忘谷拾遺

鍋島小骨

ワスレダニ シユウイ

 人の住まない山を越え、幾つものトンネルを抜けてずうっと車で走っていくと、やがて海に出ます。

 道の右手は山で、こちらに家が少し建っています。それも道路脇からすぐ斜面になる狭いところに、無理やりのように小さな家をこしらえたり、ひどく急な階段をつけて斜面の途中にはめ込むように家を作ったり。

 左手はすぐ切れ落ちて波が打ち付ける海岸で、道路に波がかぶることさえある。

 そうした形が少し続いて、やがて右手の斜面が沢に削られて少し奥に引っ込んだ狭いスペースに、ほんの小さな集落。左手の海岸にやはり小さな漁港。

 海と山のごく小さな隙間に何とか民家がへばりつき、何とか道路を通した、といったような、わすれだにはそんな場所でした。実際、割と最近まであそこには道路自体が通っていませんで、舟でしか行けない陸の孤島だったそうですよ。

 私の父はそこの出身だったんです。毎年、お盆の墓参りの時は祖父母の家に泊まりに行きました。冬は逆に、家を閉めて祖父母が私の家に来ました。もうとても、年寄り二人で冬を越せるような場所ではなくて。特に、祖父が長距離運転できなくなってからはね。何かあると車しか頼れませんし、それだってあの海沿いの外灯もない道を、夜なんか危なくて運転できたもんじゃない。当時祖父はもう、目の方もあんまりよくなかったですからね。

 だから父は、冬の始めになると車で二人を迎えに行くんですが、その年は私も一緒に乗っていって。

 私が小四でしたから、あれは、昭和六十年のことでした。



 * * *



 わすれだに一六五四八。それがじいちゃんとばあちゃんの家の住所だけど、一番近くのヨシくんの家は忘谷七一〇三で、どういう風に数字が振られたのかは全然分からない。

「ゴウんち、先週出てった。雪積もったら引っ越しも容易よいでないからって、降る前にって」

「そっか。どこに? 浜益はまます?」

「いやあ、もっと遠くさ。銭函ぜにばこってとこ。たるのほうだって」

「ああ、そんなら札幌さっぽろにも割と近い」

 冬はやっぱり厳しくて、汽車がよく止まる辺りだけど。そう思ったが言わなかった。わすれだには鉄道から遠い。道路の通じていないもっと北のもいだのましまで何とか行くか、あるいは山を越え、内陸の滝川たきかわの方に抜けるか。でなければそれこそゴウちゃんが引っ越した銭函や小樽の方まで南下しないと、汽車のある土地にはならないんじゃないだろうか。ともかく汽車の話なんかするとヨシくんは、俺たちんとこは駅ないから、と結構ねるのだ。

 ヨシくんは寂しそうだった。子供の少ない忘谷では、ヨシくんはいつもゴウちゃんと一緒だった。休みに遊びに来ると、二人が仲間に入れてくれて、海にも山にも沢にも行った。でも剛ちゃんのお父さんはついに漁師を辞め、仕事を探して忘谷を出たらしい。昔のようには魚が獲れず買取価格も下がってきていたこの頃、そういう話はちらほらあった。

カズはいつ帰るの」

「明日の朝」

「そんなにすぐかい」

「じいちゃんたち迎えに来ただけだもん。明日は雨降って荒れるっちゅうしさ」

「全然遊べないな。今は? もう帰んないとだめ?」

 到着するなりお父さんは、じいちゃんとばあちゃんが片付けた家の戸締まりや冬支度を見回る手伝いをしていて、子供がちょろちょろしていても邪魔くさいから遊んでろと言われた僕は喜んでヨシくんの家の方に来たと言うわけだった。

「晩飯までたっぷり掛かるわ、ってお父さん言ってたから、まだ大丈夫」

 そう答えるとヨシくんは、冬になってもまだ日焼けした顔でニカッと笑った。

「じゃあさ、ゴウんち行こうや」

「ゴウちゃんち? 引っ越したんでしょ」

「入れる」

 当然のようにそう言われると、返す言葉がない。


 わすれだにの小さな集落の中でも端の方にゴウちゃんの家はあった。遊びに行ったこともある。多分少し床が傾いた小さな家で、ゴウちゃんとお父さん、お母さんやおばあちゃんも一緒に住んでいた。足が悪くてもう庭仕事ができないおばあちゃんの代わりに、お母さんは家の前の小さな庭に仏壇用の花を色々植えて咲かせていたし、ちょっとした野菜も育てていたが、その庭も冬のことできれいさっぱり何もない。

「もう入れないんでないの?」

 家の前でそう聞くとヨシくんは平然と、入れるよ、と答えた。

「塀もなんもないし、窓の鍵はこういうのだから開けれるしょ?」

 ヨシくんの手の動きは、半円状の金属を回して噛ませるクレセント錠を動かす時の仕草だ。掛かりの中途半端だった所があって、そういうのは外から窓枠ごと静かに揺すると取れることがあるんだ、というようなことをヨシくんは言った。

