第12話 身体と心と機械

「ここを探すわけ? マジで?」

 浮遊自動車ホバー・カーから降りた真鍮飛蝗ブラスホッパーは、眉を寄せながらいった。

「ああ、マジだ」

 青天井となったオフィスに降り立った俺たちの目の前に広がるのは、言うなれば鉄骨とコンクリートでできた森。自律解体機械たちが這い回る、解体作業中の高層建造物スーパートール群だ。朝焼けに輝く解体用タワークレーン、剥き出しの鉄骨と砕かれたコンクリートがつくる影のコントラストは、前衛芸術作品のようでもある。

 フラスコ・シティ郊外 、マーキュリー地区。 都市戦争中、重工業で栄えたこの地区は、終戦による戦争特需の消失により衰退。現在では、建物の取り壊しが行われるばかりの捨てられた地区である。周囲に商業施設は一切ない。そのうえ、解体機械等によって地形がすぐに変わってしまうため、不法者たちすら寄り付かないのだ。

「骨が折れそうだな」

 延々と続く無機質な森と、そこに群がる数多の解体機械たちを見て、俺はいった。ここからでも、解体機械のグリースの匂いや、鉄骨を溶断して生じたヒュームの匂いが漂ってくる。

「だがやるしかない。ここのどこかにドミニクはいるはずだ。まず、このビルからはじめよう。俺はフロアの右、お前はフロアの左の解体機械を調べろ。やるぞ」

 溶断用プラズマトーチと共鳴破砕機レゾナンス・デモリッショナー、パワーアームと分子間力接着クローを備え、ヤモリのように壁や柱を這いまわる解体機械たち。大きさはだいたい大型犬ほどか。その中に、今回の依頼における探し人、ドミニク・ベネックスがまぎれているはずなのだ。

「もう家に帰りたくなってきた」

 真鍮飛蝗ブラスホッパーは長いため息をついてから、解体機械たちを調べるため、溶接メガネを模したアイウェアをかけ、調査を始めた。


 三日前、ドミニク・ベネックス捜索を依頼するメールが届いた。依頼主はドミニクの娘。ダイナミックハンマー社に勤めている父と連絡が取れなくなっているから探して欲しい、ということだった。ドミニクは、ここ数日、家に帰ってこないだけでなく、メールも電話も返事をよこさないらしい。 娘が言うには、ドミニクが受けた全身の機械置換手術のあと、少しずつ 返事が遅くなり、やがて返事が来なくなったのだという。

「父は母の手術費用を捻出するために、ダイナミックハンマー社の優良社員化プログラムに参加しました。 脳を解体機械に移し替えたんです。費用はダイナミックハンマー社が全て負担し、さらに協力金まで出すという話でした。私は反対したんですが、癌を患った母を救うためには、そうするしかありませんでした。 父のおかげで、母は手術を受けられましたし、 経過も良好でした。でもそんな中で、父と連絡が取れなくなってしまって……ダイナミックハンマー社に連絡しても、 父はちゃんと働いているとしか言ってくれません。 心配なんです。どうか私の父を探してください」

 通話で娘は涙ながらにそう話した。娘の話に切実さとダイナミックハンマー社へのきな臭さを感じた俺は、依頼を受けた。依頼料は十分と言えなかったが、父親思いの娘の気持ちを不意にすることはできなかった。


「こいつらの中にドミニクがホントにマジでいるんだよね。もしいなかったら、心折れちゃうよ……」

 真鍮飛蝗ブラスホッパーは解体作業中の自律解体機械の群れを見て、ため息まじりにいった。

 ドミニクが脳を移し替えた解体機械型義体と、自律解体機械は、一見してよく似てはいるが、まったくの別物だ。画像認識で十分区別がつく。しかし、ドミニクを探し出すためには、数多の自律解体機械を片っ端から調べる必要があるのだ。

