09. 約束
「お前の告白は受けられない」
『そうか!』
喜色が滲むのを聞くに、ジンクス目当ては確定だろう。
山田が五パーセントの男じゃなくて、ホントによかった。
「彼女を作りたくて、演技したんだな?」
『いや、それはさ……』
「先に相談しろよ。告白の真似するからって、言えばいいだろ」
『そんな! 真剣にやらないと効果がないって。唐辛子まで塗らされたぞ、目に』
赤瀬はハンカチで顔を拭きつつも、耳を寄せて会話に聴き入る。
頭が近過ぎて、青いヘアピンに向かって喋っているようだけど、まあいいや。
ここからが重要なんだ。
「お前が誰と付き合おうが、別に構わない。祝福してやるよ」
『おう、ありがと。さすがシュウ!』
「相手が赤瀬以外ならな」
『え?』
さあ、言え。言わないと。
「赤瀬と付き合うのはオレだ」
『シュウ……』
「他のヤツには、絶対に渡さない」
『それ、赤瀬にも言うのか?』
「ああ、何回でも言う。オレは赤瀬が好きだ。彼女になってほしい」
最後は山田への言葉じゃなかった。
息を止め、間近で俺を見上げた赤瀬へ向けたものだ。
されたことなら何度でもあった好きだという告白を、この日、オレは初めて自分からした。
硬直したように、彼女は瞬きすらしない。
返事を待つ間は、こんなに不安を感じるのか。
“告白って、勇気がいるんだから”
そうだな、赤瀬。
先に頑張ってくれたのは、お前だった。
「ごめん」
自然と口にした謝罪に対して、彼女はぶんぶんと首を横に振る。
潤む
なんだよ、結局泣くんじゃねえか。
やめてくれって。もらい泣きしちまう。
赤瀬は口で返事をする代わりに、態度で思いを示した。
トートバッグが地面に落ちる。
オレのコートを両手で掴んだ彼女は、胸に埋めるように額をくっつけた。
包みを持った右手を、
マジか。左手のスマホが邪魔だ。
「まあ、そういうわけだから。切るぞ」
『やっとくっつく気になったか。赤瀬もオーケーしてくれると思うよ』
「ん? 恨んだっていいんだぞ」
『なんでだよ、ずっと応援してたのに。シュウは鈍感だからなあ。そりゃ赤瀬も苦労するわ』
言葉の意味を理解するのに、一拍を要してしまう。
山田が好きなのは、赤瀬ではなかった。
それどころか、オレを振り向かせたかった彼女は、山田へ相談までしていたらしい。
告白するなら、公園でピンクの贈り物がいいって、そりゃジンクス用じゃねえか。
的外れなアドバイスのせいで、空回りさせられたってことかよ!
『お似合いの二人だな。おめでと』
「あ、ああ。ありがとう」
通話が切れると、赤瀬に今の話が本当かと聞いた。
少し身体を離した彼女は、山田の助言で告白を決断したのだと認める。
オレを追う赤瀬の視線に、山田が気づいたのは最近のことだ。
始まりはもっと昔、夏休みよりも前。オレが楽しそうに話すゲームのタイトルを覚え、休み中にやり込んだのだとか。
会話に交ざる機会を窺い、待つこと半年、ようやく友人になれたと喜ぶ。
だが、そこでジンクス騒動が持ち上がった。
いくら断るとオレが請け合っても、立て続けに告白されたら気持ちも揺れるのでは。そう考えた赤瀬は、思い切って山田へ相談する。
山田が、悩む彼女の背中を押してくれたのだった。
「なんかカッコ悪いな、オレ。みんなに気を遣われてんじゃん」
「もう、全部許す……」
「泣き過ぎで風邪引きそうだぞ。場所、移動しようか」
「うん……。あ、でも。もう一回だけ」
再びしがみついた彼女を、今度はオレも両手で抱く。
最初は弱く、次第に強く。
次の電車が到着するまでの十五分、オレたちはずっとそうやって、お互いを温め続けた。
◇
付き合うとなれば、改めて喋りたいことは山のようにある。メッセージで話そうと言うオレの申し出を、赤瀬は即座に拒絶した。
そんなことをしたら勉強が出来なくなる、だってさ。
一緒に遊ぶのも、長電話も、受験が終わってから。
しっかりした彼女で素晴らしい。
……ふふっ、彼女かあ。
何としてでも、受かってやる。合格して、薔薇色の春休みだ!