 狭い庭を回って家の道路側から山側に移動すると、顔の高さくらいにある窓を指差したヨシくんはこともなげにそれを開けた。斜面を蹴って窓枠に取り付き、身軽に身体を乗せる。上半身だけ家の中に突っ込んだその格好のまま、片方ずつ後ろ手にスニーカーを脱いだ。

「こうやってからさ、うまく靴脱いで。ちょっと待てよ、俺、中で靴受け取ってやるから」

「ねえ、いいの? 人んちだよ」

「引っ越したんだからいいんだよ。それに、俺たち前からカズに見せたいって言ってたんだ」

 何を?

 聞く隙もない。ヨシくんは一旦窓の向こうに全身消えてしまう。それからにゅっと顔が出てきて、早く、と言われた。

 釈然としないまま自分も、後ろの斜面を蹴って飛び上がり窓枠に手を掛けた。二重窓サッシの窓枠に腹を乗せて体重を支える。ちょっと痛い。頭が家の中に入り、足は家の外。後ろに手を伸ばして感覚だけで靴を脱ぐ。

 ヨシくんに冬スニーカースノトレを渡しながら、何だか変な匂いがする、と思った。甘いような、お酒のような。

 入ってみると、もちろん見覚えがあるゴウちゃんの家の中だった。家財道具が大半なくなり、古い棚やら捨てるつもりで置いていったのだろう新聞の束、食器などがまばらに散乱している。

 ヨシくんはそこから動こうとはしなかった。今入ってきた窓の側で、ほとんど空になった古い本棚を引きずって動かそうとしている。

「カズ、手伝って」

「どうすんのさ」

「引っ張って」

 いや、何故これを動かすのか知りたいんだけど。ヨシくんは理由は言わず本棚をずらしていく。仕方がないので手伝う。

 徐々に棚の後ろの壁が見えてきた。

 壁、ではなく、板戸があった。

 板戸がすべて見えるくらいまで本棚をずらすと、ヨシくんはちょっと大げさにため息をついて、よおし、と言った。

、ずっとゴウんちにあったんだ。だからこんな端っこに家建てたんだって。ゴウのばあちゃんの、そのまたばあちゃんくらいの頃に」

「これって?」

だよ」



 * * *



 昔はよく人が死んだ、と祖父も祖母も、話していたものです。

 小さな集落で、他の大きな町に行こうにも当時は陸路もまともになく、冬は舟で渡るにも難儀する。事故、難産、病気、どんなことでも人は死んだ。雪の一片ひとひらが掌の上に溶けるよりもたやすく、人は死ぬ。親族も、きょうだいも、友達も、誰も死なないということはない。必ず死ぬ。逃げようにも、逃げられない。わすれだにはそうした、まるで天然の檻のような厳しいところだと。

 容易なことでは抜け出せない。皆、この檻の中に生まれ、生きて、死んでいく。

 忘谷では人が死んだことを『箱に入った』と言うことがありました。恐らくひつぎのことなんでしょうね。

 今でも祖母の言葉を覚えています。


――箱に入った人たちがたのことを、あんまり思い出すもんでないんだ。

――忘れたようにしとくのさ。そうでないば、つらいからさ。


 親しかった死者を、人間はそう簡単に忘れたりできないものでしょう。だから、忘れたしておく、つまり、忘れはしないが振る舞いには出さない、ということだったのでしょう。

 忘れはしないのです。

 死ぬ前に祖父が、朦朧もうろうとした意識の中で言った言葉が忘れられません。


――マサノ。マサノよう。ごめんなあ。兄ちゃんを、ゆるしてくれよう。



 * * *



 ずっと薄く甘い匂いがしている。お酒のような、熟し過ぎた果物のような。

「ヨシくん、これ、何だ……」

 呆然とするしかなかった。

 ゴウちゃんちのの戸を開けた、戸だから次の部屋があるのかと思っていた。それなのに。

 そこには、海があった。

 海辺だ。

 白く砕ける波が打ち寄せる岩浜。黒い海。黒い岩場。紫の空。墨のような雲。

 ヨシくんに渡された靴を履いて、本棚の裏の戸を一歩くぐるとそこはもう完全な外で、振り返ると壁などはなく、ただ大きな長方形がぽかんと口を開いてゴウちゃんの家の中につながっている。背景はやはり岩浜、そして浜を囲む黒い崖。戸の脇の空間にどんどん手を伸ばしても、戸よりに手が進む。だまし絵ではない。

