悠二と祈里 クラリネットとトランペットのための
高校1年生の時、あれは12月初冬の出来事だった。
俺はトランペットを片手に祈里を探していた。パート練が終わったらちょっと楽器を持って来て、指導してあげるからと言われてしまったのだ。
「悠二、どうした?」
クラリネットの1年生男子が声をかけてきた。こいつなら祈里の行き先、知ってるかもしれない。
「天本から練習見てやるって言われて。パート練が終わったら来いって言われたのだけど考えてみたら場所を聞いていなくて音楽室かなと思ったんだけど」
「天本さんならなんか『急がなくっちゃ』って数分前に楽器と楽譜を片手に出て行ったけどな」
「えー」
あいつ、どこに行ったんだよ。って思っていたらスマフォが振動した。すぐポケットから取り出してみると、
「3年3組の教室へ1人で来て。つけられたらダメだから」
という祈里の無体な命令が届いていたのだった。
西陽がさしている3年3組の教室に行くと教室窓側前列の席で祈里が聞いた事のない旋律をクラリネットから響かせていた。ソロ曲ではないようで欠落を感じる間があった。すると祈里は悠二が来たのに気が付いた。
「悠二くん、中に入って引き戸を閉めてくれる?」
「うん」
言われた通りにして祈里のところへ行った。
「で、俺のトランペットの練習を見るというのと今の聞いたことがない曲はどういう関係なんだ?」
「トランペットの練習なんかみないよ」
「ってなあ。お前、俺が下手過ぎる、特訓だって言ったんだぞ」
祈里は悪魔の笑顔で応じた。
「あれは嘘」
「嘘ってひどいな。帰るわ」
悠二がわざと呆れ顔でそういうと祈里は慌てた。
「あ、嘘には理由があるから。まあ、これをみて」
彼女が俺に渡してきたのはプリントアウトされた楽譜だった。
題名は「曲名未定」。
「曲名未定ってすごいタイトルだな」
「あのねえ。悠二くん。それは曲名が決まってないって事であって曲名じゃないよ」
「すまん。今のはわざとだ」
むくれる祈里はちょっとかわいいのでたまにやってしまう。
「で、これってクラリネットとトランペットの二重奏って祈里が作ったのか?」
2度も頷いてきた祈里。
「そう。だから悠二くん。トランペットパートやって」
何故か祈里は顔を真っ赤にしていたが鈍感な俺はこの時その理由を自覚してなかった。祈里、確かに俺は鈍感だと思うけど、この時のやり取りは今思い出しても愛おしいんだよ。
(短編)共鳴の断片 早藤 祐 @Yu_kikaze
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます