終章

あゆむ

 天体観測になんとか間に合った。すでに皆山頂にいる。田中先生がこちらを睨んでいるが、3人とも山頂に着いて星を見ることが出来た。


「あ、葵君!」


「遅かったね?」


「? 私達より、先に行ったよね?」


 山頂に着くと辺りをきょろきょろと見回す八栄、千尋、珠代の三人組。

 ずっと葵を探していたのか、後から来たことに首を傾げている。


「かんにんな、こいつが道に迷うてもうて」


 こいつ、と笑いながらリンを指す。すると3人の視線はきっと鋭くリンを睨む。

 よくも言ったな、とリンは葵を睨むもへらへらと笑うだけ。


「あんたのせいで葵君まで怒られたらどうするのよ」


「自分から登っといて迷子とか」


「先頭歩いてたのにどうやって迷子になるの?」


「山の神様にちょっと迷子にさせられただけだから」


 すぐ抜け出せたし遅れてないでしょ、とノートを出して夜空を見上げる。こんな話は早々に終わらせて星図を描いて終わりにしたい。だが『山の神様』と聞き、3人は声を大にして驚く。


「え、それってヤバくない?」


「アンタだけ迷ったってこと?」


「オコゼ持ってないの?」


「……オコゼ?」


 分からなくて問い返すと、3人は顔を見合せる。

 各々リュックを取り出し、八栄は魚図鑑、千尋は変な魚のフィギュア、珠代はタッパーを取り出し、中には千尋のフィギュアが唐揚げになった魚がいた。


「これよコレ!」


 八栄は魚図鑑でオコゼのページを開いて見せる。それは千尋と珠代の持っている魚と同じ。カサゴの一種でオニオコゼと呼ばれている。図は茶色く、背びれはトゲトゲしていて毒がある。


「持ってないけど」


「じゃあやっぱり」


「あの伝承って、本当なんだ……」


 3人はひしっとオコゼを抱きしめてぶるぶる震える。

 リンはなんで3人がそんなものを持っているのか、そして大事そうにしているのか全く分からない。こういう時は、と信晴の方を向くと苦笑いしながら教えてくれた。


「さっき言ったけど、山の神様はちょっと容姿が悪い女性で、醜いオコゼの顔を見ると安心するんだ。それから風習として、女性が山に登るときは持っておいた方がいいって言われてる」


「そんなの知らないんだけど」


「ただの伝承やけど、昔の人やらは気にして子供に持たせるんや。何かあった時のために。そやけど今回は集団で山に登るさかいせんせも要らな思ったんやろう」


 そのための紙使やろ、と馬鹿にしたようにせせら笑う。もしあのまま紙使を振り払わなければこんなことにはならなかった。誰のせいでと睨むと、葵の後ろに灯を見つける。ぼーっと夜空を眺めている……っていうより月を見てる。予言をしてくれたし、もしかしたら月詠により今回のことを知っているのかもしれない。


「灯は」


 オコゼ持ってる? と聞くより先にぴっと人差し指と中指に挟まれた1枚の写真を見せつける。


「常識よ」


 写真は予想していた通りオコゼ。この場で持っていないのはリン1人だった。





 次の日。

 リン、信晴、葵の3人組はひっそりと田中先生に呼び出しを食らった。


「リノット、15枚」


「うっ」


「安倍、8枚」


「は、はい」


「倉橋、3枚」


「はい」


 言われた枚数の原稿用紙が渡される。昨日、紙使を振り払って禁止されていた登山道以外のルートを通ったことによる反省文。


「田中先生」


「なんだ」


「なんで私だけこんなに枚数が多いんですか?」


 ぺらぺらとお札を数えるように原稿用紙をはじく。これがお金だったら一番多くて得してるのに、反省文となると少ない葵が羨ましい。


「リノットにつけていた紙使を振り払い、2人を扇動して雪山に入ったのだろう」


 多くて当然だ、とはっきり言われてしまう。

 リンは弁明したい。もとはと言えば葵と仲良くなったせいであのかしまやかまし3人組に捕まってしまったせいだ。あの3人組も少しは反省させればいい。そして原因の葵が一番枚数が少ないのも納得いかない。


「田中先生も悪いと思います」


「……なんだと?」


「女子のみんなオコゼ持ってたのに、私だけ持ってなかった」


「……」


「だから山で遭難しかけました。先生がプリントにオコゼって書いてくれたらこんなことにはならなかったのに」


「……」


「ってことで反省文減らしてください」


 うわあ、と信晴は一歩引き下がる。あまりにも横暴なことを言っている。

 誰が一番悪いか、となるとリンが行動したのが悪い。そもそも集団で行動する場合オコゼは必要ない。そのために紙使もつけていたが、運悪く巻かれてしまった。

 これ以上どうすれば良かったのか、いやどうもなるまい。


「13枚」


「10枚!」


「……14枚」


「13枚、13枚で!」


 せっかく減った枚数が増えてしまう、とリンは慌てて13枚で手を打つ。

 手持ちのうち2枚を先生へ返す。


「せんせ、うちはホンマに反省してるさかい、もう2枚ください」


 手のひらを出して、リンとは逆にもう2枚ほしいとねだる。

 うわあ、と信晴はまた一歩ドン引きする。葵の性格上、反省しているわけがない。あの時とても楽しそうに笑っていたのを覚えている。これは大人にとって模範的な優等生を『演じている葵』だ。信晴は親族集まりでその葵をよく見ているためすぐに分かった。


