JD-320.「輝きの果て」
湖から飛び出した先は、明るかった。空中を舞いながら空を見上げれば、そこには太陽。つまりは、日食は終わったのだ。結果、飛び出してきた湖は元の湖に戻っているのが見えた。
「二人とも!」
すぐそばにいたジルちゃんとカタリナを両脇に抱えて風をまといその場から飛び去る。ほぼ同時に、さっきまで俺がいた場所を黒い槍が貫いた。犯人は他でもない、黒女神だ。
ラピスたちの気配を感じ、そちらに舞い降りながらも黒女神からは視線は外さない。彼女もまた、周囲を見渡し、今にも叫びそうになっている姿は人間のそれとあまり変わらない。
「トール! 怪我は……んん? まあいいわ。どうせコイツが拾って来たんでしょう?」
「あらあらまあまあ。ルビー、別に犬猫というわけではないのですから……よろしくお願いいたしますわね」
「はわわっ! ジルちゃんと双子なのです!」
「ほんとだー! でもちょっと色が違うかな? よろしくねー」
そんな場合ではないのだけど、4人の声にずっと張り詰めていた物が少し和らいだ気がした。そうすることで頭にも落ち着きが戻ってくる。よろめくカタリナはジルちゃんにひとまず任せて、俺は黒女神に向き直った。
「あれだけ……あれだけいたのに……私を慕い、私の導く先の世界にあこがれたあの子達が……!」
「共存は……駄目なのか?」
今さらと言えば今さらの問いかけ。だけど、このままただ戦っただけでは何にもならないような予感があった。相手は女神級だ……俺たちがどれだけ押したところで、決着はつかないのではないか? そんな感じだったのだ。
「そっくりそのまま、人間たちが同じことが出来るか聞いてみるといいわ。ここから先は魔物の領域だ、だから1歩も踏み込むなと。あるいはいつでも自分を殺せそる相手を隣人に生きていけるかしら? 姿かたちも違うのに? それが出来たら苦労しないのよ……前も、その前も、そのまた前もそうだった。だから、力でぶつかるしかなかった!」
その叫びには、黒女神の本音が見えた気がした。そう、彼女もただ悪役というわけじゃないのだ。魔物という人間とは違う立場の存在を導く者。例え人間からは異形、あるいは良くないことに見えても魔物にとってはそれが正常だってことはきっとたくさんある。
ただ、だとしても精霊を犠牲にするような黒い結晶や、誰かを支配するような世界は良くない、そう感じた。だから俺は彼女に立ち向かうのだ。
「今回はきっと私の負け。けれどもただ負けるわけにはいかない。見せて見なさい、ぶつけて見なさい。アナタの、絆の力を。さあ!」
その黒い光は感情の塊だった。嘆きや悲しみ、怒り……そんなものも混ざった素の感情。彼女の姿も見えなくなるほどの揺らめきが黒女神から立ち上り、その体を覆っていく。それが収まった時、大よそ動くには向かないような、漆黒のドレスをまとった魔女のような姿で黒女神は立つ。その手には杖。闇……ではなくまさに黒い光の剣のようでもあった。
「みんな、力を借りるよ!」
俺は聖剣を空に掲げ、出来るとは言われていないけれどきっと出来るはずと信じ……見事に小さい聖剣6本に分離させた。1本1本が向かう先は、みんなの丸見えになったお腹、その魔法陣。カラフルなそれぞれの魔法陣に聖剣が沈み、何故だか俺の手には6人分の手ごたえがあった。
(最終手段は……少女たちのお腹に刺すことで手に入る。ははっ、そんな話があったっていいじゃないか!)
みんなの聖剣を一気に左に回し、そして一周した。弾けるように手の中に戻ってきた聖剣たちは1本の長い剣となる。見る角度によって色を変え、様々な属性の力を巡らせる……虹色の宝石剣。
「待たせたな」
「別に構わないわ。あの子にどんな文句を言いに行こうかと考えていただけ」
後は、言葉はいらなかった。黒女神は湖を、俺はジルちゃんたちを背に……ぶつかる。光と闇がぶつかる度に、草原が薙ぐほどの衝撃が広がっていくのがわかる。湖面は波立ち、みんなもとっさに障壁を張らないと転がっていくぐらいだ。
何度もぶつかり合う中、皆との絆を、その力を感じる。その力が加わった俺の攻撃は、じわじわと黒女神を押しているように見える。
「なるほど、良い絆ね」
「おかげさまで……でいいのかな?」
事実、黒女神の手引きで襲い掛かってきた相手がいたからこそ、ここまでこれたということも言えなくもない。ピンチを乗り越えて、俺たちは成長してきたのだから。厳しいというにはちょっと厳しすぎる試練、といったところだろうか?
会話の代わりに武器を振るい、ぶつかる度に感情も一緒に飛び交うのを感じる。ああ……彼女は、女神様よりも寄り添いすぎたのだ。だから、神の視点ではなく……共に生きるものとしての視点に降りてしまったのだ。
「手に入る平和は一時。覚悟はいいのね」
「勿論。一時をつなげて、出来る限り永遠にしてみせるさ」
現実的には不可能な理想論。だけど理想を願えなければ現実はそこに近づかない。だからこそ俺は真顔でそう言い切って、黒女神の杖を切り裂き……その胸元にある拳ほどのペンダントを切り裂いた。途端、靄が溶けるようにして黒女神は地面に消えていく。
結果的にはひどくあっさりと、黒女神は倒れた。神は死なず、滅びない。ただ今は、眠るだけだ。
「ご主人様っ!」
「おおっと、終わったよジルちゃん。みんなも、お疲れ!」
さっきまでの争いが嘘のように、周囲には静けさが戻っていた。あれだけいた魔物も、もう1匹も見えない。どこかに行ってしまったのか、湖の向こう側に消えたのか。あるいは、ここにいたのは全部幻だったのか……今となってはわからない。
「あっ」
誰かのつぶやきを合図に、みんながポムッと煙に包まれたかと思うといつもの少女の姿に戻ってしまう。今回ばかりはさすがにみんな無理をした感じなのか、ここから貴石解放はしばらくできないような感じだった。
そして、元々白いだろう肌を一層白くして、カタリナがしゃがみこんでいた。もう立っているのも、つらいんだろうか。すぐに駆け寄ったジルちゃん、他の4人も語らずとも状況を察したらしい。カタリナに寄り添い、息の荒い彼女の手を握ったり肩を支えていた。
「初めましてとさようならは別が良かったんだけど……むずかしいみたい」
「そんな……やだよ……」
彼女に抱き付き、泣きじゃくるジルちゃんの頭を優しく撫でるカタリナの姿はひどく大人びて見えた。マナを注げばまだしばらくは一緒にいられるかもしれない。けれども、それが延命措置でしかないことも俺はわかっていた。
だから、俺は呟く。
「見てるんだろう? 女神様。見えるようになった、かな? 願いを聞いた報酬の1つぐらい、くれてもいいんじゃないのか?」
その答えは、空から降りて来る光の柱だった。
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