JD-318.「宝石娘の賛歌」


「ラピス、そっちに行ったわ!」


「見えてますわ! えええい!」


 今日ほど、自分たちの体が人間とは違うことを感謝した日はありません。きっと長い時を生きるこの先にも……。叫んでも叫んでも、痛むことのない喉。動く体はマナさえあればいつまでも動き続けます。元々、疲れて眠るなんていうこと自体、マスターに合わせて人間らしくしているだけのことなのですから……。


「マスターたちの邪魔は……させませんわっ!」


 有限のマナ。貴石術を放ち、魔物を倒せば倒すほど本当であれば自分たちの戦闘可能な時間はどんどんと減っていくはずですの。それが唯一、私達にある制限と言えば制限。けれど……今日ばかりは途中で倒れるわけにはいきません。


 あの日、私をこの世界へと呼び出してくれたマスターのマナ。あの温かさは今も全身のあちこちに残っているような気さえします。きっとマスターは覚えていないと思いますけれど、私をイメージされた時、込められた願いはみんなのまとめ役になるような年上のお姉さん……そして、その心の中にはちゃんと自分も見てほしいと願う女の子の気持ち。


 知ってますか? 気が付いていますか? 私達の胸はマスターやみんなへの愛情でいつもいっぱいなんです。だから、みんなで帰りましょう。


「始まりの雨……命の大海……大渦の宴! 来たれ!」


 これまでに回収しておいた水晶たちの力も借りて、私達とマスター、お母様とは似ているようで違うあちらとの間にいる魔物達を洪水のような大波で押し流しました。しばらくは水が残り、間は泥のようになっているので向こうに行こうと思う魔物は減ることでしょう。


「確実に引きはがしますわよ。ニーナ!」




「はわわっ、出番なのです!」


 自分にとって、この力は頼もしくもあり、それでいて少し怖い物なのです。なぜかと言えば、基本的に土の中や夜は暗いのです。他に見える物もなく、寂しい場所。けれど、トール様は自分がまだ宝石だったころ、呟いていました。


 暗いと、どうしても近くを見るようになるからきっとみんな隣にいる誰かを大事にするんだろうな、と。それに、みんなの眠る場所だよと……。


 今なら……色々とわかるのです。自分はもっと、みんなを守りたいのです。みんなが安心して隣にいる人とおしゃべりしたり、安心して寝られるように。


「っ! そっちには行かせないのです!」


 地面につけた手のひらから伸びる力は遠くまで伸びる溝となってトール様たちと自分達を分断するのです。同時に、自分の中に忍び寄ろうとする黒い光を感じたのです。


 自分の大元は大地と闇。だからこそか、あの黒い女神様の影響も一番自分が受けそうになっているのです。だというのに、みんなは自分のことを信じているのです。だったら、それに応えるのが良い女ってやつなのです!


「だから、邪魔はしないでほしいのです!」

 

 自分にとっては自分とトール様しかいない未来なんて、最初から結ばれない以上にいらない未来なのです。それに、トール様は……父様は誰かひとりだけを選んで他は知らないって言えるほど器用じゃないのです。褒めてない? さあ、なんのことなのです?


「大いなる大地、空が溶ける夜の闇よ! 飲み込め!」


 元より暗い空から、黒くて暗い光が降りてくるのがわかるのです。それは地面からあふれるそれと合流し、魔物たちを縛り付けるのです。自分の出番はまずはここまで、なのです!



「風の……鎖よ!」


 ボクにとって風は特別な物でもなんでもない、常にそこにあって、一緒にいる存在なんだ。どこにでも吹いて行って、どこからも帰ってこれる……そんなもの。だからこそ、自由じゃなきゃいけないんだ。


 だけど、物事には例外があるんだよね……きっとボクの気持ちもそうなんだ。自由で誰の物でもないボクの気持ちがあの日、とーるの物になっちゃった日。石の姿のボクは自由とは程遠い存在だった。そのことを知ってか知らずか、とーるはいつもボクにいっていたんだ。