「九脳からの情報だから確かだろう。ダイナミックハンマー社のデータベースを漁ったらしいからな。マーキュリー地区、A9-1……このブロックにいるはずだ」

「そもそも、なんで自律解体機械の中に混ざっちゃってるのさ」

「労働法の問題だな。自律機械を事業で使用する場合、一定の割合で同じ仕事をする人間を雇わないとならないんだ」

「あー、なるほど」

 真鍮飛蝗ブラスホッパーが頷いた。

「それで、この区画にいくつのビルがあるんだっけ?」

「12棟だ。でも、ビルの上から下まで調べる必要はない。上のフロアから順に解体していってる訳だから、最上階に解体機械は集中している。そこだけ調べればいい」

「でも、ひとつのフロアが広すぎる。」

「一フロアにつき5万平方メートルってところか。まあ、超大型複合ビルの跡地だからな。一棟がひとつの街みたいなもんだ。少々骨だが……頼りにしてるぞ」

 俺は真鍮飛蝗ブラスホッパーの肩を叩いた。

「はいはい」

 真鍮飛蝗ブラスホッパーはあきれた顔をしていった。


 黙々と解体機械を画像解析にかけていく。解体中のフロアすべての解体機械を調べ終えたら、浮遊自動車ホバー・カーに乗ってまた次のビルに移動する。調べた解体機械が三桁に達したあたりで、真鍮飛蝗ブラスホッパーが口を開いた。

「ドミニクが娘さんに返事をしないのはなんでだと思う?」

「そうだな。いろいろ考えられるが……様子を聞いてみるに、サイバネ過適合症候群だと思う」

「過適合? 不適合じゃなくて?」

 真鍮飛蝗ブラスホッパーは床材を破砕している解体機械に目を向けたあと、隣に空いている5mほどの大穴を飛び越えた。

 共鳴破砕機レゾナンス・デモリッショナーによるコンクリート破砕は、旧来の手法とは違って、大量の粉じんも騒音も出さない。近年のビル解体が、多数の自律解体機械による蟻塚アントヒル解体法にシフトしていったのも、それらの要素が大きい。

「精神の電子化が法規制されているのは知ってるだろうが、大きく人の形を外れた義体の使用も一部規制されているのは知ってるか?」

「ああ 。 昔、戦車みたいな義体をしたやつが暴れまわったからって話でしょ」

「それもあるが、それだけじゃない。人の形を外れた義体の長期間に渡る使用は精神に悪影響を及ぼす可能性があるとわかったからだ」

「どういうこと?」

 真鍮飛蝗ブラスホッパーは首を傾げた。

「肉体に精神が引っ張られるんだ。人の精神というのは肉体に大きな影響を受けている。気づかないうちにな。 感覚やホルモンは言うまでもないが、その機能や形状が与える影響も大きい。例えば、羽の生えた人間と羽の生えてない人間の思考は違う。空を飛べるやつはわざわざ階段を使おうなんて考えない。飛んで行けばいいわけだからな。思考と行動が自分が空を飛べるということが前提になってくる。そこでもし、『空を飛んではいけない』というルールが施行されたらどうなると思う?」

「空を飛べないのはストレスだろうね」

 真鍮飛蝗ブラスホッパーが垂直に飛び上がって、むき出しになっている鉄骨梁に腰を掛けた。そのまま、鉄骨梁に両手をついて、脚をぶらぶらと揺らす。バランスを崩して、建物の外へ落ちてしまえば、300mほど落下する羽目になるはずだが、特に恐怖は感じていないようだった。

「そうだ。そして、中には、ルールを守れなくなる奴も出てくる。飛んではいけないのに、どうしても飛びたくなってしまう。サイバネで翼を追加する前は、空が飛べないことが不便だなんて少しも思ってなかったのに、そう思うようになる」

 あるものは使いたくなるのが人の情。それが、自分の一部、サイバネだったら、なおさらだろう。

「これがもし羽じゃなく、銃だったらどうだ。 銃を撃つことが当たり前で、前提になっている体。 それがお前が言った戦車義体の例だ。肉体が人の形から離れれば離れるほど、心もまた人のものから離れていく。まあ、ソフトウェアがハードウェアの影響を受けるのは、考えれば当たり前の話ではあるな。サイバネやその機能に過剰に適合してしまって、日常生活に支障をきたす……それがサイバネ過適合症候群だ」

