あねもね

水縹 こはる

あねもね

 

─ぼくは、このこーさてんがスキだ。


 いっぱいひとがいて、みんなどこかにおでかけしてる。たのしそうなひともいるし、そうじゃなさそうなひともいる。そんなひとたちをここからみてるのが、なんだかよくわかんないけどスキだった。


 ──みんなどんなきもちなんだろう


 そうやってかんがえてると、ぼくじゃないひとになれるみたいでたのしかった。もちろん、たのしそうなひとをみてるほうがたのしいけど、でもそれだけじゃおもしろくないようなきもする。もしかしたらぼくはわるいこなのかもしれない。


 だから、きょうもずーっとみてる。あっちからこっち、こっちからあっち、あっちからあっちのほう、いろんなむきにすすんでく、みんなをみてるのがスキだった。みんなはへんっていうかもしれないけど、おかあさんがみてるどらまより、ぜったいこっちのほうがおもしろいとおもう。だけど、ぼくがみんなとちがうのとおなじで、みんなもぼくとはちがうから、きっとすきなこともちがうんだとおもう。よくわかんないけど。それに、ぼくはへんだよっていわれるのすきじゃないから、だいすきなおかあさんにはいわないようにしてる。かなしくなっちゃうから。


「あ!」


 あぶないあぶない、こうやってかんがえてるとだめなんだった。まえにこうやってかんがえてたらすごくいやなきもちになったから、もうしないようにしたんだった。やなきもちをわすれたかったから、またこーさてんをみることにした。


 そしたら、ぼくのひだりのむこうから、つかれてそうなおじさんが、しましまをわたって、こっちにきてた。まっくろのすーつをきて、くろいかばんをもってあるいてこっちにきてる。このおじさんみたいなふくをきてるひとはいっぱいいるけど、おじさんはなんだかきになった。おじさんはずっとしたをみて、なにかいってるみたいだった。おじさんがだんだんこっちにくると、おじさんのこえもきこえてきた。


「嫌だ、いきたくない。もう嫌だ、疲れた。死にたい。」


 きいてるとすこしいやなきもちになったけど、おじさんもきっとたいへんだから、おうえんしてあげた。


「たのしいこといっぱいあるから大丈夫だよ!おじさんがんばれー!」


 まわりがすごくうるさいから、きこえてないみたい。だけど、おじさんがげんきでたらいいなとおもって、もういっかいしずかにかみさまにおねがいをしておいた。

 こんどは、みぎのむこうのしましまから、おでんわしてるおねーさんがこっちにきてた。すごいげんきなこえで、きっとおともだちとおはなししてるんだ。たのしそうに、わらっておはなししてるおねーさんをみてると、ぼくもウレシくなった。でもそうやっておはなししてると、あおいしんごうがひかりをぴかぴかさせて、あぶないよのあいずをはじめた。おねーさんはまだしましまのまんなかのとこにいたから、


「危ないよ!」


 って言って教えてあげた。おねーさんはきづいてくれたのか、ててっときをつけのあかおにさんから、逃げてきた。


「危なかったね!」


 ってこえをかけたら、むしされちゃった。おでんわちゅうにはなしかけちゃった、ぼくがよくなかったかも、ちょっとはんせい。


 赤おにまーくがひかってるあいだはすこしこわい。ぼくのすぐそこをちっちゃかったりおおきかったりするくるまがびゅんびゅんとおってくから。とくに、むこうからくるくるまがにがてで、こわいからくるまのほうはみないでみんなのほうをみてる。みんなもやっぱりこわいみたい。ぼくとおなじくらいのこも、おじさんやおばあちゃんも、みんなくるまがこわくてとまってる。みんなぼくとおなじなのがなんだかここちよかった。


 はやくあおにならないかなって、まってると、まってるひとのむこうがわに、たくやくんがおもしろくなさそうに、しんごうをまってるのがみえた。かたにかけたかばんからのーとがみえるから、たぶんがっこうとかにいくんだとおもう。ぼくはべんきょうはそんなにすきじゃないから、たくやくんはエライなっておもう。

