後編
すると、その時だ。
俺達が座っているベンチの後ろの方で、何やら耳障りな喚き声が聞こえた。
振り返ってみると、そこには人相風体の良くない一団(凡そ5人はいたろう)がこっちに向かって歩いてくるのが見えた。
連中は明らかに酒に酔っている。若い女の子やカップルをからかい、
別に正義感にかられたわけじゃないが、誰だって祭りの一夜を楽しみたいと思っているのを邪魔されるのは気分が良くない。
俺はベンチから立ち上がりかけた。
と、隣ですっと風が動いた。
彼女が立ち上がったのである。
瞬間、彼女は緋色の帯の間に挟んでいた、豆絞りの手ぬぐいを抜き、傍らに置き忘れてあったペットボトルの蓋を開け、水で濡らすと連中の方に鋭い眼差しをむけると、
『いい加減にしな!ここは皆さんが楽しむ場所なんだ!あんたらのくるところじゃないんだよ。痛い目を見ないうちにとっとと帰るんだね!』
鋭い
しかし、そう言われても相手は女一人と見たのか、相変わらず馬鹿にしたような笑みを浮かべ、
『おい、ねえちゃん。痛い目を見るのはそっちじゃねぇの?ええ?』
頬に仰々しい
ピシッ!
空気を切り裂く音がし、豆絞りの手拭いが飛ぶ。
次の瞬間、男は目を押さえ、たたらを踏んで前にのめる。
そこへ彼女が駒下駄の先で脛を蹴り上げたものだから、男は無様に地面に落ち、
『こいつ!』
『このアマ!』
残りの仲間が次から次へと彼女に襲い掛かったが、ものともせずに、まるで誘蛾灯の下を舞い踊る大型の鱗翅目の如く、袖を翻して男たちの間を潜ると、次の瞬間にはもう奴らは全員、地面にのたうち回っていた。
どこからかその騒ぎを聞きつけて来たのだろう。
連中の仲間と思しき男達が駆け付け、大騒ぎになった。
さ、ようやく出番だな。
当たり前だが今日はオフだ。
拳銃なんか持ってきちゃいない。だが、素手だってやれることはあるもんだ。
俺はのっそりと立ち上がり、履いていたチビた下駄を脱ぎ、前に一歩進み出た。
10分後、俺達二人はなんでもなかったような顔をして、元のベンチに腰掛け、ラムネを飲みながら花火を見上げていた。
誰かが110番でもしたんだろうな。
三名の
俺は自分の身分を説明せねばと、懐からライセンスとバッジを出して提示した。
警官と探偵は相性が悪いもんだが、一応免許持ちだったので、向こうは変な目をしながらも、取り敢えずは納得したようだった。
さて、しかし問題は彼女の方だった。
あの啖呵の切り方、チンピラどもを簡単に一蹴したあの身のこなし・・・・たとえ向こうに非があろうと、ただでは済むまい。
そう思っていると、
『強い探偵さんね。でもお陰で助かったわ。有難う』
『いや、これでも一応男だからね。義を見てせざるは何とやらだ。それより君は、一体何者だい?』
俺の問いに、彼女は少し照れたように事情を説明してくれた。
何でも彼女は、この町でも有名な某古武術師範の娘だったのだ。
一家は昔からこの町の警察署に、柔道・剣道、ぞれに逮捕術などを教授しており、彼女も子供の頃から父に手ほどきを受け、相当な腕前だったという。
しかし、何分にも女の身の上だ。
父親からは『あまり外で自分の技を使うな』と厳命されて育ったのだが、ああいう場面に出くわすと、つい放ってはおけなかったのだという。
『これでまた、家に帰ったら父にこっぴどく叱られるわ』
ぺろりと舌を出した顔が可愛らしかった。
『まあいいさ、もしそうなったら俺が口添えくらいはしてやるよ』
『有難う、探偵さん・・・・お礼と言っちゃなんだけど』
そう彼女が言いかけた時、ラウドスピーカーから、
『今度で最後の打ち上げです』
そう告げる声が響いた。
俺はちらりと時計を見る。
『いい頃合いだな。もうラムネって
『そうね。だったらどう?泡の出るお酒でも?』
『いや、折角こんな
『そうね』
彼女がまた、悪戯っぽく微笑んだ。
そして、空を最後の花火が鮮やかな色と音で焦がした。
スピーカーから、何故かパーシーフェイスの、甘いメロディーが流れてくる。
(避暑地の出来事・・・・気分はトロイ・ドナヒューってか?)
終わり
*)この物語はフィクションです。登場人物その他全ては作者の想像の産物であります。
夏祭一夜騒動(なつまつりひとよのざわめき) 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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