第17話 増大する恐怖



 ティルは早速、ジエラックが献上した銀色の腕輪を手にとった。ジエラックはティルを凝視し、ティルの身体の右側と左側の力の流れの違いを感知した。


「心臓に近い、左腕につけなされ。血脈において、竜人化の影響を受けているかもしれませんぞ。」


血の流れとあらゆる力が関連していることをジエラックは経験から知っていた。ティルは黙って頷き、左手首に銀色の腕輪を嵌めた。カチッという音ともに装着された。その直後、溢れていた力が落ち着くのを感じた。そして、遠くを見た。竜眼の能力も抑えられ、視力も元に戻っていることに気が付いた。


ティルは、ホッとした表情を浮かべ、ジエラックに言った。


「銀の腕輪を着けたら、竜の力が鎮まったみたい」


「ふむ。一端、これで抑制できるはずじゃ。ただ、竜の力の使い方次第では・・・姫の時間は、それほど無いかもしれませんぞ」


ジエラックは神妙に言った。ティルは黙って頷いた。その表情は固かったが、すぐに笑顔を見せた。


王とジエラックは立ち上がり、頭を下げ、ティルに謝罪した。3才の時に竜の依り代にしてしまい、過酷な運命を課してしまったことを・・・。ティルは静かに笑って言った。


「お父様、ジエラ爺、竜の依り代になっていなければ、私は城まで辿りつけませんでした。今は竜の力を上手に使い、この島を守りたいと思っています。」


微かにティルの両手が震えていた。それを聞いたカルタは、ティルの発言がとても潔く聞こえた。一切、周りの大人を責める発言はなかったのだ。不覚にも思わず涙が溢れた。声を出さず泣いた。


その様子を見たホスマは驚き、カルタに言った。


「鬼のように強いカルタ殿が、泣かれるとは・・・」


「姫様が立派になられたことが嬉しいのだ。自分が感じている恐怖ではなく、他者を守りたいと口にする姫様が誇らしいのだ」


カルタは心情を伝えた。カルタは知っている。ティルは妃と似ていると言われるが本質は違っていることを・・・。ティルは妃と同じく未知のことに対しての好奇心や探求心は強いが、自分や自分の大切な存在が傷つくことに対しては非常に臆病であることを理解していた。そして、その臆病な気持ちを必死で隠そうとしていることも分かっていた。だからこそ、いじらしく感じた。目の前の席で、何事にも動じずに常に静かに笑っている妃とは根本的に違っている。カルタは、そう思っていた。

 

 王はカルタの涙を見て、感謝した。ティルに対するカルタの愛情が嬉しかった。王は、自分や家族よりもスカイドラゴンシティーの住民のことを優先し生きてきた。そんな自分の代わりにティルに対し、父親としての教育や役割を担ってくれていたカルタに頭が下がる思いだった。



 一方、その頃、スカイドラゴン上空に変化があった。黒い光と共に新たな、巨大魔法陣が出現したのだ。同じく上空にいる闇の勇者バルトは、ゆっくりと、視線を魔法陣に移した。魔法陣からは、巨大な魔力が漏れ、同時に多数の羽の生えた悪魔が出てきた。数百をも超えるガーゴイル軍団が出現したのだ。何体か恐ろしい程の力を持ったガーゴイルがいるが、その中でも先頭にいる一際、身体が大きい、全長3メートル以上はありそうな怪物がいた。そのガーゴイルからは異常な程の圧迫感と黒いエネルギーが感じられた。両手指に備わっている鎌のような爪先までも力で漲っているようであった。その怪物の名はリット。ガーゴイル軍団隊長・リットであった。体色も他のガーゴイルは真っ黒であるが、リットは青みがかかっていた。リットは、ゆっくりと下降し、バルトに近づいた。




 3階の大広間では、避難している住民達も上空での異変に気づいた。住民達は窓側に集まり、外の様子を見ようとした。真っ先に目に映った物は、新たな巨大魔法陣であり、そこから出現する数百の羽の生えたモンスターであった。死霊だけではなく、自分達がいる城の近くを新たに、何百体ものガーゴイルが飛んでいるのである。視界に入った瞬間、住民達に巨大な恐怖が襲った。大広間から悲鳴に近い、叫び声が上がった。腰を抜かす者、目を閉じ、耳を塞ぐ者、窓際から逃げようとする者、大広間はパニックになった。子供達の泣き声が異様に木霊した。兵隊達が住民達を落ち着かせようとするも、恐怖によって空間は既に支配されていた。

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