 たくやくんは、ぼくのどうきゅうせいで、くらすで一ばんあしのはやかったおとこのこ。おんなのこはだいたいたくやくんのことがすきだったとおもう。とにかくかっこよくてあしがはやくて、げんきなこだった。

 たくやくんのおうちは、このこーさてんのちかくで、このこーさてんはおおきくなってもたくやくんのつうがくろのままだった。

 たくやくんは、まいにちまいにちここをとおった。ちいさいころからずっと。たまにいない日は、多分土よう日とか日よう日とかの日なんだとおもう。そういう日は、しりあいがいなくてひまだけど、きてくれる日はうれしかった。たくやくんが小さかったころは、僕はまい日あいさつをして、てをふってた。へんじをしてくれることは一度もなかったけど、ぼくがたっているところには、お花がいっぱいだったからか、ちらっとだけこっちを見てくれたりした。おかあさんがあいさつをおおきいこえでするのはえらいけど、それがはずかしくてできない子もいるって言ってたから、しょうがないとおもってたし、みてくれるだけでうれしかった。おっきい人たちはぼくを見ることもしてくれない。あんなのにはなりたくないから、まい日まい日、


 ──大きくなりませんように。大きくなりませんように。


 っておねがいしてた。ぼくはいまのところおねがいがきいてるみたい。神さまにはまい日アリガトウっていってる。

 でもたくやくんは大きくなっていって、 そしたらみんなみたいにぼくのことがみえなくなったみたい。いっぱいあったお花も、さいきんは二つくらいだからみてくれないのかも。きっと大きくなったからぼくが小さくて見えないんじゃないかな。だから、ショウガナイんだと思う。

 それに、たくやくんはまい日朝はやく起きて、学校に行ってるし、すごくエライ。たくやくんがげんきだとぼくもすごくウレシかった。いつもガンバレっておもってた。


 大きくなったから、僕に気づかなくなるのは、シカタナイのかもしれないけどやっぱりすこしズキッとむねがいたくなる。


 たくやくんだけじゃない。ぼくがみんなをまい日かんさつするたびに、みんなの中からぼくがいなくなっていった。近所のおばちゃんも、やさしいおじいちゃんも、おなじクラスの子も、ぱぱも。みんなぼくからはなれていった。僕を中にのこしてるのは、もうままくらいになった。ままは、まいにちないて、ぼくがきらいでなくなれと思って絵にかいたお花を、なにをかんちがいしてか、まいにちぼくの足元においていった。置いたらふらふらと、おうちのほうに帰る。おかあさんのようにするのが正しいのか、みんなが正しいのかは分からない。

 ただ、みんなが近づいては僕を無視して離れていく度に、僕が世界からいなくなっていくような気がした。もう足は僕にも見えなくて、悲しそうに帰ってく、かあさんを走って追いかけることも、向こうの道に渡ることも出来ず、悔しさや惨めさが、心を蝕んだ時に踏む地団駄も、僕の頭の中でしかならなくなった。


「こわい。交差点がスキ。さみしい。おじさんガンバレ。そっちにいきたい。おねーさんゴメンナサイ。なんでこいつはよくてぼくがだめなの。たくや君はエライ。生きてるならいいじゃん。おじいちゃんだったからシカタナイ。くるまこわい。なんでこっちに来るの?おおきくナリタクナイ。みんなと同じように大きくなってめんどくさいことしたかった。生きたくなくなるまで生きたかった。命がどうでも良くなるほど打ち込めるものみつけたかった。ほんとに好きな花を教えたかった。もう一回抱きしめて欲しかった。変わっていく街と一緒に僕も変わっていきたかった。この道の向こうに何があるか見たかった。もっと、もう少しだけ、ほんの少しでいいから、あと一回だけ、一秒だっていいから…。」


 体内からぼくが溢れた。僕は、はち切れそうなぼくを抱きしめて、また、誰でもいいから誰かになろうと交差点を見た。いっそぼくが、僕の中からも居なくなるように。

 ──おしえて、皆はどんな気持ち?


 僕は交差点がスキだ。

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