売国奴
スヴェータ
売国奴
国を売った。300ピェリエで。そう、たったのそれっぽち。靴下1足分くらいかな。いやいや、僕は少々高過ぎたかとさえ思っているよ。
思えば、僕たちはあまりに無力だった。大した資源はないし、強力な軍隊も持たない。おまけにあの年は作物も満足に育たなかったから、それはそれは苦労したよね。
だから国を売ったってわけじゃない。その苦境から立て直すくらいなら、僕だってできたかもしれないし。ただ、どうしたって無理だと思う「アレ」があったから売ったんだ。
なあ、分かるだろう?だから君たちは今、生きているんだから。銃弾の雨よりも、不意に周囲を吹き飛ばす爆弾よりも怖かっただろう。コツコツというあの足音がね。
僕はほら、王宮にいたから、それは聞いたことがなかったさ。でも噂には聞いていた。もう既に隣国の秘密警察たちがやって来て、女も子ども関係なくひっ捕まえてどこだかに連れて行っているって。
もちろん僕は彼らがどこへ連れて行かれたか知っているよ。何せ王様だからね。それくらいの情報は持っていなきゃいけない。行き先はセリャンタ。謂わば収容所だ。
セリャンタから帰って来た人なんていないだろう?そうさ。殺されているんだから。僕はそれだって知っている。でも、どうすることもできなかったんだ。
隣国はあまりにも強かった。あっという間に僕たちの土地に入り込み、深く深く侵略していった。僕たちの血は穢れていて、僕たちのせいで隣国の繁栄が阻まれている。それが彼らの言い分さ。ああ、とんでもないよね。
君たちもその理不尽を味わったし、その恐怖に怯えていただろう?僕もそうさ。民が苦しんでいる姿に心を痛めない王なんていないよ。とにかく、何とか君たちを助けたかったんだ。
それで国を売った。そう、スルォーナヤさ。海を挟んで北の国「スルォーナヤ」が、僕たちを助けるって言ってくれた。それ自体はありがたいことだって、君たちも思うだろう?
分かっているさ。怒っているのは提示された条件だって。そしてそれを僕が呑んだことだって。3つの条件、改めて確認したよ。
1. 国の名前「カチョレンサ」を捨て、身も心も「スルォーナヤ」国民となること。
2. スルォー語を使用し、決してカチョレンサ語を使用しないこと。
3. カチョレンサの歴史を書き記すなどして後世へ伝えないこと。
……確かに厳しい条件だ。けれど、民の命の方が僕には大切に思えた。スルォーナヤは強国だから、きっと僕たちの命は守られる。それがなくて何が国家だと、僕はそう思ったんだ。
おかげさまで僕たちの命は守られただろう?それで戦争が終わった今、5年経ってもこうして生きていられるんだ。侵略して来た隣国は負けたから領土は返ってきたけれど、スルォーナヤに頼らなかったらそこに住む人がいなかったはずだ。
君たちが今、「帰る土地があったはずなのに」と憤る気持ちは分かる。分かっている。けれど、あの時はそうしなければ生きながらえられなかったことを忘れてはいまいか。
300ピェリエ支払って、僕はスルォーナヤの「カチョレンサ統治大臣」の証となるバッジを買った。今や金属は貴重品らしくてね。大臣は皆、300ピェリエ支払ってバッジをつけているんだ。
ただ、僕の300ピェリエは他の大臣たちとは違う。そんなことは重々分かっている。これはスルォーナヤ国民を代表するバッジだからね。国を売って地位を得たことは、疑いようもない事実さ。
しかしながら、僕は後悔していない。君たちがこうして僕に話を聞けるのも、隣国に理不尽に殺されなかったからだ。それは、僕が国を売ったからなんだ。これもまた、疑いようもない事実さ。
だから、どうか火炙りにしようなんて考え、改めてくれないか。僕はただの売国奴じゃない。君たちの恩人であるはずなんだ。
売国奴 スヴェータ @sveta_ss
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