JD-316.「空の子、大地の子」


「おはなしは、できないの?」


「不可能だねえ。いつも食べている相手が食べないでと叫んだら、人間は一生それを食べずにいられるかい? いられないだろう。代わりに喋らない相手を食べるようにする、そんなものは解決にならないのさ」


 黒女神が動き出すと同時に、周囲の魔物達も動きを再開した。俺はジルちゃんに付き、ラピスたちには魔物の相手をしてもらうことにした。周囲に散っていくわけでもなく、俺たちに集まってくる魔物達。まるで、邪魔はさせないと言わんばかりだ。


「お前は一体!? 女神様は姿が見えないって言っていたぞ!」


「それはそうだろうね。あいつは空から産まれ、私は大地から産まれた。共に世界の娘というのは共通しているが……管轄が違うんだよ。ただ、私がいることはきっと確信しているだろうさ」


 いつもぽわわんとしていた女神様と同じ姿だというのに、こうも印象も何もかもが違うのは相対していて不思議に思うことばかりだ。それでも俺とジルちゃん、2人で攻撃を捌くのが精一杯だった。両手に一体化したような黒い結晶の刃が今にも俺たちを貫こうと迫る。


 周囲では、みんなと魔物の戦いが始まっている。時に爆風が起き、時に鳥肌が立つような冷気の風が襲う。見える限りでは、戦いそのものは大丈夫そうだ。


「あいつはいつもそうだ。踏み込もうと思えばこちら側に来れるのに、いつもいつも、お前たちのような代理人をよこす。世界の問題は自分が解決してはいけない、そう言ってね。だから、力をもぎ取った。使わない力は不要だろうと」


 暗い中、黒い刃を躱し続けるというのは非常に困難だ。それでもやり遂げるしかない。その間も、黒女神は胸の内を吐き出すように言葉を紡ぎ出した。それは女神様に聞いた話と共通している部分もあれば、矛盾した部分もある。果たしてどちらが正解なのか、俺にはわからない。


 黒女神の思い込みかもしれないし、女神様が本当に気が付いてないだけかもしれない。女神様が嘘を言ってるとは……思いたくは無いのは俺の甘さだろうか?


「私達は表裏一体、どうせあいつのことだ。世界のバランスのためには魔物があふれていてはいけないとかなんとか言ってお前たちを送り出したんだろう? まあ、それは嘘じゃあない。お前たちがいなければ地上はお前たちの言う魔物の世界になっていただろうね」


「随分と喋ってくれるんだな」


 周りで戦ってくれてる皆には悪いけど、黒女神はこの瞬間は俺たちを殺しに来てはいないように思えた。様子を伺うというか、力を確かめているような……そんな感じだった。


 喉元に迫る刃を避け、聖剣で打ち払う。切れ味は上げているはずなのに、斬れない相手の刃。これが……女神級の力!


「お別れの時間はすぐにきたらつまらないだろう? 別に冗談で切りかかってるわけじゃあないんだ。色々とね、近くじゃないとわからないことを調べさせてもらったのさ」


「それは一体……くっ!」


 瞬間、黒女神からのプレッシャーのような物が周囲を襲った。それは今までのは一体何だったんだと思うほどの強烈な物。これと比べたらさっきまでの戦いは子供の遊びのような物だった。自然と、じりじりと体が押されていく。


「ご主人……様っ!」


 暗い中にあって、ジルちゃんたちはほのかに光りひどく目立つ。特にジルちゃんは白く、純白の輝きだった。このプレッシャーの中、それでもじわりと前に進む姿に俺も負けじと構えなおす。次に何が来るかわからないが、負けるわけにはいかないのだ。


「このままやっても一方的だねえ……どれ、少し遊ばせてもらおうか」


「何を!?」


 黒女神が片手をあげ、手のひらを向けた先はジルちゃん。何かを撃つつもりか、そう思ってかばおうと踏み出すが少し遅かった。瞬きの間に、何かがジルちゃんを貫き……それだけだった。


