JD-321.「いつか出会う貴女のために」



 光の柱から出てきた女神様。何も持っていない手を広げると同時に、周囲が温かい春のような陽気になる。俺の目には、マナがまるで絨毯のように広がっていくのが見えた。これが、力を取り戻した女神の力……。


「これでしばらくは大丈夫でしょう」


 次の言葉を迷うように、やや目を伏せた神妙な様子の女神様。その姿は、出会った時のような大人の体でもなく、いつか出会った幼い姿でもなく……大人一歩手前といった少女だった。どことなく、ジルちゃんたちにそれぞれ似ている気がする。


「その姿は? 女神様……ですよね?」


「そうですね……未来に現実を見て大人びるでもなく、子供子供した今しか見えない姿でもない。過去と今と未来、いずれも見つめる姿……ですよ。こちらでは初めまして、ですね」


 俺以外を見る瞳は複雑そうだ。娘だ娘だと言いながらも、厳密にはどう呼び合うべきか悩ましい状態であることを黒女神が証明してしまったからだろうか。そんな空気を切り裂くような気配が膨らむ。その気配の主は、ジルちゃんだ。


「お願い、お母さん、助けて!」


 女神様の生み出したフィールドでも維持が精一杯なのか、倒れ込んだままのカタリナを抱きかかえ、涙をぬぐおうともせずに泣き叫ぶジルちゃん。俺はその姿に……声もなく驚いていた。ジルちゃんが、泣いている。自分をそうなるように変えたのだろうか? いや、でもこの涙は……。


「そのままでは難しいのです。なぜかと言えば……ジル、貴女が今そこにいるからです」


 残酷な真実、差し引きが決まっている冷たい方程式。説明されればひどく単純な話だった。本当は、属性ごとの人数制限、そういった物があるらしい。だから今のカタリナは例外中の例外。今も姿があるだけで奇跡的なのだという。


「いいのよ、ジル。私は、いいの。ずっと表に出られないまま消えると思っていた自分が、みんなのために何かが出来たんだもん。それで、十分よ」


「やだ……お別れは……やだ」


 女神様の説明に今は・・嘘はない。それがわかるからか、ラピスやルビー、ニーナもフローラも押し黙ったままカタリナの手を握ったり、肩に寄り添っていた。ジルちゃんが見るのはカタリナ。そして4人が見るのは……俺だ。


「透さんは随分落ち着いてるんですね」


「考えていたんだ……女神様が降りてきた理由を」


 カタリナのように、元の名前で俺を呼ぶ女神様。そこに、いつものようなふざけた様子も、ある種陽気な雰囲気もなく……答えを待つ先生のような空気があった。


「本当に何も手段がないなら、後からでいい。ゆっくり降りて来て、俺たちがお別れを済ませてからでいいはずだ。出なければ、消える直前まで色々と言われるだけだから。でもそうしなかった。かといって簡単にそうしないということは、何かある。俺たちに選択をさせる何かが」


「やっぱり、透さんが応えてくれたのは偶然ではなく運命だったのかもしれませんね。神も触れない絆の運命。ええ、手段はあります。それは……宝石娘としての立場を交代すること。誰と誰がとは今さら言いませんよ」


 そう、すごく単純な話だ。どちらかしか存在できない、その片方を求めるのならもう片方は消える、交代ということだ。シンプルで、考える余地のない選択。


「だめっ! そんなこと、私が許さない!」


 今にも消えそうに弱っているカタリナが顔をその時ばかりは真っ赤にして叫んだ。それで力が抜けたのか、再び倒れ込む。時間は……あまりない。


「女神様、俺たちはそれを選べません。他でもない、彼女自身が嫌だと言っていますから」


「ええ、そのようですね。ではどうしましょうか。さすがの私も元々無い器を用意することは出来ないのですよ。ラピスを癒した時とも違い、透さんがこの世界に生まれ落ちたときとも違うのです」


 若干の沈黙。こうしてる間にも時間は過ぎる。このままでは、お別れだ。何かある、何かあるはずなのだが言葉にならない。気が付くと、ずっとカタリナを抱きかかえていたジルちゃんがカタリナを抱えるようにして俺の横で女神様に向き合っていた。


「あのね、あのね……赤ちゃんじゃ……駄目?」


「ジル……」


 それは宣言だった。未来への、宣言。人間そのものにはなれない、だけど人と同じように生きることは出来るはず、そう信じているジルちゃんの宣言だった。振り返れば、4人も同じ結論だった。そのためならなんだってやる、そういった気合を感じる。