 なまぬるい風が吹いている。波音がする。潮の香りと、あの奇妙な甘い匂い。靴裏から伝わる砂の感触。間違いなく外だ。

 ゴウちゃんの家と繋がった戸口のを覗いてみる勇気はなかった。

「空間が歪んでるのさ」

 当然のことのようにヨシくんは言い、怖がる風もなく砂浜の上を歩いていく。濡れた岩場に乗り、上手にバランスを取りながら進んでは振り返り、早く来な、と気軽に呼ぶ。

 来な、ったって。

 それでも、置いて行かれるのも嫌で、恐々後を追った。

「ヨシくん、待って。戻ろう、ねえ!」

「だめだよカズ。俺たち友達でしょ」

「そうだけど」

「ゴウも俺も知ってるんだから、カズも知らないとさ」

 真っ黒な岩壁の崖に近付くと、洞窟のように中に進めそうになっている所があって、その入り口には古い縄のようなものが何本か張られていた。ずいぶん昔のものらしく、切れた一本が垂れ下がって風に揺れている。

 ヨシくんはその前で立ち止まって、ようやく振り返った。

 甘い匂いが強くなる。

 洞窟の入り口に、白いさかずき徳利とっくりのようなものが置いてある。

「大人はのこと知ってて、俺たち子供には黙ってんだ。昔からみんなでお祀りしてたって。カズ前に言ったことあるだろ、わすれだにはお祭りないんだねって。ここ神社がないんだよ。あるんだけど見せ掛けのやつでさ。は、ここ」

 洞窟の奥から風が吹いてくる。

 ざあん、ざあん、と頭の後ろで波が砕けて鳴っている。

 ここはどこだ。ここはいつだ。冬の昼間のはずだった。それが、これじゃまるで、夏の夕方。真っ黒な岩壁。紫の空。薄暗がりに目が慣れてきて、ヨシくんの向こうの洞窟がよく見えてくる。内壁に何か並んでいる。

 ヨシくんがそれを指差した。

「カズはいい時に来たよ。子供だし、干潮だから、少しの間ここに入れる。入って、見たら分かる」

「分かるって、何が」

「俺うまく言えないわ。忘谷が今まである理由とか、忘谷を出て行ける理由とか、そういうの」

「どういうこと」

 全然分からない。ヨシくんも何とも言えない顔をしてそれ以上答えない。そのまま縄をくぐって洞窟の中に入っていく。気は進まないが、仕方なしに後について洞窟に踏み込む。

 ひゅう、とまた風が吹いた。

 ヨシくんちの庭のトマトの匂いだな、と何故か思った。それから、ゴウちゃんちのお母さんが咲かせていたマリーゴールドの匂い。そしてうちのじいちゃんちの仏壇の匂い。

 何でだ。

 ここはどこだ?

 薄暗い洞窟の中で更に目が慣れてくる。

 その真っ黒な岩壁にずっと奥まで並べられているものを見て、思わず息を飲んだ。

 声が出ない。

 出せない。

 背骨が誰かに握り締められたように動けない。

 ヨシくんの方を、見られない。



 * * *



 脇坂わきさかごうちゃんと最後に会ったのは、その年、昭和六十年の夏にわすれだにに行った時です。例年通り、お盆の墓参りに行ったので。

 お花を持っていました。剛ちゃんのお母さんが毎年たくさん育てていたオレンジ色のマリーゴールド。よく見る花ですが、あれほど大きく立派に育てるのは剛ちゃんのお母さんくらいのものでした。町のホームセンターだってあんな見事な苗は売っていなかった。いまだにあの花を見ると思い出します。剛ちゃんのお母さんのマリーゴールドほど凄いのは、私はこれまで見たことがない。

 いい匂いのする花を持った剛ちゃんと、そこで少し話をして。

 剛ちゃんの方が立て込んでいたようで、その夏は一緒に遊びに行くことはなかった。

 まさか、それきり会わない結果になるとは思っていませんでした。今年は仕方がないな、また来年会って遊べたらいいな、と思っていました。

 だから、冬になって剛ちゃんが引っ越したと聞かされた時はショックでしたよ。

 お父さんは剛ちゃんだけ連れて、どこかから借りてきたトラックに家財道具を積んで、黙って出て行ったそうです。

 墓地で会った時、もう少しちゃんと話をしたら良かった。そうしたら、もっと早く気が付いたかも知れなかったのに。

 でも。

 もしかすると、と思うことがあります。

 剛ちゃんは、私に伝えようとしていたのではなかったか。

 だからあの時、何の関係があるのか分からないめぐみさんの話をしたのかも知れない。


 大村おおむらめぐみさんは剛ちゃんの家の近所に住んでいたお姉さんでした。

 何だか怖いお姉さんで、いつも大村のおじさんやおばさんと怒鳴り合い殴り合いの喧嘩をしていた。ぶん殴られた青あざのある顔を隠しもせずに路上で煙草を吸っていた姿、二の腕に入った仏様のような絵柄の刺青いれずみを、よく覚えています。

 私は祖母から、大村の娘とは関わり合いになるなと言われていました。でも、私たち小さい子供には、ごく優しいお姉さんでした。転んですりむいた膝に消毒薬を塗ってフーフーしてから、真っ赤なマニキュアをした指で絆創膏サビオを貼ってくれたりしましたね。ちょっとドキドキしたものでしたよ。

 その恵さんですが、ある年、急に亡くなったと聞かされました。急病だったと。昭和五十七年くらいでしょうか、私が小学校に上がった年だったと覚えていますから。

 私も言われた通りに信じていた。でも。

 剛ちゃんはこう言ったんです。


――俺たちがサビオつけてもらったの、一昨年だべ?

