第12話
十二
――眩しい太陽の下。
誰もいない海岸を、私は一人、裸足で歩く。
バニラ色の入道雲がソーダ色の空に溶ける。……静かだ。潮風が私の鼻をくすぐり、白い砂が私の脚に触れてはサラリと宙を舞う。
綺麗な海が、波音が、私の心をとても穏やかにした。
この水辺線の向こうには……一体、何が待っているのだろう?
海の中心に、誰かが立っている事に気付く。……海水に腰まで浸かって、こちらを見ている人物。
夜の小説家、【夜科蛍】が……私を見つめながら優しく笑う。その顔は、見る者全てを魅了してしまう程に美しく、私の心は簡単に奪われた。
その姿は、まるで……人魚そのものだった。
鏡花水月の【サヤカ】が、現実世界に姿を見せ、物語の中の小さな湖ではなく、際限無く続く、この広い海に解き放たれる。
自由を手に入れた人魚。全てのしがらみを捨てた今、彼女は何を思うのだろうか?
……人魚は、私に向かって両手を差し伸べた。
私は引き寄せられるように、砂浜から海に脚を沈めていく。
衣類が水分を含み、重みを増す。もしも私がこの海で溺れてしまえば、あの美しい人魚のように……華麗にこの海を泳ぎ切る事は出来ないだろう。
けれど私は、一歩……また一歩と、人魚の元へと歩いて行った。
そして今、彼女の目の前に立つ。
美しい人魚は広げていた両手で私を優しく抱きしめた。華奢なその腕でギュッと強く。
何故か、とても安心した。……安らぎを感じた。
この人魚はもしかして……あの美しい空から舞い降りてきた天使なのかもしれない。
人魚は私からそっと離れるとニコリと笑い、海岸の方へと指をさす。
彼女が指をさした方角に視線を移すと、もう一人の【夜科蛍】が、こちらを見て手を挙げていた。
いきなり背中をトンッと優しく押され、私は一歩前に出る。
私は振り返って、彼女を見つめる。……彼女は、はにかみながら私に言った。
「愛に溺れた憐れな人魚は、それ以上に大切なものを見つけ、海に渡る。永遠に続く旅……もう誰にも縛られたりしない。自由を手にした私に勝るものなどないのだから。……さぁ、貴女はこれからどう生きる?」
***
「……ん……っ、ここは……?」
目が覚めると、私は木で出来たベッドの上で横になっていた。
窓から外の景色が見える。真っ黒な世界に、色鮮やかな明かりが灯っており、少し遠くの方から賑やかな音や声が聞こえてきた。
――ここは、夜宴の島だ。
私は起き上がり、周囲に目を向けてみた。小さな小屋にひっそりと置かれたベッドと、小さな机。
今、私の目の前に見える【小さな世界】は、正にそんな感じ。
私は、まだはっきりとしない虚ろな頭で『夜宴の島にも、こんな場所があったんだ』なんて思いながら、ぼんやりと天井を眺めていた。
……さっきのは、夢だったのか。何だかとても、不思議な夢だった。
――そうだ。今頃、皆はどうしているのだろうか? この島のこの夜を、どのように過ごしているのだろう?
