先輩編
「ごめんね、少しだけ待って」
松本君にそう言われた数日後、私の勇気はぽろぽろと流れ落ちるものに変わった。それでも懲りない私は、松本くんを一週間後に迫った花火大会に誘おうとしている。
ガラガラ
振り向くとそこには後輩の野山くんがいた。ドカドカと音を立てながら近づいてくる。表情も相まってホラー映画さながらだ。だけど、そういう不器用なところかわいいな。
「先輩、一週間後の花火大会、一緒に行きませんか?」
どうしよう、彼の緊張している様子からして、どうやら本気らしい。この気持ち、無下にできない。それに……
「ごめん、少しだけ待って」
「分かりました」
それだけ言うと、野山くんはスタスタと歩いて消えていった。さあ、松本くんを誘うか。
サッカー部の練習が終わった頃を見計らってグラウンドに降りる。すると、松本くんがいた。
「一緒に帰らない?」
「いいよ」
いつも優しい松本くんは大会では十番をつけてみんなを引っ張るのに、普段の練習では人一倍気を使って、裏から部活を強くしている。そんなところにギャップ萌え、したのかもしれない。
「あの、一週間後の花火大会、一緒に行けないかな」
数十秒の沈黙の後絞り出したこの言葉。優しい彼は、いいよと言ってくれるだろうか。
「ごめん、その日は大会があって行けない」
「あっ、そうなんだ。大会頑張って!応援してるから!」
本当は知っていた。それでも、来てくれるかなって夢を見ていた。
あんなことがあったのに一緒に帰ってくれるのは、優しさなのだろうか。違うんじゃないかと、私の上には消えない雨雲がもくもくと現れた。
花火大会前日、私は野山くんを呼び出した。
「この前のことなんだけど」
「なんですか」
「行けることになった。よろしくね!」
こういう時ぐらい愛想よくしないと。野山くんだって頑張ったに違いない。だけど、そんなことを考えずとも私の言葉、表情に嘘は無かった。
当日、野山くんは紺色の甚平を着て来た。ここも不器用でよかったのに。少し格好よく見えてしまうから。
「へー、案外センスあるんだね。見直しちゃった」
「先輩だって、白の浴衣似合ってますよ」
なんだかあどけないけど、こんなやりとり、松本くんとはできないな。
「ありがとう!」
ああ、どうしよう。年下は好きじゃないって公言しているんだけどな。こうなったら、全部野山くんのせいだ。そうしよう。
会場につくと、ファミリーやカップルで溢れかえっていて、松本くんのことが頭をよぎってしまった。ごめんね。
「ねえ、なにか食べよう!」
今はこんなこと言って気を紛らわすことぐらいしか思いつかなかった。
「やっぱり先輩は食い意地張ってますね。いつも通りでよかった」
「うん、高校最後の花火大会だから、好きなことしなきゃ!」
至って私は普通を装っていたのに、早速バレてしまった……?こうなったら連れ回してやる!野山くんの袖を掴んで屋台の方まで引っ張っていく。後ろを向くと、彼はニタニタしていた。そんな分かり易いところもかわいいな。
りんご飴、私は嫌いだけど野山くんは好きだって知っていたから買った。意外と甘いもの好きなんだと知ったのは去年の春。新入生歓迎会でスイーツの食べ放題に行った時だ。甘いものが好きじゃない私は隅にあったスパゲッティばかり食べていたけど、その隣で野山くんはきれいに盛ったたくさんのアップルパイを頬張っていた。その笑顔と言ったら言うまでもない。
「アップルパイ好きなの?」
と聞くと、
「と言うより、りんごが好きなんです!」
と予想外の言葉が返ってきた。
スパゲッティばかりを食す私は、なんだか罪悪感さえ感じてしまった。それくらいに、野山くんはりんごが好きらしい。
十九時になり、花火大会が始まった。年に一度宝石が空で燦然と輝くその様を見ずに、野山くんときたら私の方を見ている。そんなに私の表情が気になるのか。だったら嫌でも見せてやる!花火の方を見た野山くんの顔を両手で抑え、こちらを向かせた。
「なに、するんですか」
「ちょっとおちょぼ口になった顔、面白いね」
「もう、からかわないでください!」
花火が終わると、大通りに出るまでの一本道が人で埋め尽くされた。こういうとき、背が低いと困る。
「先輩、手繋いでください。迷子になるでしょう?」
その時ばかりは野山くんが神様に思えた。うれしくて、涙が出そうだった。
「……うん」
恐る恐る手を伸ばすと、優しくぎゅっと握ってくれた。きっと顔が赤かったが、暗かったから分かっていないはずだ。
そのままずっと人混みでそうしていたいと、傲慢にもそう思った。
駅のホームにつくと、話題も尽きて疲れが溜まったのか、沈黙が続いた。そして、それが続くほどに胸の高鳴りが抑えられなくなっていた。それと同時に、申し訳なくて泣けてきた。すると突然、野山くんが
「先輩、今日はサッカー部大会があったらしいですね。なんでも、エースナンバーを付けた松本先輩がハットトリックを達成して優勝したとか。MVPももらったみたいで、先輩も鼻が高いですね」
と言ってきた。
もうどちらへの好きも抑えられなかった。
「うん、そうだよね!松本くんは副部長としていつも部活を影から支えているからね。でも大会になると……あっ、ごめん」
「いいですよ、別に。それより僕の誘いを承諾したのは、盛大にからかうためですか。それとも……」
もう分かった。野山くんは私の迷いを断ち切ろうとしている。それを先輩自らが潰してたまるか。
その後、お礼なんていらないって言われたけど本当は感謝してもしきれないほどだ。
だから、来年は松本くんと来よう。この花火大会。
花火━━林檎のような夏 宮野実憂 @Ponpoko_Tanuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます