それから
『来たで』
「え? ……わっ、ユメ?」
「でかいな、オオカミかと思うたやん」
いつもはリンの腕にすっぽりとおさまる小型犬サイズのため、その大きさに驚いて一瞬野生の動物と思い身構えた。
『リン、どうしたの?』
「うーん……あれ、テマリ?」
ユメが説明しようとすると、リンが目を覚ました。辺りを見回し、みんながいることにほっと安堵の息をつく。
「何があったの?」
「この雪山でよう寝れるな」
リンは何故途中で寝てしまったのかを説明した。2人がいなくなってからどんな目に遭っていたかも。
その話を聞いた2人はリンがいなくなってからのことを話す。式神も使いずっと探していた。ただリンとは違い吹雪は起こっていない。そして時間も、リンがいなくなってから10分ほどしかたっていなかった。
「うそぉ、1時間以上は歩いたよ」
1時間どころか何時間も歩いたと思う。ケータイの電源も入らなくなり、時間が全く分からなかった。
『山の神様がリンに嫉妬したんだって』
理由を教えてもらったユメが答えた。姿は小さくなり、みんなの視線がユメに向く。
「山の神様? 会ってないし、見てもいないよ?」
「山の神様は大体女性で……だから、女性は山に入らない方がいいって言われてるんだ」
「え? なに?」
「えっと……シコメ」
「四股め?」
山に入るときに相撲取りのように四股を踏んでから入るべきだったのかと想像する。
「ブスやブス。醜い女で
喜んどき、とにやにや笑いながら意地の悪いことをいう。テマリが名前を呼んで叱るもどこ吹く風と気にしない。
リンは遠回しにブスと言われ葵を睨む。
ふと葵が夢で見た安倍晴明と重なる。安倍晴明の面影があるため、将来はそのまま美形になりそうだ。そんな葵から見たらどんな女子も不細工に見えるだろう。安倍晴明に似てるよと教えるつもりだったが、しばらく秘密にしておこう、とリンは心に秘めた。
「そ、それより、ユメが山の神様と話したの?」
よく話し合えたね、と信晴が褒めると、ユメはふるふると首を横に振る。
『僕じゃないよ、葛の葉っていうキツネが助けてくれたんだ』
「葛の葉!?」
「信太のキツネに?」
「安倍晴明のお母さんじゃん!」
リンですら知っていた。
3人からたたみかけるように言い寄られ、心なしか先ほどより小さくなるユメ。ずっと地下にいた動物霊のため、有名なキツネだと知らなかった。
「私が寝てからそんなことが……」
近くにいたのに、とがっくり肩を落とすリン。
上空からリンを探していたスミが葵の肩に止まる。ひそひそと主に耳打ちし、ふっと姿を消した。
「2人とも耳貸し」
ちょいちょいと手招きされて近づく。なんだろうと寄ると、こそっと伝えられる。全て聞き終え、1・2の3で一斉に同じ方を向く。
「!」
遠くからこちらをじっと見つめる白銀のキツネ――葛の葉。
ずっと会いたかった3人と視線がかち合い、目を丸くして驚く。固まったようにその場から動かない。
3人もまさか会えると思わなかった。
スミが『3人を見つめるキツネがいる』と伝え、もしかしてと思い2人に話し、合図して一斉にそっちを振り向いた――本当にいるとは思わなかった。
驚きと喜びが入り混じる。
――ずっと会いたかった
その言葉は、やっと一つとなった晴明の心の声。3人の心に切々と訴える母への想い。涙が溢れてきそうな程強い魂の繋がり。
そして葛の葉の心の声でもある。
――心安らかなれ
月詠の予言を思い出す。それは晴明の母を想う心に対する言葉だと気づく。
3人の心にも、春の訪れを告げるような暖かさを感じる。やっと会えた、会えてよかった。自分ではないが、まるで自分のことのように喜ぶ。
どれほどの時が流れたか。まるで永遠の様な一瞬であった。
葛の葉は3人を目の裏に焼き付けるように見つめ、その成長を目を細めて喜ぶ。そして憂いの目をしたと思えば、ふっと顔を反らして逃げていく。
待って、と声をかけたかった。けれど到底間に合わない。その後ろ姿を名残惜し気にじっと見つめていることしか出来なかった。
『会えて良かったな』
「来るって、知ってた?」
『わいは晴明が幼い頃いなかったから知らんで。けど会いたいっちゅー夢は外部の力が働いとるんは気づとった。悪い気はせんかったし、わいが教えることでもないやろ』
ゆうても月詠が教えてくれてたし、と自分が言わなくてもいずれ気づくと朱雀は思っていた。だからリンがいなくなった時も大丈夫だろうと真剣に探していない。様子をうかがっているだけだった。
『それに、収穫あったおかげやろ?』
目を細めてにやりと笑う。安倍晴明と会ったこともまるで想定済みだと言わんばかり。
何があったか話したけれど、それを聞くまでもなく、朱雀はリンを見ただけで気づいた。
「……まあね」
やっと安倍晴明の魂と語り合うことが出来た。それが出来なかったからリンだけ2人と同じ夢を見ることが出来なかった。葛の葉の想いは安倍晴明の魂に直接語りかけていたため、繋がりの乏しいリンは何も感じない。
夢で安倍晴明と会い、その思いを知り、通じることが出来た。これで3人、やっと足並みが揃った。2人が夢で感じた懐かしさを葛の葉に会い理解できて安堵する。
信晴、葵に向かいあう。
「私、イギリスに行く」
強い意志を持った決意表明。陰陽師学園に入る際に一度は諦めかけた夢。けれどそれを簡単に諦めてしまうほど、リンの心は弱くない。
「って言っても、もっと英語勉強してからだけどね」
苦手だけど、と苦笑する。それでも諦めることはない。リンと『晴明の魂』の考えている未来は同じ。広い世界を見たい、海を越えたその先へ。晴明の魂も連れて相乗的に海外への思いが強くなる。
「応援すんで」
「僕も、勉強手伝うよ」
惜しみない応援を貰い、胸が温かくなるリン。これから先も、3人でなら乗り越えられる。
海を渡ることだって、かけがえのない仲間がいれば、見守ってくれる葛の
『僕もいるよ』
「そうだね――ありがとう」
みんなが傍にいてくれるから、前に進める。
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