JD-315.「湖面より出でる物」


 探索の旅の最中、そこだけ空を地面に降ろしたような大きな湖を見つけた俺達。その湖畔を拠点にしばらく周囲を探索してみたのだけど、結果的にははずれだった。


「なんにもなかったのです。このあたりに魔物はいないです?」


「そんなことは無いと思うんだけど……あれ、そういえば……」


 ここに来る途中で見つけた足跡はどこに消えたんだろうか? 確かにこのあたりは草が多く、足跡が見つからない。と言っても森にも獣以外にはおらず、隠れる様な場所もなければ隠れる必要もない。


 一番何かありそうな湖も、ラピスが潜った限りでは普通に魚がいるぐらいで危険な奴はいなかったとのこと。一体どこに何がいてどうなっているのか……謎は深まるばかりだ。


「ご主人様、ご飯だって」


「了解。あれ? ジルちゃん、指輪は両方とも光ってるね」


 視界に入ったジルちゃんの両手に付けている指輪は、2つともしっかりと光っていた。どっちが最初に光っていたのかわからないぐらいだ。なんで2つ欲しがったのかはしっかり聞けてないけれど……もしかして6人目がいるのかな? カタリナとかこの前言ってたもんな……まさか俺との子供が!?


「ジルちゃん、カタリナって誰の事?」


「あ……えっとね……えっと……んー、ないしょだよ」


「はわわ……これが天然の威力という奴なのです。自分まで打ち抜かれたのです」


 えへっ、なんて付け加えられたら俺にはそれ以上追及することなんてできなかった。小走りに戻っていくジルちゃんを、俺とニーナは寄り添うようにして見送るしかなかった。あ。ご飯だったよな……。



「せっかくなので塩焼きにしてみましたわ」


「魚が目の前にいるんだから当然よね」


「丸かじりが一番だよねー」


 この湖に来てからは食事の大半に魚が出て来た。それに不満は全くない。何故だか魚を食べてるときは皆猫キャラっぽくなるのが謎なんだけど……ってあれだ、俺がそう妄想してたからそれに引きずられてるのか。


(みんな、ごめん……)


 内心謝りながらも食事を終え、火の始末をしていた時、ふと視線を感じた気がした。顔をあげて周囲や空を見て確かめるも何もいない。あるとしたら……太陽ぐらい。


「そういえば……誰が俺たちを、人間を観察しているんだろうな……」


「そうよね、今も特に何も飛んでるような感じはないわよね」


 実際、何も飛んでいない。雲1つ無く……太陽がさんさんと輝いて……太陽? 思い浮かんだ仮説に、俺のどこかがそんな馬鹿なと叫び、別の部分がそれしかないと叫ぶ。そう、そこにあって誰も疑問に思わない天上の……目。


─瞬間、太陽が……欠けた


「!? 日食だ!?」


「これが日食……確かに段々削れてるわね」


「みんな、見て! どんどん薄暗くなってるよ!」


 結果だけ見れば、俺も経験したことがあるように日食で太陽の光が減り、周囲が薄暗くなっただけ。ただ……それだけのはずだった。だというのに、俺もみんなも嫌な予感を抱いているのか円陣を組み、周囲を警戒し始めた。


そもそも、日食はこんなに早く暗くなるものだっただろうか?


(なんだ? 何か……来る?)


「貴石解放しよう……」


「備えは大事なのです」


「変身……だよ」


 周囲にはそれ以外の変化は何もないというのに、俺は湧きあがる何かと共にみんなを次々と貴石解放した。薄暗い周囲をみんなの光が照らす。それが収まった時、周囲は明らかに日食以上の何かが起きていた。


 まるで夜のように、暗くなっていく周囲。それだけではない……どういう理屈か、湖も光り始めていた。色合いとしてはブラックライトで照らされたような感じに近い。そうなって初めて俺は、魔物達がどこに行ったかを……確信した。目に見えるだけが、世界じゃあない!