「いつになるか、わかりませんよ?」


「頑張る。ジル、1人じゃないから」


「そうなったとき、今の彼女ではないかもしれませんよ?」


「だいじょうぶ。また思い出を作る」


 答えながら、ジルちゃんはしっかりとカタリナの手を握り、もう片方の手で体を抱きしめ、2人で1人、そんな姿を作り出している。だから俺も、2人を抱きかかえるようにして抱きしめた。


「可能性は、未来にあります。実現するかは……これからの貴方達次第ですね」


「ここまで頑張って来たんだ。なんでもやってやりますよ」


「透、頼もしいなあ……ははっ。今度はどうやって呼ぶ? パパ? お父さん?」


 そんなカタリナの不意打ちに呻く俺を、みんなして笑う。けれどその笑いはとても楽しい物だ。希望がある、未来へつながる笑い。


「では始めましょう。可能性の光に戻り、その時まで……」


 そういって女神様は手を振るい、光をカタリナに注いだ。それは繭のようにカタリナの体を包んでいき、光の繭となったカタリナはふわりと浮き……ジルちゃんのお腹に吸い込まれた。


「お母様はもう戻られるのですか?」


「せっかく降りて来たんだし、観光ぐらいしていったらどうなの」


 一区切りついたことを感じ取り、ずっと押し黙っていたみんなも女神様を取り囲んだ。こうしてると本当に親子みたいだな。髪の毛の色とか他の部分が結構違うけど。具体的にはどこかの戦闘力が。


「アクセサリーぐらい買っていくといいのです!」


「帰りはボクが送っていこうかー?」


 久しぶりに親にあった子供、そんな言葉が似あうほどみんなは笑顔で女神様と話している。そのことが妙に嬉しくて、俺はジルちゃんの背中も押す。そして会話に加わったジルちゃんを含め、しばらく女性たちの声が響き渡る。


 まったく、いつの時代も女性の会話に男は入っていけないね。


「透さん」


「はい?」


 そうしてるうち、話が止まったと思うと女神様に呼ばれた。そちらを振り返り……さっきまでの会話からは似合わない悩んだ表情の女神様に驚いた。


「恨んでいますか? なんでもっとと……」


「……全くないかと言えば……色々あるけど。俺はそれ以上に色々貰いました」


 寄り添っているみんなの間に割って入り、両手を広げて5人をぎゅうっと抱きしめて見せる。ちょっと狭いというか苦しいけどご愛嬌ってやつだ。色々あった、確かに色々あったよ。悲しい時も、怒った時もあった。だけど……。


「この出会いと、今があって未来がある、だったらいいです」


「ありがとうございます……でいいのですかね……皆さんに祝福を! 良い旅になりますように!」


 そうして、女神様は光と共に昇って行った。残った光が俺たちを包み……そのまま転移するのを感じた。新しい旅の……始まりかな?




「ここは……」


 眩しさに閉じていた視界に飛び込んできたのは、草原。街道のような道もあり、遠くには林や森も見える。どうも見覚えのあるような景色にぼんやりとしていると、背中をツンツンとつつかれた。


「? っと、みんな一緒か、よかった」


 離れ離れになっていたらどうしようと、意味もなく心配していた俺を笑うように5人並んでいた。だから俺は、みんなに問いかけた。


「俺は……どうしたらいいかな」


 互いに見つめ合う5人がニコリと笑う。みんな似ていて、みんな違う。守りたい、そう思える笑顔だ。


「まずはなかよしさん」


「どこへ行くのも一緒ですわ」


「買い物だって一緒なのです」


「遊ぶのも一緒だねー!」


「危ない時も……バラバラは駄目よ」


 そっか……そうだよね。みんな、一緒だ。そしてなんでも一緒に過ごしてたくさん思い出を、作ろう。未来はこれからなんだから。


「改めて、よろしく」


 さあ、まずは誰に会いに行こうかな?


 あの子か、あの人達か。


 と……音が、響いた。


「ご主人様、ごはん。カタリナの分もたくさん」


「あはっ……はははは!」


 それが俺の笑い声だったのか、他の誰かの笑い声だったのか。それはどうだっていい。大事なのは今みんなといること。みんなと一緒なら……どこだって、いけるさ!


「あとね」


「うん」


 珍しく、ジルちゃんが追加のお願いをしたいのかさらに俺の服を引っ張って見上げてくる。思えば、みんなあんまり我がまま言わないもんな……なんだってかなえたい。


「けっこんしき、したいな」


「……そっか、うん。しよう! 仲人はマリルにお願いしようかな? それとも……王様にしようか!」


 笑いながら、見覚えのある街へとみんなで駆け出した。これから先はどうなるかわからないけど、ちょっと小さい宝石娘達と行く異世界チートライフはまだこれからだ!



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宝石娘(幼)達と行く異世界チートライフ!~聖剣を少女に挿し込むのが最終手段です~ ユーリアル @yuusis

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