「あんたはどうなの」

 真鍮飛蝗ブラスホッパーが身体をすこし捻って、ビルの外を見下ろした。吹きあがってくるビル風が、真鍮飛蝗ブラスホッパーのスカートをすこし揺らした。

「俺?」

「あんた全身義体フルボーグでしょ。血も涙もない乾式ドライタイプだって前にいってた。生身のころとはやっぱ違うの? 身体に影響受けてると思う?」

「ああ、全然違う。脳以外の全身を機械置換したことで俺は変わった。別人になったよ」

「そんなに?」

「昔と思考パターンが違うって自分でもわかる。匂いでの追跡、そして、生身の頃よりはるかに強靭な体。それが前提になってる。それに……恥ずべきことだが、昔より暴力的になった。今はまだマシになったが」

「あんたが?意外だね。意志が強そうなのに」

 真鍮飛蝗ブラスホッパーはゴーグルを少しずらし、肉眼で俺を見た。

「意志の強さは関係ない。体が変われば誰でも変わる。お前もそうじゃないのか?」

「そうかな……そうかも」

 真鍮飛蝗ブラスホッパーは腕を組んで、すこしうつむいた。真鍮飛蝗ブラスホッパーの視線は、自らの両足に向いている。持ち主と同じ『真鍮飛蝗ブラスホッパー』の名を持つサイバネ、『ウサギ穴』の忘れ形見。黄金に輝く外装と軍用クラスの人工筋肉。どこか昆虫の脚を思わせる人離れしたシルエット。

 いずれにせよ、十代の少女には似合わぬ異形の脚部だ。真鍮飛蝗ブラスホッパーがスチームパンク・ゴスのドレスを好んで着ているのも、ドレスにあしらった真鍮細工と合わせて、その黄金の威容を和らげるためでもあるだろう。

「私もこの脚に慣れるまでは大変だった。生身の何十倍もジャンプできるようになったし、身体能力も格段に上昇した。コントロールできるようになるまで、苦労したよ。あんたはどうだった?」

「俺も苦労したな。なんたって、前まであったものがないし、なかったものが追加されてるんだ。特に嗅覚がな。初めてサイバーマズルを使ったときはひどかった。極彩色の匂いの濁流が、脳みその中に爆音を立てて飛び込んでくる感じで。すさまじい苦痛だった。泣きたかったが、泣けなかった。この体には涙を流す機能がない。取り返しのつかないことをしたって、そこで初めて気づいたよ」

「そっか」

 真鍮飛蝗ブラスホッパーはそういって、また沈黙した。


 6棟目のフロアを調査中、真鍮飛蝗ブラスホッパーがあっと声を出した。

「まって、これじゃない?」

 真鍮飛蝗ブラスホッパーが一台の解体機械に指をさした。すかさず、俺も画像解析にかける。Mc-1500m、有人仕様。無人仕様とは違って、機体の後部の一部が丸く盛り上がっている。

「間違いないな。シリアルナンバーも一致する」

「元気……そうではあるけど」

 ドミニク・ベネックスと思しき解体機械は、プラズマトーチで鉄骨を溶断している最中だった。

「あんた、ドミニク・ベネックスだな。おい、大丈夫か?」

「発声器官はあるはずなのに返事をしない……ヤバそうだね」

「おい、ドミニク!」

 俺が機体のフレームを叩くと、解体機械は作業を中断した。

「……んあ、ああ、あんただれだ」

 旧式の発声器官がかすれた声を出す。男の声だ。

「俺は犬面、娘さんの依頼できた探偵だ」

「娘……? アンジェリカがなんで」

「もう一週間も連絡をしてないだろ」

「一週間……? そんなにか」

 ドミニクは機体上部にある、キリンの首のように伸びたカメラタレットを傾けた。

「なぜ、娘さんへ返事をしなかった」

「ホントだ……通知が山ほど来てる。クソッ! なんだってんだ……」

「なにがあった」

「……恥ずかしいことだが、いまのいままで娘のことを……いや、仕事以外のことすべてを忘れていたんだ」

「仕事への過剰な集中。サイバネ過適合症候群の典型的症状だな」

「ずっとビルを解体するのに夢中になってたってこと?」

 真鍮飛蝗ブラスホッパーがいった。

「ああ、ある意味でそうだ。強力な目的意識と使命感をもって、淡々と自身の機能を発揮するあの恍惚感……機械ほどの志向性と目的を持たない人体ではけして味わうことのできない快感だった。私はその快楽におぼれて、我を失っていたんだ。恥ずかしい話だよ。娘のことを忘れてたなんて!」