――それが、後から分かってさ。


 その時の私にはぴんと来ていなかったんです。

 どういう意味だろう、何で今、恵さんの話をするんだろうと思いながら私は剛ちゃんの家のお墓に線香を上げ手を合わせて、せっかく思い出したのだからとその帰り、恵さんの家のお墓にもお参りしようと思って探しました。

 よく考えたら一度も手を合わせに行ったことがなかったんです。優しくしてもらったのに。大村のおじさんおばさんはとっくにどこかへ引っ越してしまっていたから、お参りするならお墓に来るしかなかったのに。

 それで墓地を歩き回って気が付きました。もう誰もお参りしない墓が多いことに。いくつかは見覚えのある名前でした。私が幼い頃には忘谷に住んでいて、いつしか外に越していった人たち。そしてそれきり墓参りに戻ってこない人たち。

 多分私はその時、あの墓誌、戒名板と言うんですか? あれを全部読んでみるべきだったのだろうな、と今では思います。そうしたら子供の頭でも察するものがあったかも知れない。

 いや、たらればを言っても始まりませんね。何にしても夢のような話なのですから。

 恵さんのお墓ですか? ええ、見付かりましたよ。

 叩き割られていました。

 あとで父に聞くと言葉を濁していましたが、恵さんの交際相手の仕業だということでした。凄いことをするものです。

 でも後から分かった。お墓なんか割ったって、恵さんに対しては失礼にはならない。

 恵さんはそこにはいなかったのですから。

 割れていたので、墓誌は読みませんでした。



 * * *



 ものが見えにくい暗がりの中では、匂いが強く感じられる。

 甘い匂い。トマトの匂い。潮の匂い。マリーゴールドの匂い。お酒の匂い。仏壇の匂い。生ぬるい。波の音。薄暗い。洞窟の中、並んでいるのは。

 真っ黒な岩に掘られた縦長のくぼみに、まるでひつぎのようなその窪みに、どこまでもどこまでも並んでいるのは。

 黒塗りの箱だ。

 こうほどの大きさの箱が立て掛けられ、その前に洞窟の入り口と同じように縄が張ってある。

 箱には黒い紐が縦横に厳重に掛けられ、字が書かれた紙が貼ってある。


 昭和六十年 脇坂時江 三十四歳

 昭和五十九年 野口タツヨ 七十八歳

 昭和五十八年 久保田憲 十一歳


 これは。

 久保田のけんちゃんは一昨年波にさらわれて死んだのではなかったか。

 タツヨばあちゃんは去年の春に大往生したと聞いた。

 そして脇坂わきさかときというのは。

 

 死んだ?

 そうだ、春のお彼岸の時には病気していた。その後すぐに亡くなったのだとお盆に墓地で会った時、剛ちゃんが言っていた。だからあのマリーゴールドはお母さんが世話して咲いたものだった。それなのにあんなに立派だった。

 だから剛ちゃんのお父さんは、剛ちゃんだけ連れてここを出て行ったと――。

 花の香りがする。

 波の砕ける音がする。

 風の声がする。

 そして、

 そして黒塗りの箱の中から、

 声がする。


『カズくんかい? 剛とずっと仲良くしてくれて、ありがとうねえ』


 声を上げて叫びそうになったと思う。急に冷や汗が出てこめかみが痛くなる。今の声。今の声は。今の声は。箱の中からくぐもった、どこか芝居のような、剛ちゃんのお母さんの声。

 マリーゴールドの匂い。

 腰を抜かしそうになった時、今度は別の声がした。

「カズ、後ろ後ろ。後ろにもあるから」

「ヨシくん。聞いた? 今の、」

 少しほっとしながら振り向いて、すぐ側に鏡があるのかと思って身体がびくりと震えた。

 こちらにも岩壁をくりぬいて一つずつ黒塗りの箱を並べてある。


 昭和五十七年 大村恵 十八歳

 昭和五十八年 矢部利男 四十歳

 昭和六十年 佐藤克郎 十歳


――俺たちが絆創膏サビオつけてもらったの、昭和五十八年おととしだべ?

 

「ヨシくん! ねえ、恵さんサビオしてくれたの一昨年じゃない? 一昨年、昭和五十八年だよね。変だ」

「変じゃないよ、恵さんはいたもん」

「でも」


『あたし、いるよ。カズちゃん、またすりむいたのかい?』


 うわああ、と今度こそ叫んだ。恵さんの声だ。でも何だか間延びして気味が悪い。どこから? この黒い箱から?