 フローラは風の子、自由に飛べる元気な子かなって。


 今考えたらさ、これってボクは子供ってことだよね。子供は風の子ってとーるのいた世界で聞いたことがあるもん。失礼しちゃうね? そりゃあ、体つきも考えも子供かも……しれないけれど。


「助け合うのに、大人も子供も関係ないよね!」


 あふれる気持ちはそのままあふれるマナ、そして貴石術となってボクの力となる。ニーナが鈍らせた魔物たちを、ボクの風が絡み取るように覆い始めていく。ごめんね、今度はどこまでも吹いて行っていいから。


「絆を運ぶ風よ、始まりと終わりを告げる雷鳴よ!」


 地面を覆い尽くすような魔物達が、目が眩むような雷と、暴風のような風に包まれるのがわかる。でも終わりじゃない、ここから先は任せたよ!


 ボクの視線の先には、この暗さの中でも燃え盛る……赤い彼女がいる。




 情けない、今の私の心境はこの一言が多くを占めていたわ。直前まで気がつけなかったこと、出来ることが少なかったこと、今もなお、こうして支援しかできない状況にいること、みんなよ。


「私を信じてくれているのに……!」


 アイツは私を考える時、変な性格も一緒に考えていたけれど……その炎の力だけは徹底していたわ。万難を燃やし、道を作る者。それが私にアイツが願った姿。燃え盛る炎の力と噴き出すマグマの力。どちらも触れれば燃えてしまう赤い力だ。


 一番最後に仲間になった私がそのあたりをどこかで気にしていることを、アイツは無意識にか感じ取り、よく私とみんなを同じようにに扱ってくれた。そのことを、ひどくうれしく感じたのよね。みんなも、時間なんて関係ないと言わんばかりに私に良くしてくれている。


「だからこそ、それに応えないわけにはいかない」


 取り込んだ貴石の力だけじゃない何かを燃やし、私は魔物の群れを焼き払う。時にはドラゴンのブレスのように地面を舐め、時には火山から噴き出る大地の怒りのように足元から焼き尽くす。


「闇を照らす炎、命の熱さをその身に刻みなさい!」


 視界を、赤い光が覆い尽くす。収まった後には……何もなかったわ。動く魔物も、その向こうで戦ってるはずのアイツたちも。頭が真っ白になりそうだけどすぐに感じとる。アイツは湖の、世界の向こう側だと。


「だったら、帰ってくるまでこの場所は守らないと、ね。そうでしょみんな」


「ええ、そうですわ」


「勿論なのです!」


「まだまだいけるよー!」


 そんな声が聞こえたわけではないのでしょうけど、湖が、空が、震えた。まだ続く日食の異常さに人々が気付くのはいつだろうか? もしかしたら、初めての現象にただただ戸惑ってるのかもしれないわ。そんな人たちのためにも、アイツが守りたいと思っている人たちのためにも……私達は負けない。


 新たにあふれる魔物達。それはゴブリンやオークであり、そして水晶獣であり……黒い、ドラゴンもいた。


「まいったわね……」


 一見弱気のつぶやき。けれど、声に込められた気持ちはそうではない。やりすぎないようにしないと……そんな気持ちだ。無茶をして、アイツやジルたちのところに行く道が壊れてもいけないのだ。そういえば、もう1人いたような……目の錯覚かしら?


「大丈夫ですわよ。仮にもお母様と張り合うような相手ですもの」


「そうそう。思い切りやっちゃって大丈夫だよー!」


「手加減無用、なのです!」


 口々に、私の心配をよそに元気に叫ぶ仲間たち。そんな彼女らに頷いて、私はマナを練り始めた。不思議と……尽きる気がしなかったのよね。隣にいるみんなの力が伝わってくるのを感じたわ。


 向こうのアイツにも届けとばかりに、私たちは力を放つ。


「水の愛情と……」


「大地のぬくもりと……」


「風の翼と……」


「炎の勇気を……この手に!」


 まるで歌を歌うように、私達の手から力が放たれ、そして魔物達を飲み込んでいく。届け、私達の気持ち!

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