行きたいと思うように。


 屈んで飛行服から茶色の熊の顔面を両手で引き剥がすと、俺は愛機の操縦席に身を収めた。起動、HUD表示オン、耳に慣れた発進準備音が痛快だ。モニターに飛行空間の座標が示される。敵機接近を右方37度に探知。『Unknown』の表示。SG400か。機数25、上等だ。


 格納庫の上部が開く。前方、右手にあるのは厚い層を成す雷雲か。上等だ。


大統領官邸ここがやられるのを防ぐのが、今現状での最大公約数だろ。取り敢えず、ソレ預けるから戻るまで」

 無事で。


 移動途中、ぬいぐるみでは不可能だからとフランから保管を任されたシガレッタ12臓物クラッシャーをぬいぐるみがキャッチするのを見届け、いつも通り機体を空へ発進させた。


 ***


 操縦席から確認できるだけでも雲の層が厚過ぎる。高電圧が生じ、左右に火花が散った。視界が効かないままで座標を頼りに敵機を狙う。上方に二機、左60度下に一機。その間へ斜めに入り込みながら左右へ射撃し、上空へ抜ける。


 早いところ雲を抜けて上空へ出るか、それとも……。



 自機の速度と地上との距離を計算している間に、SG400がA57の背後に回り込んだ。3機か。


 後方へ多弾頭ミサイル発射。climbing speed 加速。


『Ma. 6.78』


 そう表示が明滅したとき、前方の雲の間に赤紫の光線が走った。電子と空気中分子の摩擦。この速度で避けられるか——?


 その時、俺の身体から一瞬のうちに一切の感覚が途切れた。視覚と聴覚から信号が奪われる直前、A57との融合度を示すHUDの表示が激しく赤に点滅したのだけが、視界に飛び込んだ。



「Disconnected」



 第十一話へ続く!!

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