 恵さんの、大村家の叩き割られた墓石が脳裏をよぎる。ヨシくんを探す。左右を見ても後ろを見てもヨシくんがいない。さっきまで側にいたのに。たった今まで喋っていたのに。

「カズ、こっち」

「ヨシくん、どこだよ!」

「ここだって。

 俺も今年。

 それは、つまり。

 気持ちが理解を拒否したがった。でも脳は理解した。

 黒い箱に目を戻す。一番入り口に近い窪みに置かれた箱に。


 昭和六十年 佐藤克郎 十歳


 今年。昭和六十年。

 とうよし。ヨシくんの名前。

 十歳。同じ小四。

 真夏に庭で育った、トマトの匂いがする。


『俺、ここに入ったよ、カズ』


 

 どどう、と大波の砕ける轟音が響いた。



 * * *



 カズ、今年はやめておくか、と父が、出発の直前まで聞いてきたのを覚えています。父は不器用な方でしたが、私のことになると結構心配性でしてね。

 ごうちゃんの家は引っ越し、よしくんもこの数日前に不慮の事故に遭ったことは祖父母からの電話で我が家にも知らされていました。わすれだにでは久保田けんちゃんが海で事故死した一昨年以来、私と年の近い友達は剛ちゃんと克くんだけでしたから、その二人ともがもういない忘谷に、それも一人は亡くなってしまったばかりの忘谷に連れて行っていいものか考えたのでしょう。

 私は、行く、と言いました。

 ヨシくんにお線香上げたいし、じいちゃんとばあちゃんの荷物持ちも俺やる、と。

 父は、そうか、と一言。黙って運転席に乗り込み、私も助手席に乗り込み。私は父に言われる前にシートベルトを締めて。

 通い慣れていた父の運転でも、片道たっぷり四時間近く掛かったでしょうか。人の住まない山を越え、幾つものトンネルを抜けてずうっと車で走っていくと、やがて海に出ます。

 道の右手は山。左手は海。路上には時に、波の花がふわふわと飛んでくる。そして、ほんの小さな集落。左手の海岸に小さな漁港。

 海と山のごく小さな隙間に何とか民家がへばりつき、何とか道路を通した、といったような、わすれだにはそんな場所でした。

 本当に、信じられないくらい小さくて。

 今でも思い出せば、よくあんな所に人が定住したものだと途方もない思いがします。

 あの小さな小さな、海と山のふとした境にたまったあぶくのような集落。

 わすれだに

 古く名付けられたアイヌの地名ではなく、和人の言葉でわすれだにと名付けられたにはそれだけの理由があったということです。

 そこを出るには忘れなければならず。

 そこに住むにも忘れなければならない。

 祖父母の家で父は、晩飯まで遊んでいろとは言いましたが、庭か家の山側の土手にしておけとも言ったのです。でも私は、庭に出たとたんそれを忘れた。

 祖父母の家に来た。

 自由時間になった。

 

 そうして私は庭から道へ出て、ヨシくんの家に向かい、その途中でその姿を見つけたのだったと思います。

 いつものヨシくんでした。

 こちらを見て、片手を上げて笑って、おうカズ来たのか、と言いました。

 ヨシくん、と私も答えて駆けて行きました。

 目を見てはいけなかった。返事をしてもいけなかった。

 けれども私は何も知らずに、近付いてしまったのです。



 * * *



 ひつぎの洞窟に踏み入ってしまった。ここは異常だ。こんな所に入るなんて、もしかしてとんでもない、許されないことをしているのじゃないか、という恐怖と不安が身体の中を駆け巡ってひどく落ち着かない気持ちになっていた。


――わすれだにが今まである理由とか、忘谷を出て行ける理由とか、そういうの。


 そう言ったヨシくんの声が、喋っている。

 黒い箱の中から。


『カズは友達だから教えるんだよ。ゴウも、おばさん死んで少ししてから、俺に教えてくれたんだ。大人たちの話聞いたって。

 のばあちゃんは、ゴウんちが忘谷を離れるなんて絶対許さなかった。でもやっと死んだから、父ちゃんがお役目を継がないでかみさまを捨てて出ていけるように、母ちゃんが自分でんだって』


 黒い洞窟、黒い箱、張り巡らされた縄、頭がぐらぐら揺れる。波の音。風の音。声だけが妙に静かだ。

 ゴウ泣いてたよ、とヨシくんの声は言った。


『うちは引っ越すけどヨシは忘谷に残るから、気を付けろって。でも俺、箱に入れられた』


「どうして、」


けんちゃんと同じさ。一人で海で遊んでて落ちた。死なないで見つかったけど手遅れって思った父ちゃんが、よしを箱に入れようって言った。俺聞いてたんだ』


「どういうこと」


 死なないで見つかったから?

