第3話 Y O U


 先だって、久方ぶりに、かつて良く食べに行った土浦の寿司屋さんに行ってきました。


 ご主人、私のことを覚えていてくれたようで、お久しぶりです。お元気でお過ごしですかって、そんな言葉をかけてくれたのです。


 なんだか、嬉しくなってしまいました。


 店の中は一向に変わっていません。

 ただ、変わったのは、店の中にあるテーブル席に寿司を運んでいる女の子の様子がおかしいことくらいでした。


 私がちょくちょく顔を出していた頃には、気のきく、愛想のいいおばさんがいたのですが、その方が居なくなり、若い、それもベトナム人らしき女の子が、たどたどしい日本語を使って、あがりいっちょなんてやっているんです。


 ベトナム人に「あがり」なんて言われると、なんだか非常な違和感を感じて、むしろ、ティーとか、それより何より、お茶で良いのではないかと思うのですが、きっと、寿司屋なんだから、そう言えと教わっていたに違いないのです。

 だから、あえて、ツッコミを入れなかったのです。


 日本という国は、ややこしい国です。


 何がややこしいかと言えば、それは何よりも言葉なるものです。

 英語では、YOU 一つで足りる二人称が、両の手では足りないくらいあるのです。


 オマエ、キサマ、ナンジ、アナタ、テメェ、コンチクショ……と、まぁ、コンチクショはともかくとして、実に複雑多岐ではあります。


 寿司屋ばかりではありませんが、その筋にはその筋の言葉というものがあります。


 それが家庭での日常生活にも使われるようになって、我が宅にホームステイしたオージーたち、ムラサキってなんですかって、オカカってなんですかって問うてきて、その筋の言葉が私たちの暮らし向きにも浸透していることを自覚したのでした。


 我が宅ではあまり使いませんでしたが、愛媛あたりでホームステイをして、成田からアデレイドに戻るときに、ひょんな事で我が宅に泊まったアンと言う名のオージーは、我が宅で出したそうめんをホソモノなんて言っていました。

 オージーからそんな言葉を教えてもらったのですから、まことに珍妙なことです。


 これらの多くは、大体が女房言葉が始まりだと言われています。


 平安の時代、いや、鎌倉室町の時代に至るまで、彼女たちにとって、何が恥ずかしいかと言えば、それはものを食べることだったのです。


 昔、子供達が弁当を持って学校に通っていた時代がありましたが、その弁当を前と横とを隠して、食べている子供がいました。

 

 取られるのではないかと案じているのではないのです。

 母さんが作ってくれた弁当の中身を見られて、何かを言われるのが恥ずかしいからなのです。


 子供というのはくちさがないものです。

 ですから、なんだ、おめえのところ、今日もコロッケ一個かよって、大きな声で言うのです。


 私の友人が、かつて、語ったことがありました。


 友人の家は、両親揃って、ブドウ栽培をしていました。

 ですから、最盛期になると、早朝から忙しいのです。

 弁当など作っている暇もないくらいに、母上は、仕事に明け暮れます。なにせ、一年の収入の大部をここで稼ぐのですから必死です。


 そんな母上が、ある日、白いご飯の上に、焼くことを忘れたサンマを一匹のせて、それを新聞紙で包んで持たせたそうです。

 次第に、魚の腐った匂いが漂ってきて、教室中、臭い臭いとなり、それが自分のカバンから出ていると大騒ぎになり、開けてみたら、そんな弁当が出てきて、一同、あっけらかんとしてしまったというのです。


 高貴な家に上がってお勤めをする女房からすれば、それは少々度の過ぎた話ではありますが、当代の彼女たちからすれば、まさに、お腹が空くとか、何かちょっとつまみたいと思うことさえ、憚れたことであったと言います。


 憚れることであるから、当然、そのものを指す言葉も憚られというわけです。


 あぁ 、腹減ったなどと、言おうものなら、おひまを出されることになります。

 ですから、そういう時でもじっと我慢、我慢であらねばならなかったのです。

 だから、言葉も彼女たち仲間内では、それとわかるような表現が生まれていったというわけなのです。


 ひもじいなんて、言葉、実は、これ女房連だけが、わかる、当時の隠語であったのです。


 当時、腹が減ったという言葉は、ひだるしなんて言っていました。

 農作業から戻ってきて、あや、ひだるし、何やら食うべきもの有りや、などと言っていたのです。 


 しかし、女房たちはそれを言うことはできません。

 ですから、あのひの文字、困ったことですなどと言っていたのです。

 ひの文字、これが転じて、ひもじいとなるのです。


 そんな「文字」を使った言葉たくさんあります。

 食べ物ばかりではありません。生活全般にそれは及んで、今の、私たちの生活の中に根付いているものがあるのです。


 杓子とは、ものを食べるときに使うスプーンですが、それさえも忌避されて、しゃに文字をつけてシャモジとなりなした。

 当時の下着といえば、腰巻です。

 裸でいることは忌むべきことですから、腰巻をつけます。それらをまとめて湯具と言い、それさえも憚れますから、ゆに文字をつけて、湯文字と言い。

 さらには実家の母上のことを言うことなども、仕えている主人に失礼になると、母上のかの字をとって、そこに文字をつけて、かもじといえば、母上のことを意味したのです。


 随分と気を使った言葉遣いでした。


 だから、とある野球チームが応援歌にお前などと言うのが入っているのは時代にそぐわないとその応援歌を使わないようにしたと言うニュースを聞いて、それもまた、時代のありようなのだと、私は、苦笑いをしながらそんな記事を読んでいたのです。


 だって、学校では、いじめをなんとかなくそうと、相手を傷つけるであろう言葉を使わないように指導をしているのです。


 いじめは言葉から始まるのだから、その言葉を規制しようと言うのです。

 誠に一理あることであるとそう思っているのです。


 またやがて、時代が変われば、お前もおいらも、君も僕も、てめえも、そなたも復活するかもしれません。


 いや、もしかしたら、YOUが日本語の唯一の二人称になっているかも……、そんなことを思ってニヤリとしているのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まぼろしのフランクフルト中央駅 中川 弘 @nkgwhiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る