受験にかける熱意は限界突破する勢いだが、赤瀬には負ける。
アイツはこの直前に、第一志望を変更した。後期試験こそ本命で、オレと同じ大学を狙うらしい。
わずかに難易度が上がってしまうため、これから必死で追い込みをかけるそうだ。
いつもより気力の充実した土曜日の夜。
割れたチョコレートを食べながら、参考書を開く。
さあ、勉強だ。
気合いを入れてシャーペンを握った瞬間、スマホが着信を伝えた。
「……山田か」
コイツにも、礼を言わないとなあ。
友よ、いろいろ疑ってすまなかった。だからって、告白してきた恨みは消えんぞ。
『シュウ、やったぜ!』
「ん、どうした?」
『彼女だよ! オーケーしてくれた!』
そう言えば、山田は誰と付き合いたかったんだ?
赤瀬以外に、親しい女の子なんていなかったのに。
『シュウのおかげだ。本当に感謝してる』
「そりゃよかった。で、その彼女ってのは――」
『俺の親友はシュウだけだ。困った時は、何でも言ってくれ』
「ああ、ありがとよ。んで、誰に告白されたって?」
「違うって、告白は俺からだ」
ウフウフと気味の悪い含み笑いのあと、山田はその名を告げた。
『
「……誰? 知らんぞ、そんなヤツ」
『同じ中学だろうが! 赤瀬にフラれても、栞さんには手を出すなよ』
不愉快な想定はさておき、シオリなんて覚えがない。
シオリ、シオリ……。
……ああっ!
「お前、まさか。鈴原栞かぁっ!?」
「話せば話すほど、いい子だなって。会ってビックリしたよ、めちゃくちゃ美人じゃん」
眼科へ行け。ついでに耳鼻科も。こんな趣味の悪い男だったとは。
他人を思いやる優しい女の子。たまに暴走するのも愛嬌だし、素直に反省もする。おまじないを信じる古風なところが、また魅力的なんだとか。
鈴原に惹かれた山田は、彼女のクラスへ通い始めた。イケメン好きの鈴原のことだから、愛想を振り撒いたのは想像に難くない。
美男美女、お似合いのカップルなんだろうか。山田が騙されているような気もするけど。
大体それ、ジンクスの効果じゃないような。
最凶の毒キノコに手を出すなんて……いや、ちょっと待てよ。これは利用できそう。
「お前さ、鈴原のジンクスは知ってるのか?」
『何のことだよ。栞さんにもあるの?』
「アイツと別れると、二度と彼女が出来なくなるらしいぞ」
『え。あー、えっ?』
上手く行くかは山田次第だろうが、精々頑張れ。それくらいの罰は与えても叱られまい。
鈴原を手懐けるのは、お前の役目だ。
そして当然、山田からも質問がある。
『まあいいや。そんでさ、シュウは赤瀬に告白したのか?』
「ああ。付き合うことになった」
『そりゃいい。早く受験が終わんないかなあ。ダブルデートとかしてみようぜ』
「馬鹿か、絶対イヤだ」
『なんでだよぅ! 栞さんも、末永くよろしくって言ってたぞ。シュウのこと、熱心に尋ねるんだ。ちょっと焼けるわ』
鈴原の悪夢は、今もって消えず。
大学でまで騒ぎを起こすなよ、まったく。
でもまあ、ジンクスなんて、もうどうでもいい。来たけりゃ来いよ、全部断ってやるから。
通話を終えたスマホの電源を切ろうとして、途中で握り直した。画像フォルダを開き、夕方に撮った赤瀬を表示させる。
鼻の赤い顔も可愛いけど、実物にはとても敵わないな。
ほんの数ヶ月先、オレたちがどうなっているかは誰も答えられまい。
どこへ行って、何をしているのか。
だけど、一つだけ断言出来る。
これからの一年は、いや、この先ずっと、オレは赤瀬と一緒に歩んでいく。
今日、別れる際に交わしたその約束へ、彼女も力強く頷いてくれた。
スタンドにスマホを載せたオレは、画像の彼女に見守られて、英語の問題に取り掛かる。
“ずっと離れないでね”
――もちろん。離すかよ。
以上が高校生、最後の冬の出来事だ。
生涯二度と味わえない、最高のバレンタインデーだった。
了
オレに告白すると彼氏ができるらしい(オレ以外の) 高羽慧 @takabakei
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