 状況の異常さも忘れてヨシくんの声に聞き返そうとしたその時、洞窟の外から、カズッ、と鋭く響く怒鳴り声が聞こえた。

 じいちゃん。


カズ! 何で入った、出てこい!」


『カズ、聞くなよ。大人はこっちに来れないから』


 妙に冷たく落ち着いたヨシくんの声に、身体の奥がぞっとなった。


『あんなのニセモノだ。カズのじいちゃん、あんな怒る人じゃないべ?』


 それは、そうだけど。

 確かに一度も怒られたことはないけど。

 でもじいちゃんの声だ。ヨシくんの声がヨシくんの声で、恵さんやゴウちゃんのお母さんの声もそうなのと同じように、じいちゃんの声はじいちゃんの声だ。


カズッ、箱の声聞くな! こっち来い!」


『俺の真似してる。カズもっと奥に入れば外の声しなくなるよ』


 奥に? 奥って。


和隆カズタカ、じいちゃんが来いっつってるべ、出て来い、早く! !!!」


『うるさい! カズもここに住む!』


 わあん、と洞窟の中に子供の高い声がヒステリックに反響して、耳の奥が痛くなる。

 でも、洞窟の外のじいちゃんも普段からは考えられないような大声で、負けていない。


「黙れ、よし! お前がなんぼ淋しくても悔しくても、カズはここには入れねぇんだ。

 うちはもう俺の代でしてあるぞ。二十何年も前、俺の妹のマサノを。うちの俺より若いもんは、わすれだににはもう根がない。忘谷を出るのに許可はいらねえ! かみさまにこれ以上、納める必要はない!」


 一瞬、ヨシくんの声が反応しない。

 その時、洞窟の入り口から古縄をくぐって、大人くらいの人影が入ってきた。

 ううう、とうなりながら、何かぼたぼたと液体をしたたらせながら、きしむような動きで近付いてくる。

 今度こそ腰を抜かすかと思った。

 じいちゃんだ。

 じいちゃんが、見たこともないような恐ろしい形相でこっちに近寄って来る。洞窟の入り口を背にして逆光で薄暗く見えるじいちゃんの、口の端から白い泡が、鼻から鼻血が流れ出して、それにも構わずこちらに手を伸ばしている。見慣れた普段着のスウェットが、膝までびっしょり濡れている。

 動けないでいるうちに、骨ばった手に腕を掴まれた。びっくりするほど強く。

カズ、じいちゃんと帰るぞ。歩け。後ろ見たら駄目だぞ」

「じいちゃん鼻血」

「ああ、じいちゃん大人だからな。本当はここには入れねぇんだ」

「泡は」

「そこの徳利とっくりの酒。さあいいから歩け、あんまし持たねえぞ」

 もたない? 何が?

 けれどももう質問するどころではなく、じいちゃんに物凄い力で引きずられる。

 じいちゃんこんな力あったっけ。

 もう米袋持てないって言ってたんでないの。

 車は乗るけど足はびっこ引いてたはずだ。

 こんなとこまで。こんな力で。こんな怖い顔して。


『カズ! カズ、俺の話聞けよ! そいつじゃなく俺の話聞けよ!』


カズ、聞くな!」


 じいちゃんの手が両耳をぐっと押さえてきて頭の中の血みたいな音で世界に蓋がされそうになる。

 その隙間からヨシくんの声がする。


『カズ! 俺はそいつら大人に、箱に入れられたんだぞ!

 まだ死んでないのに、箱に入れられたんだ!

 俺は殺されたんだ!!

 みんな箱に入れられて、殺されたんだ!!!』


 頭を持って引きずられるように、洞窟を出た。入る時に見た杯はひっくり返り、徳利は離れたところに転がっていた。

 波が足元まで打ち付けている。満ち潮だ。渡ってきた岩場がもうひたひたに沈む。

 今を逃したら、帰れなくなる。

 紫の空は鮮やかなのに、黒い海と黒い岩はべったりと暗くて足場が見えない。そこをじいちゃんと抱き合うように、ずぶ濡れになりながら進んだ。

 じいちゃんと帰らなきゃ、と思った。じいちゃんが鼻血出してる。服も濡れた。ここに来るために。迎えに来るために。

 助けに来てくれたんだ。

 ひっきりなしに波が全身を殴り付けてくる。波の花がふわふわと辺りを漂って視界を邪魔する。

 転ばなかったのはほとんど奇跡だったと思う。

 ゴウちゃんの家に繋がる戸口を踏み越えた所で、気を失った。

 後から考えるとその時、遠くからヨシくんの声がしていたような気がする。


――カズ、俺を置いていかないで。



 * * *



 気が付いた時には車で二時間近く離れたあつの病院で寝かされていた。

 目が覚めた時に側にいた看護婦さんが、大きな目を細めてニコッと笑い、あらあ目が覚めたね、よかったねえ、今ご家族と先生呼ぶからね、と言ってくれた。

 辺りが少しどたばたして、白衣を着た医者が何とかかんとか言いながら手早く診察をして、その後ろにお父さんやばあちゃんが入ってきているのが分かった。ああ、ああ、とばあちゃんが細いしわがれ声を上げていた。

