第2話 山法師のなみだ
我が宅の西にあるささやかな畑に白い小さなカブが顔を出し、枝豆がささやかに実をつけて、どうやら、この二月から精を出して取り組んできた畑も、今年は、思いのほかの収穫を出してくれていると満足をしているところなのです。
梅雨が明ければ、そこは毎晩、水やりをしなくてはならないほど、強烈なる西日にさらされるのです。
落花生、インゲンと実りの頃合いがこれからまだまだ続きますが、その畑を覆うように、我が宅の山法師の木が枝を広げてきたのです。
この山法師、この春先に、前年伸びた枝を払ったばかりです。
それが一、二ヶ月でこのありさまですから、いかに山法師の生命力が強いかわかろうというものです。
これでは、野菜の光合成を活性化させる太陽の光が遮られてしまうって、私、畑のある西の庭に立って、張り出した山法師の枝ぶりをしばし見入っていたのです。
この山法師の木、西日だけはお構いなく畑に入れてしまう、そんな枝ぶりで、そこに立っているのです。
何年も前のことです。
この木は、可憐な十字の花をつけて、そのあと、そこに実をつけます。しかも、その実、食べられるんです。マンゴーのような甘さを持っていますって、そう言われて、植木屋さんで買ってきたものです。
さらに、山法師は、ハナミズキの仲間、落葉も楽しめますなんて、そんな言葉を受けて、だったら、一本植えてみようかと、強い西日を避けるために我が宅のやってきてくれた樹木なのです。
しかし、往々にして、期待は裏切られます。
なるほど、紅葉し、落葉しますが、ハナミズキのような濃い色をした風情のある紅葉ではありません。
どこかくすんだ、海の底に堆積した珊瑚の死骸のような色合いなのです。
むしろ、新芽の頃の紅葉が美しい花だと、そう思っているのです。
困ったことに、落葉した葉が丸まり、あたりをグレーに変色させてしまうのです。
そして、見るからに枯葉というその葉の群れが花壇や畑を覆ってしまうのです。
春先、それを掃きだすのですが、腐葉土にもならないくらい乾燥したそっけないカスのようにあるのですから嫌になってしまいます。
確かに、十字の薄桃色の、いや、乳白色に近い花をつけますが、その実はいまだかって見たことがありません。
ですから、マンゴーのような甘い果実など、一度も、見ても食べてもいないのです。
しかも、その成長力は凄まじく、その枝にちょっと掛けておいた洒落た物入れのその取手を枝が飲み込んでしまっているのです。
庭にやってくる小鳥たちに水を提供するために掛けていた物入れなのですが、今は、それ、山法師の木に飲み込まれて、取り外すこともできなくなってしまっているのです。
しかし、この西の畑の作るために移動したオリーブの木や万葉の里と名付けられたモミジの木のように、抜き取るには大きすぎます。
なにせ、その先端は我が宅の屋根をゆうに超えてあるのです。
この旺盛な繁殖力で庭の作物を覆われてはたまりません。
私は、意を決しました。再度、山法師の枝を切ろうと、そのために、通販でノコギリつき高枝切りを買ったのですから。
ハシゴを持ってきて、そこに乗り、私は、枝を払いました。
通販のこの枝払い機、いつもながら、思いのほかの切れ味です。
ノコギリなど、さほどの力を入れなくても、さっさと枝に切り込んでいきます。そして、子供の手首ほどのある枝が切り落とされていくのです。
こうなると、面白くなってきます。
そこもだ、あそこもと、樹形などおかまいなしに、私は、ノコギリを動かして、畑に覆いかぶさる枝を払っていったのです。
畑はものの一時間も経たないうちに、午後の日差しを受けるであろうほどに広々とした環境になったのです。
梅雨の曇り空の中でも、それが実感できて私は大いに満足をしたのです。
翌朝のことでした。
その広々となった畑に、私は立ちました。
そして、山法師の木を見上げたのです。
切ったその枝えだから、あふれんばかりの樹液が出ていて、それが枝を黒く濡らしていたのです。
南洋の、そこに植生されている椰子の木は、海の水の塩分から己を守るために、その枝に相当の量の水を溜め込むと言います。
それで塩分濃度を薄めて、自らの命を繋ぐのです。
果たして、我が宅の山法師の木の、その切り取られた枝の切り口からあふれ出してくるあの樹液は、いかなるものなのかって、私、畑の白いカブが土の中から見える中にあって、山法師を見上げていたのです。
お前さん、泣いているんではないだろうね。
仕方がないではないか、お前さんがあまりに強く成長するから、この畑のカブが育たなくなるんだから。
お前さんのことだから、秋までには、また勢いを盛り返すよ、心配をしなさんな。
今は梅雨時、いっぱいの雨水を吸い取って、枝の先っぽまで、その水を行き渡らせなさいよって、そんな言葉を心で掛けてやったのです。
山法師、三日三晩泣いて、そして、枝の先の方に、小さな芽をつけてきました。
なんだか、泣いたばかりの子供が、あっけらかんとして、今は笑っている、そんな感じがしたのです。
また、この山法師と来春対決をしなくてはなるまいと、名に法師を持つからに、暴れるのは致し方あるまいと、そこに弁慶を思って、私は、庭をあとにしたのです。
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