JD-319.「白の意志、夢、願い」


 体が……重い。元より、本来ならばここにはいないはずの自分だ。けれど今、私はここにいる。だったら……やることは、やるべきことは決まっている! 私の、私の役目は!


「そこよっ!」


「この力っ!」

 

 切り付ける度に、私の振り抜いた光剣は黒女神のそれとぶつかり周囲に光をまき散らす。私にはなんてことのないその光の残滓も、黒女神にとっては無視できないような痛みになるでしょうね。ただまあ、ちくっとしたぐらいなんでしょうけど。


 振り抜いた勢いを殺さないように背中には光の羽根。飛ぶためじゃない、これも相手にぶつけるためだ。貴石術はマナの力。特に形の決まっていない、願いの力。古来より生き物は石たちに願いを込め、祈り、時には呪い、時には祝い……不思議な力があるものとしてきたわ。


「例え産まれて間もないとしても……石の歴史は私にだってあるっ!」


「たかが娘1人がっ!」


「母親を、娘が越えられないと誰が決めたのよ!」


 はじける光の羽根。それを目くらましにして私は少しの間合いを取って両手を何もない空間に突き出す。そこに生み出されるのは自分の身長を超えていきそうな野太い光剣。ふふっ、透の記憶にある映画みたいね。


 人の腕程もありそうな太さのそれを、重さを感じさせないような動きで私は構えて飛び出す。その先には、これ以上ないほど怒りに顔を染めた黒女神……もう、魔女みたいなものね。


「美貌が台無しじゃないの? ふふっ」


「おのれ……」


 黒女神は不思議でしょうね。自分の力は弱まり、それでも圧倒できるはずの宝石娘1人にこうも苦戦する。そのからくりはある意味簡単。相手に教えたとしても、どうにもならないぐらい、ね。


 油断から食らえばそのまま私も砕けてしまいそうな杖の一撃を、見えない足場で踏ん張りながらすくい上げるようにしてはじく。光剣と杖がふれあい、プラズマ?みたいな光が産まれるぐらいには私と黒女神の力は相反した物だったわ。


 黒女神だって手加減しているわけじゃない。なのに私が時間を稼げている。それにはいくつも理由がある。そのうちの1つは……ある意味とても残酷な物。


「知ってる? あっちではダイヤはね、ただダイヤだけで価値があるものじゃないのよ」


「何が言いたい……」


 つばぜり合いのまま、まばゆい光が互いを照らしてその陰影もはっきりとさせる。近くだからこそ、黒女神の黒い感情が丸見えよね。だから私は言ってあげるの。


「ルビーやラピスラズリ、フローライトに琥珀や真珠たち……どの宝石にも、貴石にも祈りや願い、積み重なった歴史と価値があるの。ジルコニアだってもう立派なその対象。それが、私達を決める。そして私は……王様よ。まあ、女性体だから女王様でもいいのだけど。誰だかわからない相手じゃない、ダイヤという存在が信仰を産むの」


 言うだけいって、私は黒女神を弾き飛ばすようにして力を爆発させた。行動不能まで……まあ、長くて10分もないかしらね。その間にあちらが解決すれば良し、解決しなくても……時間は稼げるでしょうね。あーあ、私も透ともっとおしゃべりしたかったなあ。委員長か生徒会長でプライベートじゃラピスとは別の形で包容力のあるお姉さん、だなんて……盛りすぎにもほどがあるわ。


「そうか、その力……そこまでの価値があるのか?」


「名前を……くれたの。他の誰かではなく、他と同じ呼び方でもなく……私という個のための名前。だから、私はここにいられる。当然でしょう?」


 誰かのために、力を出し切る。そのことが出来るのも人間らしさ……そう思うのは傲慢かな? だとしても私は、存在意義を証明する。ここにいて、ここで生きていてよかったのだと……思うために。


