第2話 はじまりの100タイトル
そうこうして、私は、とあるwebサイトの新レーベル立ち上げメンバーになった。
やりたい仕事ができると言うのは、なんと幸せなことか。
ただひとつだけ、やる気と引き換えに給料が下がりまくったこと以外はパーフェクトな転職だった。
当然だが、営業をやっていた当初の年収からするといきなり未経験の他業種へ転職。
おまけに当時はエージェントの使い方を知らず、会社の言い値で移ったものだから、びっくりするくらいの安月給になったのだった。
……とは言え、仕事で良い成果を上げさえすれば、評価してもらえるはずだ!と、この時は、ただひたすらポジティブであった。
***
「はい、ここから順に読んで」
入社してすぐ渡されたのは、A3サイズに印字されたエクセルのリスト。
業務は、作品を100本読むところから始まった。
任されたのは、公募を締め切っていたコンテストの受賞作品の二次審査。
テキスト、ワード、PDF……様々な形式で集められた作品たちは下読みが終わり、「ある程度整ったもの」として、社内フォルダに収まっていた。
上長から「みんなでこの中からサービスの目玉となる作品を選ぶ」と言われた時、責任重大だな……と震える気持ちでいたのを今でもよく覚えている。
大賞にはそれなりの賞金が用意されていたし。
何より……。
一般投稿のユーザーからすれば、サービスへの評価、サイトカラーを決める作品を選ぶのだ。
とは言え、自分たちが面白いと思うものでなければ意味がない。
そんな小さな気負いとストレスを抱えながら、リストの上から順にテキストファイルを開き始める。
「文字多……っ」
思わず声が漏れた。
画面いっぱいに字、字、字……!
改行されていない15万字は、なかなかパンチがあった。
「こ、これがあと100本あるのか……」
面接でも伝えてあったのだが、実は、私はそれまで活字を読むことが得意ではなかった。
断っておきたいが、文字モノを読んできていないわけではない。
ただ、「アニメと漫画と小説の中で一番好きなものは?」と聞かれれば、まず間違いなくアニメと答える。私はそう言う人間だった。
気合いを入れながら少し読み進めて効率の悪さに気づく。
今まで見ていたwebサイト上では、著者が横書きでの読みやすさを意識して自主的に改行を入れたりしてくれていたのだ。
「あー……もうこれ全部投稿サイトにぶち込もう!!」
すぐさまベータ版の投稿画面で非公開アカウントを作り、テキストをコピペで読み始める。
そこまでだいたい1作品読み終わるのに3時間〜4時間くらいかかっていたものが、2時間近くまで効率が上がった。
そのコンテストは、1タイトル10万字以上であることが必須条件だったため、100本=100冊以上を5日以内に読まないといけなかった。
「どう考えても残業必至や……」
「うう……推敲ぐらいして……ください」
「予測変換間違えてるよ…」
「はあ……」
「キャラの名前、違うよね……」
「ふう……ちょっと泣きそうになった」
画面に向かいながら、独り言が止まらない。
隣にいた同僚はきっと、うっせーなと思っていたに違いない。
出社2日目から、彼女のデスクには大量の紙の束とヘッドフォンが置かれていた。
そんなこんなで結局、読み返しを含め、120冊分くらいは読んだと思う。
途中、10タイトルくらいを読み終えた時、シートに数字を入れながら、ふと心が痛くなった。
プロットや応募メール、そして本文に、作家さんそれぞれの気持ちが垣間見えるからだ。
これは自論だが、『創作は心を消費する』。
人の時間は有限だ。
その限られた時間の中で、創られた大切な作品をこんな素人が選んでいいのか……?
私が優れたクリエイターであったら、そんな迷いもなかっただろう。
今ならいくつ持ち込みがあろうと自分らしく楽しめるが、当時の私にはそれがひどく重いものに思えて仕方なかった。
とある場所で編集をしていた。 食パンジャンキー @nbi104515
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