「離れよう。出て来るぞ」


「そういうこと……緊急避難先ってことね……」


「この気配……ただ事ではありませんわ」


 ゆっくりと、確実に湖から距離をとった俺たちの視線の先で、湖はさらに光に包まれた。その湖面に、光の線が走る。模様を形作っていくそれは、まるで魔法陣。対岸がぎりぎり見えるかどうかだった湖は、暗い、紫色の光に包まれていた。


「トール様、あれ全体が大きな装置なのです!」


「来たよー!」


 果たして、俺たちがきっかけだったのかそれとも時期的に偶然だったのか……それはわからない。けれども、6人の前に広がっている湖から魔法陣はついにそのまま柱となり伸びあがる。そして……奴らがひどくあっさりと出て来た。


「やるしかないかしらね?」


「ここにはボクたちだけだからねー」


「皆一緒ならなんら問題ないのです!」


「心配なのは相手の数ですけど……」


「全部、たおす……それだけ」


 数えるのも嫌になるほどの相手が、ぞろぞろと湖面に浮き上がるようにして出てくる。先頭の魔物、見える限りはまずはゴブリンやオークといったなじみの相手ばかりだけど……はこちらを見るなり走り出した。


「出来るだけ範囲攻撃! 下がりながら倒すよ!」


 踏みとどまって、というのはダメな気がした。相手の増援もあるだろうし、細く引き伸ばしながら戦うことを優先したのだ。返事代わりに飛び出したルビーの生み出した炎が、日食で暗い周囲を赤く染め上げていく。


「手ごたえありよ! こいつら、強さは全然だわ!」


 環境破壊以外の何物でもないけれど、今日ばかりは大目に見てもらおう。それだけ、俺たちはとにかく範囲を広げて貴石術を撃ちながら下がっていく。周囲が暗いので、相手がどんな奴かを詳細に確認することができないのだけど、四つ脚の何かも混じっているような感じだった。


「竜巻だっ!」


「地割れに飲まれるのです!」


 視界に何本もの竜巻が産まれ、その間を地割れが遮るように魔物を飲み込んでいく。だというのに、奴らは数を減らしながらもこちらに迫ってくる。後ろに、何かがいるのは確実だ。そうでなければいい加減に逃げるだろう規模の攻撃を繰り返している。


「凍らせても動こうとするのがいますわね……」


「誰か……いる?」


 そうして戦いながら、おかしなことに気が付いた。空が、暗いままだ。俺が知る限り、日食はそんなに長くは続かな……!?

 空の太陽は、暗いだけでなく白くリングのように見えるはずの光も……いつしか色を変えていた。


 俺が視線を向けたことで、まるで……見つかっちゃった、そう言わんばかりに空から何かが落ちて来た。同時に、なぜか魔物達は動きを止めた。


「悪魔の石……どうしてここに……」


 見た目は一抱えはある大きさの石。それが空中から落ちてきたというのに地面に衝突する直前に減速した。明らかに、何かの意志が関わっている。そして、黒い結晶である悪魔の石は変形した。


「……誰?」


「まさか本当にこうなるとはね……まったく」


 ジルちゃんの問いかけにも、ルビーのつぶやきにも答えは無い。みんな、なぜか動きを止めた魔物と、石が変形した……黒い人影を睨んでいる。そんな中、俺は相手の正体というかどんな存在であるかということを全身で感じ取っていた。


 この感覚は……女神様と同じ物。


「あんたは……女神様と同じ、神さまか?」


「一緒にするな、そう言いたくもあるけれど……似た様なものかねえ」


 マネキンのようだったつるりとした表面が変化し、そこに現れたのは女神様とほぼ同じような姿だった。全身黒く、立場の違いは明確に……黒女神といったところだ。


「おめでとう。貴石人たちよ。ここまで人間が戦えているのもあなた達のおかげ。だからこそ、ここで消えてもらうよ」


 瞬きの間に、黒女神は俺のすぐ目の前に迫っていた。聖剣を構える暇もなく、繰り出された漆黒の剣が……横合いからのジルちゃんに阻まれた。


「ご主人様は、やらせない!」


「なるほど……ではしばらく踊ってもらおうか!」


 暗い、夜とは違う空間で戦いは始まった。

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