……その時、ガチャリとドアノブが回る。私がそちらに目を向けると、そこには驚いた顔をしながら立ち尽くす、白兎の姿があった。
「ミズホ!」
「シロくん……」
私が白兎の名を呼ぶと、少年は満面の笑みを見せながら、私の身体を思いっきり抱きしめた。
「良かった……良かった! 本当に良かった!」
「ちょ! シロくん、苦しいよ……!」
白兎は、まるで小さな子犬が戯れて尾を振るかのように私に甘え、嬉しそうに話す。
「ごめん! でも少しくらい我慢してよね⁉ 五日間だよ? 五日間も君はずっとここで眠っていたんだ。このまま目が覚めなかったらどうしようかって、凄く不安だったんだから」
「え、五日⁉ 私、五日も眠っていたの⁉ じゃあ、今夜は……」
「うん。今日は夜宴の島での九日目。兎狩りのイベントが終わってからは、穏やかで楽しい夜が続いているよ」
「そっか……そんな楽しい夜にずっと眠っていたなんて、本当に残念。私の怪我……仙人達が治してくれたのね」
私は服を少し捲り上げ貫かれた跡を確認するが、傷などは一切見当たらなく貫かれた事実すらなかったかのように思えた。
「……君って、本当に僕の事を子供としか認識していないようだね」
「……? え? 何の事? あ、そうだ! 私の目は⁉ 耳は……⁉ 今、どうなっているの?」
「大丈夫。とても綺麗な人の目をしてるよ」
「ほ、本当に……⁉ 耳も……⁉」
「……うん。小さくて丸い、可愛い耳をしてる。自分で触ってみてごらんよ?」
白兎に言われ、私は恐る恐る耳に触れてみる。違和感を持たない、よく知った感触。……どうやら、本当に元に戻れたようだ。
「――あの後、四日目の夜を終えてすぐ……皆で君をこの場所まで運び、烏と梟が魔女を捜しに島中を飛び回った。老人達は交代しながらも、君の為によく頑張ってくれた。普段のあの酔いどれ姿からは想像もつかない程に迅速かつ完璧な動きだった。やはり彼等は凄いよ! 偉大だ」
「……本当に仙人達は凄い人達だったんだね。後でちゃんとお礼を言わなきゃ。……あ! シロくん達の身体は、もう大丈夫なの?」
「うん。僕達もあの後すぐに治療を受け、この通りピンピンしてるよ。あいつ……ソウは、一旦夜明けと共に元の世界に戻った。そして君が眠ってる夜の間も、変わらずこの島にやって来ている。……ここには、殆ど近寄らせないけどね」
「……あれ? シロくんがソウくんの事を名前で呼んでる! 二人共、打ち解けたの⁉」
白兎が、『あ~……』と口を開いた。
「……あいつが謝ってきたんだ。この前の事もだけど、レッドナイトムーンの一件で、ずっと僕と黒兎に謝りたいと思ってたんだ、ってね。あいつの事を嫌いな事には違いないけれど……僕は、礼儀を重んじる寛大で大人な種族なんだ。仕方ないから許してやったよ。子供の言う事に一々目くじらをたてる必要もないしね」
「……こ、子供。と、とにかく……仲良くなれたなら良かった!」
「仲良くなんてないよ! あいつが邪魔で目障りなのには変わりないからね。……けれど、頼まれたから仕方ない。――まぁ、その話は後にしよう。それから魔女は、いとも簡単に見つかったよ。老人達が自分を捜している事もわかっていたようだし、観念したんだろう。魔女はすかさず、一本の瓶を取り出し、こちらに差し出した。それは、君の中から呪われた力を消す為のものだよ。けれど……魔女の薬には大抵リスクがある。もう済んだ事だから詳しくは言わないけれど、とにかく君を元に戻すのは困難を極めた。老人達はようやく落ち着いた君の姿を確認すると、『もう厄介ごとは懲り懲りじゃわい! 酒じゃ酒!』と言って、散り散りに宴に戻っていったよ」
白兎は思い出したようにクスクスと笑った。それはとても優しく、穏やかな表情であった。私もつられて笑顔になる。
仙人に、狸のお爺さん……それに、私達を助けてくれた沢山の神々よ。――本当にありがとう。
貴方達の深い優しさに……感謝します。
「……あー、早く皆に会いたい! ねぇシロくん! 皆は今、どこにいるの⁉ ――あっ、そういえば! 結局、兎狩りの勝者は誰になったの?」
私がそう尋ねると、白兎は急に表情を変え、真剣な面持ちでこう告げた。
「……ミズホ。その事で君に言っておかなければならない事があるんだ。実は――」
外に出ると木々の間から、炎の灯ったオレンジ色の光が見えた。祭り囃子のような賑やかな音と、沢山の楽しそうな声が聞こえてくる。
きっと、この向こうで宴が行われているのだなぁ、なんて思いながら……私は、屋根の上で空を眺めている黒い兎面の少女に話しかけた。
「……クロちゃん」
その声を聞き取りこちらに顔を向けた黒兎は、私の姿を確認するや否や屋根から飛び降りると、私の目の前に立った。
「おぉ! お前、気がついたのかよ⁉」