「じいちゃんは?」

 一番気になっていたことを聞くと、お父さんより年上の感じの先生が初めて笑った。

「おじいちゃんね、ちょっとお腹の調子よくなかったのと、軽い擦り傷とか打ち身はあるけどそれだけで、全く大丈夫だよ。別の部屋で休んでもらってるからすぐ会えるからね。

 君、いい子だな。おじいちゃん心配だったか。おじいちゃんも君のことばっかり心配してたよ。二人とも大したことなくてよかったな」

 じいちゃんは無事だった。

 思わず大きく息をつく。先生と看護婦さんがいなくなると、ばあちゃんががばっと視界に現れてくしゃくしゃに泣きながら両手で顔を触ってきた。

「馬鹿だねえ。馬鹿だわ本当に、カズも父ちゃんも。ああ、無事でよかった。ばあちゃん安心したよ……」

 お父さんがその向こうで、腕組みしている。怒った顔ではなかった。

「大したことなくて良かったけど、きも冷やしたぞ。あんまり心配かけんなよ。庭にカズがいねえって分かった途端、じいちゃん血相変えて飛び出してってお前、あれ相当慌ててたんだわ。片方おれのスニーカー履いてったんだからな。海水でびっちょびちょになってもうだったべや。ここまで大雨ん中、運転裸足はだしだぞ、おれ」

 はは、と思わず笑った。

 お父さんもしょうがないといった感じに笑って、伸ばした手で乱暴に頭を撫でてきた。

 それからまた看護婦さんが点滴の調整に来てくれた。

 窓の外は真っ暗な夜で、ごうごうと風や雨の打ち付ける音が鳴り響いていた。

 けれども耳の奥には、あの黒い海と洞窟で聞いた声の響きがまだ残っているような気がする。


――俺、ここに入ったよ、カズ。


 箱の中に。


 その冬、クリスマスが来る前にヨシくんの家がわすれだにから引っ越したと聞いた。



 * * *



 その時以来祖父母は、わすれだにに住むのをやめました。

 お彼岸とお盆には父の車でお墓参りに行っていましたが、何年かすると祖母が痴呆になり、祖父も病気になり、墓参りの足も次第にとお退いたのは自然なことだったと思います。

 忘谷のかみさまのことですか。あの時のことは、あれ以来申し合わせたように誰も話題にしなかったのですが、一度だけ聞いたことがありました。

 入院した祖父の頭がまだはっきりしていた頃、私が一人で枕元についていた時のことです。

 あの日、祖父がよしくんに言った言葉。

 

――うちはもう俺の代でしてあるぞ。二十何年も前、俺の妹のマサノを。うちの俺より若いもんは、わすれだににはもう根がない。


 忘谷の住人はあの土地に根を取られているのだそうです。

 だから、容易にはあの土地を離れられない。もし離れて別の土地で暮らそうと思うなら、引き換えに差し出さねばならないものがある。

 人々はそれを、黒塗りの箱に入れて、この家のものだと名を記し、かみさまの洞窟に納めてきたそうです。

 かみさまは忘谷から人が減ることを嫌がる。育てた者が自ら根を切って背を向けることを嫌がる。だから、我が家はかみさまに背くのではありませんよ、ちゃんと家の者をここに残しておきますよ、という意味で。

 生きた人間を、捧げていた。

 昔は生け贄を選ぶと縛り上げ、目を塞ぎ口を塞いで箱に押し込めていたそうですが、年々そうしたことは心情的にもやりにくくなり。

 そして私の子供時代には、たまたま家族が死にかけた時にその者を箱に入れて納めるという形が主流になっていたそうです。

 もうこの土地を出たいと思っていた家で誰かが急に死にかけると、箱に入れる。例えば海で事故に遭い瀕死になった子供。夫と子供を忘谷から逃がすために自殺を図った女。素行が悪く手がつけられなくて、もう殺すしかないと判断され両親に重傷を負わされた娘。

 何しろ救急車を呼んでも来るのに一時間も二時間も掛かるような僻地です。どうせ絶対に死んでしまうのなら家の役に立ってもらうのも一つの道ではないか、そういう発想のようでした。

 祖父の場合も、治る見込みのない病気の妹を箱に入れたのでした。

 私の父がまだ子供で進路を選ぶ歳になった頃、次の世代を忘谷に縛り付けてはだめだ、次の世代から犠牲を出してはだめだと決心した祖父は、自分の妹マサノを箱に入れてかみさまに納めたんです。

 九人きょうだいだった祖父の七人の兄たちは戦争に取られて南洋や沖縄で死に、一人生きて帰国した祖父にとって、たった一人の妹マサノはつらい戦後を生きる支えだったといいます。

 精神薄弱があったうえ病弱だったために独立も結婚もせず、働きにも行かず実家に暮らしていたマサノさんを、祖父は何十年も大事に守っていました。それでも身体は徐々に悪くなり、たまに連れていく医者にも、もう長くはないだろうと言われていたそうです。

 祖父はマサノさんと二人で食事を取り、その食事に盛った睡眠薬で眠らせて、箱に入れました。

 蓋を閉める時、マサノさんは半分目を覚まし、夢うつつでこう言ったといいます。


――お兄ちゃん。かくれんぼ?


