JD-317.「愛を取り戻せ」
暗い世界にあって、その光は闇夜に見つけた灯台のごとく輝きを放っていた。そしてそれはバスケットボールほどの大きさの球体となり、ジルちゃんから抜け出してくる。俺はそれを抱えながら距離をとった。眩しさに視界が慣れてしまわないかが心配だったけど、なんとかなっているようだ。
「何をぼんやりしてるんだい。さっさとやりな!」
「駄目……ジルはそんなこと、したくないの!」
2人が言い争っている間にも、俺の腕の中の球体は小さく形を作り……人型となった。それはジルちゃんをさらにミニサイズにしたような子だった。それでも全身の造りはジルちゃんとそっくり、髪の色とかが少し違うかな?
「君は……カタリナ?」
「ええ、そうよ。けど話は後、時間がないわ。しゃがんで」
ややツリ目気味の瞳はルビーほどじゃないけれどズバズバとものを言う性格であると俺に訴えかけている。だから周囲の喧騒を耳に感じながらも軽くしゃがみこんだ。そして触れる何か。目の前の幼女の顔がアップになっている。
気がついたらキスされてるとかどんな状況だよって話だ。
「これでよしっと」
「数が増えようが同じだよ! 届かない!?」
片手をジルちゃんにやりながら、もう片方を恐らくはカタリナに向けていた黒女神の叫び。よくわからないが、黒女神の力がカタリナには届いていないようだった。
「今の私は全身が2人の娘だから……行くわ」
「何? まさかっ!」
俺が止める間もなくカタリナは駆け出し、ジルちゃんを通り過ぎて黒女神へと躍りかかった。俺も慌てて聖剣を構えなおし、後に続いて追いかけ、動き出してしまったジルちゃんの刃を止める。気が付けば、目の前のジルちゃんの指には指輪が1つ無くなっている。
手加減していないジルちゃんはこんなにも強いのか。そう思う重く、鋭い斬撃が続いている。ジルちゃんは抵抗はしているようだけど体の方はいざ戦い始めると動いてしまうようだった。
「ごめんなさい」
「謝ることは無いよ。すぐ、終わらせる」
方法もわからないのに、俺は本心からそう言って泣き顔のジルちゃんを慰める。刃を交えながらの会話としてはひどく不思議な光景だ。その間にもラピスたちの魔物との戦いは続いている。少しずつ離れていってるような気がするから4人の誘導が成功しているんだろうね。
戦いながら、考える。カタリナもたぶん、長くはもたない。であるならばなんとかジルちゃんを無力化して黒女神に俺が挑む必要がある。ではどうするのか? どうにかして彼女の影響力をそげればいいのだが……。
「透! 裏に行ったらジルを産みなおしなさい!」
「どうしてその名前を!? っと、わかった!」
裏とはどこか、そんな疑問を口に出す前にカタリナは黒女神を圧倒するように剣を振り回したかと思うと、その背後に回り込んで首に手を回し、抱き付いたまま……湖に飛び込んだ。魔物の隠れていた世界の裏へと、飛び込んだのだ。
俺もそれに習い、ジルちゃんの剣を持った方の腕をつかみ、投げるようにして湖へと……飛びこんだ。不思議と水の感覚は無く、ぬるりと世界をくぐった感触があった。
「ここは……なんだろう?」
飛び込んだ先、世界の裏側は壁も空も無い空間だった。ただ足場だけは感じる。みんなに聞いていた宝石娘達が実体化する前にいる場所に似ているように感じるけど大きく違う。何もないが、世界はあった。形を成していない魔物だとわかる何かが遠くにある。
と、そんな空間に大きな音が響いた。そちらを向けば、カタリナが黒女神とまだ戦っているところだった。そうだ、早くジルちゃんを何とかしないと……そう思ってジルちゃんの方を見ると、両腕で自分自身を抱きしめるようにして震えていた。
「やだ……ここは、やだよ」
どうやら前に来てしまったらしい空間を思い出して怖くて震えているようだ。慰めようと近づいた俺の顔のそばを、そんなジルちゃんが急に構えた剣が通り過ぎる。ジルちゃんは泣き顔のまま。つまりはまだ黒女神の影響力が残っているんだ。だけど、表の世界よりも俺にはどうしたらいいか、何故だかはっきりとわかっていた。
「ジルちゃん、任せて」
「うん、ご主人様におまかせ」
そして再び刃がぶつかり合う。何度もぶつかり、何度も離れ、そして斬り合う。俺はジルちゃんを助ける、そう決めている。例え一時的に二人が離れ離れになってでもだ。それに、そんなことはさせるつもりもない!
確かにジルちゃんは速い。けれどこう何度も真剣にぶつかれば多少の癖は見えてくるという物だ。何度目かの攻防の後、ついにその時が訪れる。わざと作り出した上半身の隙、そこへ下からすくい上げるような首を狙った一撃をぎりぎりで躱し、俺は左腕でジルちゃんの両手首を掴んだ。上の方への攻撃には勢いを乗せるために両手で剣を振るうタイミングを待っていた。
「ここだぁ!」
「あっ……」
残念ながら押し付ける壁や木はないから、地面らしき場所へと押し付けるようにして倒れ込み、俺はジルちゃんのお腹に
黒女神の力か、その間にもジルちゃんの体は暴れ、俺の拘束から逃れようとしている。それでも体格を活かして完全に押し倒した状態から脱出することは叶わない。完全に事案のような光景だが許してほしい。
「行くよ、ジルちゃん」
「(こくん)はやくっ、もっとおくっ、最後にみぎにっ」
最初の叫びとは逆の方向へ。ガチリと、手の中で聖剣がひねられる。瞬間、大きくなっていたジルちゃんから白黒両方の光が飛び出した。振りすぎた炭酸の蓋を開けたように噴き出すそれは、いつしか小さく固まる白い光と、周囲に飛び散っていく黒い光に別れていく。そして、手の中に残った光……それはきらきらと光るジルコニア。
手に握ると、色々な思い出がよぎってくる。出会いから、これまでの思い出。戸惑いも、苦しみも、笑いも楽しさもいっぱいあった。だけど、それもこれもみんなジルちゃんがいて、みんながいたからこそだ。
「ジルちゃん」
つぶやいて、俺はジルコニアに口づける。初めましてと、おかえりを言うために。石らしく少し冷たい感触。あふれ出す光が形を作っていく。それは希望、それは未来。そして……大事な人。
出会いの時のように、飾り気のないシンプルな衣装をまとい、少女が1人、この世に生まれ落ちる。
閉じられた口がわずかに開き、胸が上下した。そして小さな瞼が開き、俺を見る。
「ただいま、ご主人様」
「お帰り、ジルちゃん」
小さな体を抱きしめて、その感触を確かめながら俺は走り出した。一人戦い、時間を稼いでくれているカタリナの元へと向かうため、そして外でまだ戦ってるであろうみんなのために!
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