「不屈たる白、金剛の輝きを持って押し通る!」


「そんな未成熟な体で!」


 迫る黒い力を全力ではじいていく。相手もいつまでもこちらを格下と思っていては勝てないとようやく悟ったらしく、その一撃は重くなっていく。だけど、それがどうしたというのだ。


 燃やせ、燃やせ! 私という価値を。繋げ、示せ! 永遠の絆、あの子達と透の未来を。遠い未来へも、明るく照らされて歩いて行けるように……私は今ここで戦うと決めたんだ。


「ええ、そうね。小さい体でしょう? でも……それは原石から磨き上げられたから。だから、私はここに在る。金剛の覇、砕けぬ絆の力を見せてあげるわ!」


 その瞬間、私は一人太陽のように輝いていたと思う。カットされたダイヤモンドが放つ光のように、周囲に無数の輝きを放ちながら。それらは黒女神の攻撃をはじき、時間を稼ぐ。速く飛ぶために羽根が生え、力強く駆け出すために靴が産まれ、剣を支えるように腕を籠手が覆い、そして両手の中には光剣が産まれる。名前の源……決して砕けぬもの、その名前を冠した力が。


「永遠を照らす光剣……すべてを賭ける!」


(これできっと打ち止め。でもきっとあの子達の時間は稼げる。家族のため……って思っていいのかな……)


 声にならない叫びと、止まったような時間が過ぎる。何度も切り付け、何度も黒女神の杖を砕き、そして再び産まれた杖とぶつかり合う。確実に自分の力はそがれていくのを感じていた。せめて私も最初から宝石娘として生まれていれば……いや、それは考えても仕方ないよね。


 今の私は出がらし同然だった。それなのに、こうして一世一代の出番が回ってきたのだ。あと少し、あと少しだけ……ジルや透たちが来るまで持てばいい。そうしたらきっと、あの子達なら勝って笑顔になってくれる。だけど……叶うのならば……。


「一緒に……遊びたかったなあ……」


「じゃあ、あきらめてもらっちゃあ困るな」


「うん、こまるよ。ぷんぷんだよ」


 負けた後の夢、あるいは幻だと思ったわ。音もなく私の左右に2人がいた。ジルは私の手に自分の手を添えて、消えそうになる光を維持していった。透はそんな私達の前に立ち、黒女神と向き合っていた。黒女神も動揺してか、大きく間合いを取っていた。


 大きく感じる背中、感じる手のぬくもり。そのどちらもが……私の壁を壊していく。


「なんで、どうしてっ」


「どうしてって……なあ、ジルちゃん。助けるのに理由がいるかな?」


「いらないよ。だって……カタリナは家族で、ずっと一緒なの」


 ああ、どうしてこうもこの子達はこうなのか。声に出さずに問いかけながら、その答えはもう知っていることに気が付く。それが、透やジルたちなんだと。


「私の力が届かない!? 貴様、何をした!」


「俺はイレギュラーなんだろうさ。なにせ……俺はあんたと女神様と同じようで結構違う、直接世界に産みなおされた息子なんだからね。女神様ははっきりと言わなかったけれど、そうなんじゃないかな? だから、俺には聖剣ぐらいしかくれなかった。逆に言うと、与えることが出来なかったんだよ。丈夫な肉体も、女神様がくれたといいながら実際にはそうじゃない」


 言いながら透が構える聖剣は、姿を変えていた。ジルの視界越しに見ていた物とは、細部が違う。主だった変化は、そう……中央の白い石がくっついた双子のようなものになっている。もしかして……これは。


「世界の息子……神ならずして神と並ぶ存在……そんなものが!」


「あるものはさ、しょうがないんじゃないか? さあ、戦うのは俺たちだけじゃない!」


 言うが早いか、透からは何色もの光があふれ、それは波となって黒女神を巻き込み……元の世界へと押し流し始める。私もジルに手を引かれ、外へと飛び出した。





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