「うん! お陰様で。クロちゃんにも沢山心配をかけてしまって……本当にごめんね?」
「べ、別に心配なんてしてねぇよ! ……馬っ鹿じゃねーの⁉」
黒兎は相も変わらず減らず口を叩くと、『ふんっ!』と横にそっぽ向く。けれど、その声は……いつものような元気良さは微塵も感じられず、何だかとても寂しそうだった。
「シロくんから……全部聞いたよ」
「……――そうか」
黒兎は近くの岩に腰を下ろすと、ふぅっと溜息を吐き、空を見上げた。
「まぁ、仕方ねーよ! もう決まった事なんだから! あたし達には抗えねぇ、どうしようもねぇ事だ。……とっとと忘れる事だな」
黒兎はそう言うと両手を高く頭上に伸ばした。
「クロちゃん……」
「んな顔すんなって! 辛気くせーな。あたしは平気だってよ! つーか、お前は大丈夫なのかよ? ……身体」
「私はもう全然平気。何ともないよ」
「……んじゃ、あたしなんかより【あいつ】の所に行ってやれよ。最近は宴に参加する事なく、ずっと砂浜で海を眺めてるから……今日もそこにいる筈だ。あたしはもうちょいここで、空でも見てるからよ」
そう言うと、黒兎はピョンと高く飛び跳ね、再び屋根の上へと戻って行った。
――私は、ちゃんと気付いていた。黒兎の身体が、微かに震えていた事を。
皆の傷は癒えていない。それも【厄介】な方の傷だ。身体の傷は放っておいてもいつかは癒えるが、心の傷は簡単に癒えてはくれない。傷跡に深く根付き、いつまでも痛みを引き起こす。いくら考えないようにしても、脳がしっかりとそれを覚えている。心が……悲しみの海へと引き摺り込まれるのだ。
彼の元へ急ごう。……出来るだけ早く。
海辺に佇む彼の姿。寂しそうに哀愁を漂わせるその背中に、思わず涙が出そうになる。
彼は、あの広くて飲み込まれそうなくらいに真っ黒な海を見つめながら……何を思うのか。
夜の表現者、夜科蛍。
今、彼の中には……どのような物語が生まれているのだろう。
私は溢れ出しそうな涙を懸命に堪えながら、彼に声をかけた。
「……ソウくん」
「――ミズホ!」
彼はすぐに、こちらに向かって駆けつける。気が付けば、私はあっという間に彼の腕の中にいた。
暖かい彼の体温に包まれ、最高の安らぎを与えられる。
どうして、こんなにも安心出来るのだろう? 貴方は本当に、不思議な人だ。
「良かった……! 本当に……良かった。ミズホ、ごめん! ……本当にごめんな」
彼は私に懺悔の言葉を繰り返す。
謝らないで。貴方が悪いわけではないのに……お願いだから、そんなに苦しまないで。
「ソウくん……大丈夫! 私は大丈夫だから! 貴方が苦しむ必要なんてないの。次謝ったら暫く口聞いてあげないからね?」
私は、彼の胸の中でクスクスと笑った。
急に抱きしめる力が強まったので、ふと顔を上げてみると……泣きそうな顔をしながら優しく笑う彼の姿があった。
勇敢で頼り甲斐のある強い人。愛おしいほど、弱い人。
その笑顔は、不器用すぎるよ。……本当に。
「もう一度ミズホに会えて、こうやって話す事が出来て……本当に良かった」
「偶然だね。私も今、同じ事を思ってた」
「……本当に? それは奇遇だね」
「うん! 神様って本当にいるんだな、って……そう思った」
「……ははっ! 神様なら、この島に沢山いるよ。色んな神様が沢山、ね」
私と彼は手を繋ぎながら黒い海の前に立つと、白い砂の上にゆっくりと腰を下ろした。
「ミズホ……サヤは……人魚になったよ」
「……うん」
「鏡花水月の湖の底を泳ぐように……彼女は遠くに行ってしまった」
「……うん」
「もう……二度と、会えないんだ」
――夜宴の島が勝利者に選んだのはソウくんだった。
どうしてソウくんが選ばれたのかはわからないけれど……白兎が言うには、どうやら納得できる理由があったようだ。
彼は【この世界の住人になりたい】という彼女の願いを叶えてやりたいと言っていた。しかし、今回の事で何か思う事があったのか……彼の望む願いは以前と変わっていた。
彼女は、彼が【その言葉】を口にしようとすると……微笑みながら、そっと頷いたらしい。
サヤは全てわかっていた。全てを、受け入れていたんだ。自分の運命、自分の未来を……
ソウくんが願ったのは、サヤを……この世界から【解放】するというものだった。
「もう二度と……サヤに会えないのね……」
抑え込んでいた涙がボロボロと溢れ出し、私の頬を濡らす。ストッパーが外されたその涙は、止める術さえ持たず……ただ無情にもその場に、言いようもない哀しみだけを残した。
サヤ、どうして逝ってしまったの……? まだちゃんと話してないよね、私達。せっかく仲良くなれたのに、私が起きるまで……待っててくれてもいいじゃない。……この島は非情だ。
――あの夢は、サヤが見せてくれた【奇跡】だったのだろうか?
