08. ピンク

 駆け回る子たちに、それを見守る母や父。孫を連れた婆さんまでいて、公園は盛況だ。

 北風の厳しい二月でも、幼い子供には関係無いらしい。


 あいにくベンチは満席だったので、隅に植えられた木の側へと移動する。

 葉も無いのに、黄色く細い花弁が満開で美しい。マンサクの花だと赤瀬が教えてくれたが、植物談義をしに来たわけではなかろう。


 相対したオレたちは、しばし無言でお互いの顔を見つめた。

 いや、見ているのはオレだけか。赤瀬の視線は落ち着き無く、俺と花とを往復する。


「おい、一体――」


 焦れたオレが質問するのと、彼女がバッグへ手を突っ込んだのは同時だった。

 引き出された右手には、ピンク・・・の包みが握られている。


「これ、もらって!」


 赤瀬は頭を下げ、その包みをオレへの貢ぎ物のように捧げる。

 手紙どころか、プレゼント攻勢とは。


 クラスでも、誰が誰に告白したとか、恋話コイバナで盛り上がる女子はいる。アイツら、その手のネタが大好物だから。

 告白なんてロクなものじゃないと、そんな噂を聞き流していても、まだどこかで憧れもあった。


 本当に好きな子から告白されたなら、きっと有頂天になるんだろうなって。

 赤瀬からなら、舌がもつれるくらいに嬉しかったかもな。


 でも、これが果してそうか?

 彼女が付き合いたい相手は、誰だ。


「山田に聞いたのか?」

「あっ、うん。浅桐くん、告白されまくってるって」

「だから赤瀬も――」

「あせっちゃったんだ。受験前にゴメン」

「そうか。なんでここに来たんだ?」

「公園がベストだって、教えられて」


 ジンクスか。ピンクも公園も、山田を経由した鈴原の入れ知恵かよ。

 こんなの断じて違う。

 赤瀬にだけは、利用されたくなかった。


「プレゼントは受け取れない。これで満足だろ」

「え……」

「そんなもの、要らねえよ。とっとと持って帰れ」

「断られる……のは、覚悟……」

「用は済んだだろ? 赤瀬といい山田といい、凝りすぎなんだよ。そんなゴミ・・、自分で処分しろ」


 苛立つ気持ちが、剥き出しで口をつく。

 オレの気持ちなんてお構いなく、今までの相手なら礼の一つでも述べて、笑顔で去ったはずだ。

 断られれば、彼氏が出来る。ジンクス成立を遂げた赤瀬は、だけど、ボロボロと泣き出した。


 頬に太い線を描き、大量の涙が彼女の顎からしたたる。

 何かを言おうと口を開いても、詰まった呻きしか出せないみたいだ。

 こんな顔、中学でも高校でも、生まれてこの方一度だって見たことが無い。


 プレゼントを持っていた右手を、だらんと下に垂らした赤瀬は、そのまま包みを地面に落とす。


「なん……、赤瀬?」


 赤瀬の白いスニーカーが、プレゼントを踏み潰した。

 彼女は何も言ってくれない。

 何か間違えたのか?

 赤瀬を泣かせたのは、オレか?


「待ってくれ、昨日も山田がここで――赤瀬っ!」


 言い訳などする暇も与えず、彼女は全力で駆けて行った。


 どうして赤瀬は泣いたりした?

 疑問ばかりが心に渦巻き、冷静に考えをまとめるのが難しい。

 追いかけないと。

 でも、ちゃんと告白を断った・・・じゃないか!


 腰を屈め、足跡の付いたピンクの箱を拾い上げた。

 破れた包装紙から、二つ折りの小さなカードが一枚覗く。

 メッセージは一言のみ。


“大好きです”


 箱から漂う匂いで、その中身も見当がついた。

 チョコレートだ。

 今日は十四日、バレンタインだった。


 電話――そう、電話ならすぐに出来る。

 赤瀬が出たら、説明でも弁解でも、息を継がずにまくし立てればいい。

 メッセージより生の声と考えた赤瀬に感謝して、先ほど得たばかりの番号をスマホに表示させた。


 呼び出し音が延々と繰り返されるが、彼女の声には切り替わらない。

 左手で包みを握り締め、駅へと走り出す。


 まだ間に合う。

 頼む、謝るチャンスをくれ。


 黄色に変わった信号も気にせず、道路を横断して改札へ。

 肩が触れたサラリーマンに舌打ちされたが、知ったことか。


 赤瀬が帰宅する気なら、下りのホームにいる。

 最奥の階段を駆け上がれば、そこに赤瀬はいるはずなんだ。

 スマホの呼び出しも続けつつ、段を飛ばして上るオレの耳に、電車の到着を告げるアナウンスが届いた。


『四番線に電車が参ります。白線の内側までお下がりになって――』


 ホームに顔を出したオレは、急いで四番線に並ぶ乗客を見回す。

 よりによって、部活を終えた中学生の一団とかち合ってしまった。

 ベージュのコートを探したいのに、彼らがい立てとなって邪魔をする。


 前か、後ろか、どっちから赤瀬は乗る?

 一か八か最後尾へと走るオレの横に、到着した電車が滑り込んだ。


 求めた黒髪は、いない。


 前方へ向き直し、役に立たないスマホを仕舞って、息を深く吸い込む。

 発車の警告音に負けじと、出せる限りの大声で叫んだ。


「赤瀬えぇーっ!」


 お願いだ。もう一度、やり直させてくれ。


 皆はオレへ振り向きながらも、電車に乗り込み終わり、ドアが一斉に閉まる。

 六両編成の快速電車が遠ざかると、冷たい風が顔へ吹き付けた。


 人がいなくなった四番線に残るのは、額に汗を浮かべるオレ。

 そして、ずっと前方に、赤瀬が一人こちらを向いて立つ。


 ホームの端から端まで走るオレを、彼女はただじっと待ち続けた。

 近づけば、赤瀬はまだ泣き止んでおらず、肩を震わせているのが見て取れる。

 赤く充血した二つの目を前に、何から伝えるべきなのか。


「オレに告白すると、恋人が出来るって山田は信じた」

「な……に?」

「赤瀬が信じなくったって、山田はそう考えたんだ。だから昨日、俺に告白しやがった」

「山田くんが……?」

「そうだ、あの馬鹿がな。彼女が欲しかったからだ。今から山田に電話するから、よく聞いててくれ」


 山田が単純なだけで、普通はジンクスを聞いても信用しないだろう。

 だけどもう、おかしな告白騒動の説明は後回しだ。

 アイツが赤瀬と付き合いたいと言うなら、オレも覚悟を決めなければ。


 スマホの通話ボタンを押し、今から話す言葉を頭で繰り返した。

 顔をくしゃくしゃにする赤瀬から、目を逸したりするもんか。

 彼女をしっかり見て、告げよう。


『シュウ! 返事か?』

「ああ」


 スマホの音量を上げ、オレは山田との会話を赤瀬にも聞かせた。

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