五か所村
韮崎旭
五か所村
じゃあ今日は素敵なお嫁さんの話をしようか。
五か所村の祐一は戸上村(とがみむら)から一実人(はじめ・さねと)を嫁にもらった。誰もが婚礼を喜び、実人の家の者は祐一に温かい言葉(摂氏34度)をかけ、祐一は喜んで返礼を述べた。祐一の母は一目見た時から実人が気に食わないというが、当人にも理由がわからない。ただ、「あの人はなんか嫌な感じがするんだ、どうも、狗神みたいな、つきもの付きとも違うが、とにかく、おにぎりに入った虫の脚のような違和感があるから、やめておけ」と繰り返し述べた。しかし実人は祐一の素晴らしい妻として、時にぎこちなく時に冷淡さや忌避感がにじむような祐一の母の態度にも変わらず物腰柔らかで明朗に接した。母とて悪気があるわけでなく、ただ「生理的に受け付けない」ようだったので、祐一は心配していたが、心配し続けるうち祐一は自身の心配の方向が分からなくなった。母の身を憂いてか、嫁の精神状態か、自身の精神状態か、あるいは様々な要素が相互作用しながら発現する複雑な悩みか。
実人は清掃や家屋・設備の維持管理を適切に行い、リビングにはいつも問題がなかった。ジャンクフードを狂信的に嫌うこともなかったし、ごみ箱やキッチンはいつも清潔そうな様子だった。また、会話をしても、衒学的にならない程度に機知に富み、と言ってそれで嫌味を感じさせるでもなく控えめ。だから話していて祐一は楽しいと感じる。祐一が実人の家族と会う機会があり、彼は彼女の素晴らしさについて、率直に、時に婉曲に、時に茶化しながらも実は誠実そうに、喜ばしく思うことを述べた。実人の家族はただ、それに、当たり障りのない返事をはい、ええ、うちの自慢の娘ですもの、などと返答していたが、ぎこちなかった、どことなく。
やがて雨の日だった、何かが間違っているような、かみ合わないような、不全な、または憂鬱な気分に陥りながら祐一は職場から帰宅した。祐一は地方公務員だった。
「まあ帰ったのね裕さん食事がもうできているわ、さあ召し上がって」
さんまのみりん干し、ポテトサラダ、キュウリと紅しょうがの酢の物、揚げこんにゃく、冷ややっこ、食卓には過剰でない程度に充実したメニューが並び、歓談を楽しみながら二人は食事をしたが、祐一はどうも気が乗らなかった、何かに。何に対してかもわからず、天気のせいにした。食事は間違いなく家庭料理としてこの上なく適切な味付けとメニュー塗料だった。彼女の会話は普通に楽しかった。「普通に飽きてきたのだろうか?」そんな少年みたいなことを考えた。しかし実態はそういったことではなかった。
ある日、葬儀会社の冷蔵庫から、死体が盗まれたと騒ぎになることがあった。しかしそれもしばらくしてもっと悲惨な全国各地の事件事故のニュースにかき消されて忘れられた。
さて。ところ変わって五ヶ所村である。
実人は夜も更け、祐一が眠ったころになると毎晩その日食べたものを嘔吐した。はききれない分は腹を掻っ捌いてはらわたから直接取り出し、わたを水などで清潔に洗い、元に戻した。これが終わると傷はすぐふさがった。実人はすると墓地や病院の裏の慰霊場所などに向かった。実人の手は人間のそれの形をしていたが人間の手よりはるかに頑丈で、墓を素手で掘り返すことはわけがなかった。そうして実人は死体を掘り返すと、衣類が汚れるのもかまわず普段の慎み深さもなく、死体を貪り食った。実人は常に、ずっとそうだった。そして人間の食べ物は受け付けなかった。ずっと。
さ、この話はここでおしまい、さあ、お休み、いい夢を。
五か所村 韮崎旭 @nakaimaizumi
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