「リノットと正反対だな」


 なんでこんな良い生徒が悪の道を走り抜けてしまったのか、疑問を持つ。けどそれはすぐさま起こった非難の声にかき消される。


「あーずるい! そんな言い方、内申点あげようとしてる!」


「そんなことあらへん、うちが止めておけばだーれも怖い目ぇみーひんかったのに」


 かんにんな、と謝られるリン。元凶は葵で、謝れ謝れと思っていたのも事実。けれどこんなに簡単に、さくっといいとこどりした反省の色のない謝罪はいらない。

 猫を被った葵と言いあっていると、田中先生が止めに入る。

 最終的に、リン15枚、信晴10枚、葵5枚という結果で職員室を追い出された。


「増えちゃったじゃない!」


「リンちゃんは増えてないよ……」


「完全なとばっちりは信晴やな」


 葵は枚数も少なく、増やしていいと最初から言っている。2枚増えたとて大して変わらない。リンも最初は15枚だったため、変に葵へ突っかからなければ良かった、と反省する。

 一方、信晴は何をすれば正解だったのか、答えが見つからないまま増えた反省文を書いた。




 反省文の提出期限は3日後。金曜日に渡され、土日に書いて来いということ。


「ダメ、何も書けない」


 すでに月曜日の放課後。信晴も葵も土日に書いていた。

 リンも書こうとしたが、『反省しています』の1文しか出てこない。気晴らしにユメと遊んでいたらすっかり反省文を忘れていた。


「早よしてや」


「なんも思いつかないー」


 鉛筆を持ったまま真っ白の原稿用紙を睨む。そもそも書けることが少ない。雪山で迷子になったことは書いてもいいけど、寝ちゃったことを書いたら叱られる。葛の葉のことは晴明の魂に繋がるから書けない。つまり15枚も書くことがない。


「リンは書くことぎょーさんあるやろ」


「えーなに?」


「あの3人のこと書いたらええ」


「……3人って、八栄ちゃんと千尋ちゃんと珠代ちゃんのこと?」


 そや、と簡単に頷く。

 リンは彼女たちが後ろを着いて歩くから山道を登った。


「でも葵目当てでしょ?」


「うちは書いたで」


 え、と驚き見せてとせがむ。だが真似されたら嫌だと見せてくれなかった。


「よく自分のファンにそんな酷いこと出来るね」


 うんうんと同意を示す信晴。好意でした行動を責めることはしにくい。


「アイドルかてお金貰うて愛想ふりまいてるやろ、こっちはただで手ぇ振ったってるんやで」


 ちょいとおやいとを据えよか、とあくどい笑みを浮かべる。前から黒いところがあったが、クラスメイトの、それも好意を寄せてもらっている人たちに対してまでそう思っているとは知らなかった。

 出だし書きーな、といつの間にか葵の反省文書き方講座を受けることになった。その葵の反省文は女子三人のことを書いているが、序盤に後ろをついてきたと書いたのみ。起こったことを淡々と記入し、自分が悪いことをして反省していると書いた一般的な反省文。 それを隠してあーしろこーしろと指示し、渋々従うリン。だがそのおかげで原稿用紙はみるみる埋まっていく。


「『――もう2度とこのような危険な行為はしません。反省いたします』」


「もう、2度と……反省、いた、し・ま・す! できた!」


「良かったぁ」


 これで3人、提出する反省文が完成した。

 がばっと机に突っ伏し、出せる力の限りを出し切ったリン。


「疲れたぁ……でも英語の勉強もしなきゃ」


 反省文より英語の勉強に力を入れたい。地道に少しずつ単語を覚えていっている。


「そっちはちゃんとやってるの?」


「うん、毎日1時間勉強するって決めてる」


「どのくらいできるん?」


「うーん、自己紹介くらい」


「はっ、そんなん幼稚園児でも出来ることやで」


「それなら葵はどれくらいできるの?」


「道案内くらいは出来るやろ」


 道案内!? と衝撃を受けるリン。そんな高度な英語はまだ勉強していない。それに道案内と言えば、外国人と話すことを想定された英語だ。

 反省文の書き方に英語まで出来る……どれほどの高みにいるんだ、と葵の頭の良さに嫉妬する。


「それなら僕も出来るよ」


「え、なんで?」


「京都って観光地だから、海外のお客さんも多く来るんだ」


 よく道を聞かれるから覚えた、とこれまた優等生な答え。

 この中で一番英語を話せそうなはずなのに、勉強もしているのに、リンが一番、英語が出来ない。その事実にカルチャーショックを受ける。


「お、教えるよ! 簡単だから」


「しゃーないな」


「……教えて」


 地道に一歩ずつ、遊びつ学びつ歩み続ける。


【完】

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陰陽師学園のリトル・ウィッチ 山茶花 @Cassandra

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