そんなのって、悲しすぎるよ……
『私はソウより大切なものを見つけたの。初めて出来た一番の親友。世界一の親友だわ。……だからソウ、私の代わりに彼女の事を守ってあげてね? 【お姉ちゃん】からの、初めてのお願い。……彼女は、貴方にとてもよく似ている。お節介で心配性で、呆れるくらい人が良いんだから。ほんと、嫌になっちゃうくらい! ふふ。……けどね、優しくてとても良い子だわ。もしも、私が生きていたならば……彼女の物語を書いてみたかった。きっと鏡花水月なんかよりも、もっともっと素晴らしい物語になったでしょうに。本当に残念。……私は、今日で全てから解放される。ソウ、貴方も私から解放してあげるね。――幸せに、生きて』
「……それが、サヤの最後の言葉だ」
胸を刺すこの痛みは、般若に脇差しで貫かれた時よりも……もっともっと痛い。
視界が、まるで海の底にいるかのように歪む。涙の海に溺れたとしても、私には上手く泳ぐ事が出来ない。助けてくれる人魚はもういないというのに……私はどうしたらいいの?
「ミズホ、そんなに泣かないで。……ごめん。俺もちょっと……きつい」
膝に顔を埋める彼。……私なんかより辛いのは当たり前だ。実の姉を、二度も失ってしまったのだから。
……わかってる。わかってるよ、サヤ。
自力で岸まで上がればいいんだね。そして、私が彼を浮上させてみせるよ。貴女の代わりに……
「ソウくん……!」
私の声に、彼はゆっくりと顔を上げる。赤くなった兎のような目に、震える身体が痛々しい。
懸命に涙を堪える彼に、私はこう告げる。
「小説を……」
「え……?」
「貴方の物語を……サヤに」
私は、精一杯の笑顔を彼に向けた。
「サヤは、もう一人の【夜科蛍】の存在を知らないんでしょう? なら、鏡花水月の後に生まれた【貴方】の作品を……サヤは知らない。星降る夜に走る列車、常夜の言の葉、夜光曲。そして、朧月夜に泳ぐ魚。……あのヒロイン達は皆、サヤがモデルになっているんだね。とても素敵で、素晴らしい物語ばかりだわ。だから、せめて最後に……貴方の物語を、サヤに届けてあげて?」
「俺は……自分の作品を好きだなんて思った事がない。何を書いたって鏡花水月には敵わない。サヤの作品を超える事は出来ない。素晴らしくも何ともないんだよ。ただ、サヤの代わりに書いていただけに過ぎないんだ。俺なんて……」
「……私ね、夜科蛍の作品は全て好きだけど、中でも鏡花水月が一番好きだって……その作品以降の作品は少し感じが変わったような気がするって……ソウくんに言った事があったよね?」
「……うん」
「そしてその時、ソウくんは鏡花水月以外の作品は好きではないと言った。それはきっと、鏡花水月を超える作品が書けないという葛藤や、サヤの為に小説を書き続けなければならないという焦りに追いつめられていたから。私は、夜科蛍の小説は全て大好きだった。けれど鏡花水月と他の作品は、根本的に何かが違うように感じていたのも確か。そしてそれがどうしてか……ようやくわかったの」
私はすっと立ち上がり、彼を見つめた。
「作品に対する想いを感じられなかったから。サヤは、鏡花水月を愛していた。けれど貴方は、自分の作品を愛してはいなかった。貴方が自分の作品を愛さない限り、貴方はいつまでもサヤの影に隠れたまま」
「……ミズホ」
「ちゃんと愛してあげて……貴方の物語を。その想いはきっと、貴方と貴方の作品をよりいっそう輝かせてみせる筈。そしてサヤに、最初で最後の、貴方にとって最高の物語を」
波風が髪をたなびかせ、波音が静寂を連れてやってくる。