 ドミニクはいった。

「すぐに連絡を返してやれ。家まで送っていくか?」

「いや、いい。タクシーでも使うさ。会社の通勤用の公共交通機関利用クーポンが溜まってるはずだ。使ってなかった分、ここで使うよ。」

「そうか。じゃあ、俺たちはこれで帰るが、あとで医者にも掛かることだ。会社とも話し合った方が良い。会社はこのことを十分予測できたはずだ」

「わかった。そうするよ。ありがとう。あんたらがいなかったら、俺は一生あのまま仕事だけしてただろうな」

「お礼は娘さんにしなよ。私たちは仕事しただけだからさ」

 真鍮飛蝗ブラスホッパーが膝に手をついて、屈みながらいった。

「そうか。そうだな……でも、世話になった」

「ああ、じゃあな。これからは気をつけろよ」

 俺と真鍮飛蝗ブラスホッパーが手を振ると、ドミニクはパワーアームを左右に大きく振った。


 俺たちはドミニクと別れて、停めてある浮遊自動車ホバー・カーへと向かった。来たときは朝日がまぶしかったが、もうずいぶん日が傾いている。ビルの谷間には、赤い夕日が揺らめいているのが見える。

「大丈夫かな。あの人」

 真鍮飛蝗ブラスホッパーはいった。

「これ以上は俺たちの仕事じゃない。だが……そう願いたいな」

 俺がそういうと、真鍮飛蝗ブラスホッパーは小さく頷いた。

 しばらく歩いていると、俺の浮遊自動車ホバー・カーの隣に、一台の浮遊二輪車ホバー・バイクが停めてあるのに気が付いた。そして、そのサイドカーの横には、一人の男が立っている。男は俺と瓜二つの姿をしていた。いつものカーキ色の防弾トレンチコートにハンチング帽。犬のような顔から突き出た電脳鼻口部サイバー・マズル。鏡を見ているかのようだ。一瞬、認知系のバグを疑ったが、そうではないことに気が付いた。

「悪い冗談だな。ヨハン」

 俺がそういうと、男は声を出して笑った。

「ハハァ、久しぶりなのに、随分つれないじゃないか。ジョージ」

犬面ドッグフェイス、あいつ誰?」

 真鍮飛蝗がヨハンを睨みつけていった。わずかに腰を落として、全身の筋肉を緊張させている。臨戦態勢だ。

「あいつは……ヨハン・フューリー。俺の義兄。つまり、俺の死んだ妻の……兄貴だ」

 ヨハン、リサの兄。そして、五年前に俺が殺したはずの男。

「警官時代の相棒でもあるがな。ジョージ、話がある。二人で話そう」

 ヨハンが手招きした。まるきり自分と同じ姿で、自分がしない仕草をしているのを見るのは、実に奇妙だ。真鍮飛蝗ブラスホッパーの方を見ると、不安げにこちらを見上げていた。

「大丈夫だ。すこし、話をするだけだ」

「でも」

「先に浮遊自動車ホバー・カーの自動運転で帰っててくれ。もし心配なら……俺が一時間して戻らなかったら、市警に通報しろ。いいだろ?ヨハン。それほど長話にはなるまい」

「ああ、いいとも。すこし、昔話がしたいだけ……。30分も掛からないさ。お嬢ちゃんに心配かけちゃ悪いしな」

 ヨハンはまた笑った。

「なにかあったら……すぐ連絡して」

「わかった」

 真鍮飛蝗ブラスホッパーは、また一度ヨハンを睨みつけてから、浮遊自動車ホバー・カーに乗り込んだ。数秒後、浮遊自動車ホバー・カーは離陸し、ビルの谷間を飛んでいった。

「さて、場所を変えるか」

 ヨハンは浮遊二輪車ホバー・バイクに跨った。

「乗れよ」

「その姿も変えてもらいたいがな」

 俺がサイドカーに乗ると、ヨハンは浮遊二輪車ホバー・バイクを発進させた。

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都市を嗅ぐ犬 デッドコピーたこはち @mizutako8

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