【物語の始まりは】
兄が弟を殺害する場面から始まっていく。二人の間に何があったのか? 戦闘シーンの後、これまでの経緯について語られていく。
【どんな物語なのか?】
この物語では、”あえて”主人公不確定と感じるように書かれているという印象。それは正義の概念に似ている。戦争などではA国の立場の正義とB国の立場での正義は違う。自分は間違っていないと思って戦っているはずである。一人一人がどう思うかは別として、国なり個人なりの大義名分があって戦っている。この物語は、兄から見た時、弟から見た時、どちらの立場から見るかで感じ方の違う物語であり、どちらが正義なのかは読み進め、真実が明かされるまでは分からない仕様となっている。
【舞台や世界観、方向性】
この兄弟は異世界から現代にやってきたエルフ。きっかけは魔物退治。そこでパーティが全滅してしまい、気づいたらこの世界にいた。
彼らが現在いる世界は現代に近い。飛行機、自動車、スマホにインターネットが存在しており、この世界で兄は魔物退治を行う聖職者集団である“騎士団”という組織に拾われた。恐らく順風満帆な人生を歩んでいたのだろう。しかし、こちらの世界に来てから数年後、弟に再会したことから事態は急変する。
【登場人物について】
二人は元はこの世界に住人ではなく、魔法の存在する世界にいたエルフ。森での生活を敬遠し、人間の街で冒険者として生活していた。
兄(本名は分からない。マロニーと名乗っている)……魔法の使えないエルフだったが、こちらの世界では魔素が少なく元々魔法が使えない世界だった為、彼にとっては過ごしやすい世界であった。
弟(ミトラ)……転生チート主人公属性を持っている。
【感想】
一言でいうなら、皮肉の詰まった作品だなと感じた。ご都合主義の悪い部分を剝がしていくような物語である。どちらかというと爽快感というよりも、気持ちがとても分かると言った方向性だ。
人間の本質を抉り、外側しか見ていない能無しがどんな風に見えるのか?
社会の縮図でもあるし、親兄弟の縮図でもあるだろう。無能な人間ほど、汚いことをするものだが、元々才能があるわけでもないので中身は空っぽで、薄っぺら。しかし外側しか見ていない人間は、そこに騙され破滅の道を歩む。離婚についても、原理はこれと同等だと思った。恋をしているうちは、相手の本質など見えていない。結果、自分の想い通りにならないと文句ばかり言うか、離婚という形になる。人間関係とは、どんな関係性でも立場でも変わらないものだなと、改めて感じた。
【備考(補足)】第10話まで拝読
【見どころ】
この物語はどちらかというと、募らせた憎しみがどう動いていくのか、というようなダークな内容である。兄が弟を殺すところから始まっていき、これまでの経緯が独白によって展開される。過去に何があったのか? どんな環境で何を想って生きていたのか? この兄弟がどんな人物でどんな力関係だったのか?
その中で感じるメッセージとは、”チート”とは何なのか? ハーレムとは何なのか? という根本的なものだ。砕けて言えば、チートな主人公はジャイ〇ンと変わらないよね、ということだ。自分の意のままになる世界の中で、人はそんな主人公に何を感じているのか? 通常物語では語られない、主人公以外の人物の本音が明かされていく物語だと感じた。ある意味怖い物語だ。
例えば、学校や職場で傍若無人に振舞っている人物がいたとする。周りは大人だからニコニコしているかもしれない。しかし腹の中では何を考えているのかわからない。もしかしたら全員が敵かもしれない。こういう怖さを思い知る作品でもあると思う。”主人公”というベールがはがされた時、彼の周りの世界はどうなっていくのだろうか?
あなたもお手に取られてみてはいかがでしょうか? お奨めです。
まず惹かれたのは、復讐を主題とした物語の多くが理屈、理論を解き、主人公の復讐を「当然のこと」あるいは「仕方のないこと」にしてしまいがちな中、本作はそういった論理武装が排除された物語である事でした。
家族の情、絆をそんなものは知らんとばかりに突っ走る主役、突っ走らせる仇役、それだけでなく登場人物の多くがある種、自分勝手に生きています。
その生き方が、これでもかと生の感情を発露させており、これにはどんな理屈、理論を並べても女々しい言い訳にならざるを得ないと感じさせられます。
さりとて難しい、また暗い話の連続かといえばそうではなく、所々、明るい、または馬鹿馬鹿しいと感じる日常があり、それが登場人物が浮き世離れした存在ではない、現実に生きていると感じさせるアクセントでした。
他の誰かが書けるはずもない、作者ならではと思わされる復讐譚、新しい形のダークファンタジーと思いました。
物語の始まりが凄い。
小説で大事な要素とは早い段階でいかに興味を持ってもらえるか、と自分は考えているのだが、そういう点でこの小説は一文目で私の興味をさらっていった。
登場人物の心理描写が事細かに描かれている。感情移入がしやすい一方、誰に自分を重ねれば良いのか迷ってしまう。選択肢は二人……兄か弟か。それは読む人の自由なのかもしれない。
話の展開が奇抜、でも読みにくいわけではない。時間の流れに沿って物語が進行していく、というのが王道の書き方だと思うが、この小説は違う。ある程度横線を描いたら、また違う方向から線を引いていく。その線が上手い具合に絡み合っていくので、こんな小説の書き方もあるのか、と感心させられた。
ダークファンタジー……色で言えば『黒』。
この独特な世界観に皆さんも迷い込んでみてはいかがでしょうか?