彼と私の視線がぶつかり合う。彼は小さく頷くと、ゆっくりその場に立ち上がった。
海に視線を移した彼は深く深呼吸をすると、鼻声で、震える口調で、ゆっくりと語り始めた。
彼の表現力は、やはり目を見張るものがある。
彼の世界観は独特でありながらも、人の心の中に激しく訴えかけてくるものを感じさせる。
感情移入がしやすく、そのキャラクターの心情が、ダイレクトに伝わってくる。
風景が鮮明に浮かび上がり、ここが夜宴の島だという事自体、忘れてしまいそうだ。
目の前に、二人の男女の姿が見える。幸せに笑い合う二人。二人の関係は、恋人同士ではなく……仲の良い姉弟。
二人はとても不思議な世界に迷い込む。そこは不思議で、奇妙で……美しくも恐ろしい世界。
彼の、【夜科蛍】の物語が……その口によって紡がれる。それは繊細で儚げで、聞く者全てを魅了してしまいそうなくらいに美しい物語。
私はそっと、耳を傾けた。
「……明けない夜などない。終わらない夜なんてものはないのだ。君が望めば、いつだって朝はやって来るのだから。真っ暗な闇は君という光を手に入れて、穏やかで柔らかな朝を連れてくる。朝露は葉を瑞々しく濡らし、白い霧は晴れ、君を……永遠の安らぎが与えられる夢の世界へと誘(いざな)うだろう。君を悲しませるものは……もう……もう……」
彼の頬を流れる涙。私はこんなにも美しい涙を、今までに見た事があっただろうか?
彼は、言葉にならない想いを……【言葉】にして彼女に捧げる。
――ああ、温情なる夜宴の島よ。……彼の想いを、サヤの元まで運んで。
「君を悲しませるものは……もういない。君を苦しめるものは……もういない。安らかに眠れ。夜に愛され、夜を愛しすぎた少女。君は永遠に……――俺の誇りだ」
その瞬間。突然海が光輝き、円筒状に空へと昇る。辺りに散らばる細かな黄金の結晶は、まるで光の雨のように降り注ぎ、一面をキラキラと輝かせた。手のひらに落ちた黄金の欠片は、触れた瞬間に儚く消えてしまうが……何千、何万はあるであろうその煌めきは、私達の心の中に【記憶】を残した。一生、忘れる事など出来ない記憶を。
「綺麗……!」
「本当に……綺麗だ」
私達は、あまりの美しさにそれ以上の言葉を失いながらも、浮遊する光の欠片達をずっと眺めていた。
「粋な事をするね、この島も」
「シロくん⁉ ……いつの間に!」
「おい、ソウ! お前、何かすげー奴だったんだな! ……グスッ。何かよ、何て言えばいーのかわかんねーけど、とにかくお前、すっげぇよ。……ズビッ!」
「……クロ、お前まで。しかも泣きすぎ」
白兎は私の隣に、黒兎は彼の隣に立つと、同じように輝く夜空を見上げた。
「ねぇ。ちゃんと、サヤに届いたかな?」
「……うん、届いているよ。彼女ならきっと、来世で幸せになれる」
「あいつ……今頃、すっげぇ笑顔で笑ってんだうな。想像がつくぜ!」
「サヤ……さよなら……」
――夜宴の島、九日目。
私はこの日を絶対に忘れない。
美しい人魚が、海という空に還った夜。
サヤはいなくなってしまったけれど……彼女はきっと、永遠に私達の胸の中で生き続ける。
これからも共に笑い、共に泣き、共に怒り、共に生きていこう。
私のライバルで……私の憧れの人。
そして【親友】の貴女に……真心を込めて。
「貴女に逢えて、本当に良かった」
夜宴の島 前編 【兎狩り編】 夢空詩 @mukuushi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます