第26話 千手怪怨
白無垢姿の鬼が消えた砂地にはオレが射出した歯がいくつも突き刺さっている。
消えたというよりも地面の中に落ちていったようだった。ないだろうと思いながらも、抜け穴の存在を考慮して地に手を突いてみる。やはり固い石畳の感触しか返ってこない。
後ろから江弥華の声で「鬼は?」と問われ、見たままのことを説明する。「銀の予想は当たりだったようだな」と納得して、俺を追い越して陰陽寮へと向かう。
開け放たれた寮の扉の向こうからは何かが落ちる音が断続的に聞こえている。それはもうすっかり聞きなれた、空から屍鬼が降ってくる音と同じであった。
むせる程の血の匂いが漂い、ふんわりと淡い青白の光が寮の中からあふれ出る。
「寮の中で屍鬼が降ってる……?」
頭に思い浮かんだのは寮内で天井に影が広がってそこから屍鬼が降る光景だった。しかし、しっくりこない。そもそも白無垢姿の鬼、銀が言うには『八瀬童子』が緋猪岩の上空から屍鬼を降らせたのも意味が分からなかった。
落下する屍鬼は防ぐことも避けることも容易で、落下後も全身の骨が折れて起き上がることはなかった。
八瀬童子の目的を考えていると寮の中から痰が絡んだような男の声が聞こえた。美味く聞き取れないが「足りない、足りない」とその声には焦りが滲んでいるみたいだ。
江弥華がオレの鎖を引きながら、扉の影に身を隠し、寮内の様子を窺って「おぉ」と感嘆の声を漏らした。
「あれは手毛手毛じゃないか?」
「手毛手毛?」
その名称から思い浮かんだのは上半身だけのセーラー服姿の女子高生だ。電車に轢かれた少女が失った下半身を探して彷徨い、生きている人間の足をもぎ取るという。元の世界でも有名な怪談の一つだ。
確かめちゃくちゃ速いんじゃなかったっけ、と好奇心に従ってオレも寮内を覗いた。
床一面に広がった血の海と足の踏み場もないほどに転がっているミイラ化した死体。中央に描かれた召喚陣が青白く光り、そこから四本の異様に長い腕が伸びている。
死体が邪魔で少々見にくいが、腕の付け根まで視線を遡ってみる。
上半身だけの体。節くれだった五本の角。
手毛手毛はしきりに「足りない」と呟き、自身の顔に爪を立てていた。
「足りない……」
また呟いたとき、辺り一面に広がった血が男の体に寄り集まった。
一体何が始まるのか、と目を凝らしたとき、オレのすぐ後ろで声がした。
飛び上がって振り返ると、民綱たちだった。声が出なくて良かったと胸を撫で下ろす。足音は一切聞えなかったが、江弥華は最初から気付いていた様子で「見てみろ」と場所を譲った。中の様子を窺う民綱や銀も江弥華同様に「おお、あれは」と感嘆する。
「手毛手毛は全て終戦後に葬り去ったと聞きましたが、討ち漏らしをしょうかんしたのでしょうか?」
「んなことはどうでもいいだろ。まだ完全に召喚されてねえうちにやるぞ」
「そうですね」
札や丸薬を準備する民綱と銀。しかし江弥華が待ったをかけた。
「もう少し待とう。素材は多いに越したことはない」
陰陽師組の間に一瞬の間が開いて、民綱がこめかみに青筋が立て、手毛手毛にバレないよう小声で「馬鹿か」と叱責する。
「素材狂いも大概にしろ!」
「初見の相手に何悠長なこと言ってるんですか?!」
二人から怒鳴られるが、江弥華こそ何を言っているのか分からない様子で首を傾げた。
「絶滅したモノノケの素材だぞ。出来るだけ量を確保するべきだ」
と、訳の分からない主張を並べる。
そんな江弥華に民綱は怒鳴りつけるばかり。銀は何とか説得を試みるが、平行線だ。
ちらりと手毛手毛の様子を確認すると、腕が六本に増えている。しかもまだ「足りない」と宣っていることからまだまだ増えそうな予感がする。
「なら江弥華はそこで突っ立てろ」
民綱が丙二を伴って寮内へ向かってしまった。その後に続いて銀と白暖も死戦場へ足を踏み入れた。
「ああ、クソが。どうして素材の貴重性を理解しない」
江弥華がガシガシと乱暴に頭を掻いて、「ああ……」と声を滲ませながら盛大な溜息をついた。自身の左足の爪先を見つめながら、コツコツとゴーグルを小突き始めた。
「手毛手毛なんて屍鬼の背中から手が生えてるだけだ。使える素材なんて骨と皮ぐらいなものだ。……そうだ、そう……屍鬼の素材と大して変わらないではない……」
何やらぶつぶつ言い始めたと思ったら、煙草を咥えて火をつけた。
ふっと最初の煙を吐き出してから、オレの名を呼ぶ。
「七大十、とっととぶっ殺して素材を剥ぎ取るぞ」
江弥華が大きく吸い込んだ煙をオレの顔面に向かって吐き出した。齧り付いた紫煙を唾と一緒に飲み込んで、オレの肉体が黒煙と化す。
転生したら三両の値札が付いた 十八 十二 @1812v7iiikojiki
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