 しかし、変化はすぐに訪れる。


「え? あ……なんで……やだ、ジルはご主人様と一緒にいるの」


「ジルちゃん!?」


 さっきまではプレッシャーに必死に耐えていたはずのジルちゃんが、まるで何もなかったように1歩、また1歩と黒女神へと歩いていく。まるでプレッシャーの影響を受けていないように。気が付けば、その足元には黒い光が靴のように覆っていた。


 追いつこうとする俺に向かって黒女神の手が突き出され、吹き飛びそうになるのを必死に耐える。


「この子に勝てたら、お前たちの寿命が尽きるまでは引っ込んでやるさ」


 それは選択。選べない物を、選べという究極の選択だった。プレッシャーは俺にだけ向けられているのか、先ほどよりも力を増したそれの前に俺は前に進むことができない。その間にもジルちゃんはゆっくりとした足取りながら黒女神へと近づき……そして俺に振り返った。


「ジルちゃん……」


「駄目……だめだよ」


 必死に抗っているのか、震える手。その手に握られた透明な刃は、半分濁った物になっていた。次の瞬間、今まで敵に向いていたジルちゃんの攻撃が俺に迫る。大きくなってもまだ小柄な体格を活かしたすべり込むような一撃。それを防げたのは今まで一緒に戦ってきたからに他ならない。


「くそっ!」


「種は簡単だよ。私は大地から産まれ、力を持っている。貴石人は結局、大地の力が大きいのさ。貴石は、空には産まれないだろう? それに、その子だけあいつの祝福で産まれている。つまりはまあ、私の娘のような、姪のような……あっちの四人より私に近いのさ」


 ちらりと見えた黒女神はまるで特等席で観戦するかのように腕組みをして俺たちを見ていた。確かにあの時、ジルちゃんだけは女神様に口づけされて世界に送り出された。つまり、あの時に邪魔が入らなければみんなそうだったわけで、ジルちゃん1人だけで済んでいるというのは不幸中の幸いというべきなのかもしれない。


「だからと言って!」


「ごめん……なさい」


 ジルちゃんには意識が残ってるようで、俺に襲い掛かりながらもその顔は泣き顔でぬぐうこともできない。ジルちゃんが抵抗しているのか、時折相手の動きは鈍くなる。それでも泣きじゃくる大事な子を前に、俺は刃を交えるしかないという状況に陥っていた。ラピスたちのフォローは状況的に期待できない。逆にここに魔物が乱入されたらそのほうがどうにもならない状況になりそうだった。


「ほらほら、どうするんだい。早くしないと全部私の支配下になってしまうよ? そうなったら手加減は出来ない。お前に勝ち目はなくなる」


「娘みたいな子を利用するなんて……あんたは!」


「それをあいつの関係者が言うのかい? あいつだって、お前たちを利用してるじゃないか。違うとでも?」


 戯言を、そう言い切るには確かに俺たちと女神様の関係はお願いをされている形ではあるがそれだけと言い切るには微妙な関係だった。だからといって、あきらめるつもりもないのだが。


「ジルちゃん、頑張って! 俺もなんとかするから!」


「うん……ジル、がんばる」


 まずは物騒な刃を砕くか飛ばすか、どうにかしないと危なくて仕方がない。けれども俺よりも速さを感じるジルちゃんの攻撃を前に攻めあぐねていた。このままでは時間だけが過ぎてしまう……そんな焦燥感の中、俺はジルちゃんの指に指輪が光ってるのを見つけた。


 あれは……前に森の中で巨人を見つけた時に光っていた方の指輪だ。途端、俺の頭で色々な物がつながる。人の名前、その相手、指輪の数……そうか、つまりは!


「力を貸してくれ、カタリナ!」


 一息に踏み込み、ジルちゃんに肉薄する。咄嗟の動きにジルちゃんも対応が遅れたのか、操っている黒女神も驚いたのか反撃は鈍かった。その隙に左手でジルちゃんのおへその上あたり、魔法陣が出る場所に手を当て、全力でマナを注ぎ込んで呼びかけた。


 ジルちゃんの中に取り込まれた、ダイヤモンドのあの子に。


 周囲が、再び純白の光に染まる。



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