 そうだよ、マサノ。しばらく掛かるから、寝てていいからな。

 震えそうな声を隠してそう答え、蓋を締めて。

 幾重にも紐を掛けるために箱を何度も傾けると、中からマサノさんの可愛い笑い声がしたそうです。

 ぼろぼろ泣きながら紐をきつく結び、名前を書いた紙を張り、その箱を担いで祖父は、その当時のカミサマモリだった剛ちゃんのお祖母さんに会いに行きました。かみさまの洞窟へ、その黒い箱を納めさせてもらうために。


 私を連れてあのかみさまの岩浜を出る時、祖父にはよしくんではなくマサノさんの声が聞こえたそうです。


――もういいかい。まあだだよ。……お兄ちゃん、マサノ、かくれたよ。


 箱納めが行われると、その中の人間はかみさまのものとなり、改めて忘谷の住人になります。

 そして現実の忘谷に現れることがある。あのめぐみさんのように、ごうちゃんのお母さんのように、あるいはよしくんのように。でもその人の家族にだけは見えないのだそうです。だから皆、見ても何も言わない。箱に入った人の家族が忘谷を出ていくまで。


――箱に入った人たちがたのことを、あんまり思い出すもんでないんだ。

――忘れたようにしとくのさ。そうでないば、つらいからさ。


 祖母が言っていたのは、そういう意味でもあったのでしょう。

 そして忘谷を出た者は、かみさまや箱のことをだんだんと忘れていく。

 だから祖父はマサノさんのことをずっと覚えているために、子供たちは忘谷の外に出しても自分は残って弔いを続けていました。

 ただ、うちに一緒に住むようになっても記憶は消えなかったようですけれどね。祖父いわく、私を助けに洞窟に入る時、とっに飲んだあのお神酒みきのせいではないかと。神域に入り込むためにそうしたと、言っていました。

 そして、マサノさんに謝りながら息を引き取りました。もしかして最期の時、マサノさんの声が聞こえていたのかもしれません。


 祖父母も父も死にました。

 私ももうこんな歳になった。

 あれは夢だったのでしょうかねえ。

 私はどうしてあまり忘れないでいられたんでしょう。お神酒も飲まず、箱を納める者でもなかったのに。

 祖父は、お前は子供だったからだ、子供は半分かみさまに近いから、と言っていましたけれども、本当かどうかは分からないですね。

 記憶を訪ねて忘谷へ車を飛ばしていく気にはついになれずに、今日まで来てしまいました。

 恐ろしくてね。

 あの戸口が、ごうちゃんの住んでいた家が、今はどうなっているのか。

 行けば今もなお、あの声がするのではないか。

 道端で、子供のままのよしくんが、よう、と片手を上げて笑うのではないか。

 そして帰ろうとすると、怒るのではないかとね。

 また置いていくのか、と。



 私は想像します。

 いつかあのわすれだにから生きた人間が誰もいなくなる日のことを。

 かみさまのものになった箱の中の住人だけが、朽ちてゆく忘谷の集落を生前そのままの姿で行き交う光景を。

 実際、最近ではもう、ネット地図で忘谷が引けないことがあります。そして、私自身が忘谷という地名を思い出しにくくもなってきている。

 今日この機会に、すべてお話ししたのはそのためです。

 私はもう二度と、こんなに詳しく思い出せないのかも知れませんから。

 だから誰かがこういう風に、録音していてくれたらいいかなと、そう思いましてね。



 あの信じられないくらい小さな、海と山のふとした境にたまったあぶくのような集落。

 わすれだに


 そこを出るには忘れなければならず。

 そこに住むにも忘れなければならない。


 今はもう、あるかどうかも分からない。



 とりとめもない話を、荒唐無稽な話を、聞いてくださってありがとうございました。

 ええ、今日の私の話はいかようにもお使いください。

 でもね。

 わすれだにを探して行くのは、よした方がいいかもしれませんねえ。

 私の祖母が言っていたように、あんまり思い出すもんでないんだ、忘れたようにしとくのさ――というのが、一番いいのかも知れません。

 根がついてしまったら、大変ですから。





〈了〉

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忘谷拾遺 鍋島小骨 @alphecca_

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