夏祭一夜騒動(なつまつりひとよのざわめき)
冷門 風之助
前編
花火が空高く上がる。
遠くから笛や太鼓の音が聞こえてくる。
綿あめの甘い匂い。
焼きそばやみたらしの焦げた匂い。
紛れもなく、
『日本の夏』だ。
俺は浴衣の懐に手を突っ込み、この風景を眺めながら、殺伐とした世間から離れて、何年かぶりに『夏』を満喫していた。
断言しよう。
俺、
しかしその反面、俺ほど『和服』が似合わない男もいないと思っている。
背は現代人の平均身長からして、格別高いというわけでもないが、骨細な癖に肩が張っていて、おまけに足が長い(決して自慢じゃないぜ)ので、まるで衣紋掛けが歩いているような
しかし、夏=避暑=祭り=花火。
と、こうくれば当然次は『浴衣』になる。
俺が幾らへそ曲がりだからって、こんな時にTシャツにハーフパンツ、ましてやスーツに革靴なんて無粋な
周りに溶け込むってのも、それほど悪くはないもんだ。
え?何だ?
(仕事じゃないのか)だって?
冗談言うなよ。
幾ら俺だって、たまには英気を養いたいって思うことだってあるもんだ。
探偵稼業なんぞやってると、色んな知り合いがいる。
その中の一人が、奥多摩のちょっとした温泉町(こんなところに温泉が出るとは知らなかった)で民宿を経営していて、暇なら来ないかと声をかけてくれたので、ご厚意に甘えることにした。
幸い、まだ蓄えに余裕もある。奥多摩なら東京からも近いから、さほどの費用もかからないというわけだ。
折しも宿の近くで夏祭りがあり、河原で花火も上がるという。
俺は温泉に浸かって、さっぱりしたところで、貸してくれた格子縞の浴衣に兵児帯を締め、いささか歯のチビた下駄を履いて、こうして祭り見物としゃれ込んだわけだ。
考えてみれば、こうした祭りはガキの頃にほんのちょっと出かけただけで、大人になってからこの方、ずっと無縁だった。
久しぶりに来てみると、これはこれで風情があっていい。
あちこちの屋台を覗き、笛や太鼓の音に耳を傾けながら歩いていると、俺のすぐ横を、出来損ないの某特撮ヒーローの面を額に被った、やはり浴衣姿の子供が何か叫びながらりんご飴を持って駆け抜けた。
『あっ』
声がした方向に目をやると、俺の前を歩いていた一人の女が、膝を曲げて困ったような顔をしていた。
彼女は片足に履いていた下駄を持ち上げている。
どうやら鼻緒が切れたらしい。
さっきの子供をよけようとした拍子にぷつんといったんだろう。
『貸して』
俺は彼女の前に歩み寄り、声をかけていた。
手を取って、傍らにあった石灯篭を指さし、
『ここへ足を乗せて』
そう言って彼女の手から下駄を受け取ると、袂を探ってハンカチを取り出し、それを縦に裂いて、簡単に手でより合わせると、ついでに取り出した五円玉を通して、下駄に固定した。
『大丈夫とはいわんが、応急措置くらいにはなるだろう。後でちゃんと直してもらうといい』
『有難うございます』
彼女はぺこりと頭を下げた。
藍色の朝顔を染め抜いた浴衣を着ている。
歳は20代後半か、30代前半といったところだろうか。
洗練されてはいるが、どこか落ち着いて見え、長い髪をアップに結って、白いうなじを見せているなんざ、今時珍しい日本風の美人とでもいおうか?
俺の好みの芦川いづみに何となく似ていた。
それだって結構クラシックだ?
ほっといてくれ。
しばらくして、俺達は二人並んで河原近くのベンチに腰掛け、花火を見上げながら話していた。
(まるで姿三四郎だな)
妙なところで、高校時代に読んだ柔道小説が頭に浮かんだ。
俺の推理した通り、彼女はこの土地の人間ではなかった。
いや、正確にはこの土地の人間なのだが、高校を出るとすぐに都内に移り住み、今ではもっぱらそっちが中心になっている。
今回は久しぶりの里帰りと言うわけだ。
『昔は田舎があまり好きじゃなかったんですけど、でもやっぱり
彼女はかたえくぼをへこまして笑った。
花火が上がる。
周囲から大きな歓声が巻き起こった。
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