第15話 これは覚悟ですか? いいえ、思い付きです。
「一週間以内に新作の企画が通らなかったらラノベ作家を辞めるだあ!?」
時は平日のド昼間、場所は心晴の住むマンションにて。
僕が先日向島さんに伝えた覚悟についての話を聞かされた心晴は目を白黒させながら、驚愕の声を響かせた。
「まあ、企画が通りもしないのにうだうだだらだらやっててもしょうがないしね。あ、でも、安心してよ。どんな結果であれ、例の外伝小説まではちゃんとやり切ってみせるからさ」
「そういう問題じゃねぇだろうが……」
溜め息交じりに肩を竦め、呆れるように僕を見る心晴。
「まだ企画会議に挑戦し始めて一年足らずだろ? 見切りつけるにはまだ早いんじゃねえのか?」
「確かに世の中には三年とか四年ぐらい企画会議を通過できないラノベ作家もいるって話だけど、僕のクソ雑魚メンタルじゃとてもじゃないけどそんなに長く挑戦し続けられないよ」
「そうかもしれねぇけどよぉ」
心晴は納得のいってなさそうに口を尖らせる。まあ、唯一の同期がラノベ業界をやめてしまうかもしれないんだから、彼が僕を引き留めようとするのは当然かもしれない。それはかなり嬉しいけど、でも、僕の意思が変わることはない。
「いろいろと考えて、今がその時だって思ったんだ。この一週間で新しい企画を通せなかったら、僕の企画は今後もきっと企画会議を通過できない。……そう、思っちゃったんだ」
「……はぁぁ。お前って本当に変なところで頑固だよな……」
「あはは。確かにそうかもしれないね」
ここまで追い込まれる前にどこかで見切りをつけておくべきだったかもしれないけれど、終わったことをいつまでも後悔したってしょうがない。
僕の新作を読みたいと言った雪音ちゃんを納得させるためにも、
僕の企画をいつも読んでくれている向島さんを見返すためにも、
そして、外伝小説を任せてくれた心晴の期待に応えるためにも、
——僕はこの一週間で奇跡を起こさないといけないんだ。
「ま、お前が決めたことに今更どうこう言うつもりはねえけどさ」
心晴はテーブルを指で何度も叩きながら、
「本当に大丈夫なのか? たった一週間ぽっちであの向島さんを唸らせるほどの企画なんて作れんのか?」
「……正直、自信はないよ。大体、一週間でそんなものが作り出せるんなら今頃僕は五作品ぐらい同時刊行できてるだろうしね」
「まあ、だろうな」
「……でも、やれるやれないじゃないんだ。もうそう決めてしまった以上、やるしかないんだよ。僕が今後もラノベ作家として生きていくためには、それぐらい自分を追い込まないとダメなんだ」
「…………そうか」
ほう、と吐息を漏らし、心晴は僕に優しく微笑む。
「で、本音は?」
「ちょっとシリアスに酔った結果とんでもないこと言っちゃった僕のバカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
床を殴りつけ、頭を抱え、天に向かって咆哮する。
「あと一週間って! あと一週間って! 普通に考えて無理なんですけど! しかも向島さんを唸らせるレベルの企画ってもう無理ゲーの極みじゃん! 雪音ちゃんからは『先輩が心の底から楽しいと思って書いた新作が読みたい』とか言われるし! どうして僕のラノベ作家人生ってこんなに波乱なの!?」
「神がお前を見限ったんじゃねえかってぐらいには波乱だな」
「ねえどうしよう本当にどうしようどうしたらいいと思う!? 僕このままラノベ作家辞めることになるのかな!? デビュー作を書いただけでドロップアウトすることになっちゃうのかなあ!?」
「さっきあんなにかっこよく啖呵切ってたくせに情けねえなお前」
「うるっさいな! 僕だって何でこんな道を選んじゃったのか自分でも不思議なぐらいなんだよ! あーもうどうしようどうしよう! 草の根齧ってでも業界にしがみついてようって思ってたはずなのに自ら泥船に足を踏み入れちゃったんだけど!?」
「泥船っつーか最早紙船だよな」
「くっ、斯くなる上は向島さんに『やっぱり冗談です』って電話して……」
「この作家は信用できない、って理由で見限られるだけだからやめとけ」
「ですよねええええええええええ!!!」
要するに、僕はもう背水の陣という訳だ。
やっぱり勢いで行動するべきじゃなかったな。覚悟を決めて担当編集に啖呵を切る自分かっこいい――って酔いに酔ってたあの時の自分に渾身のボディブローをお見舞いしてあげたい。
「もうダメだぁ……おしまいだぁ……ただでさえ見切り発車の専業作家なのに、このまま引退ってことになっちゃったら僕は悲しみの無職コースへ一直線だ……」
「何で俺みたいにフリーのシナリオライターとの兼業にしなかったのか甚だ疑問でしかねえな」
「僕みたいなクソ雑魚作家がシナリオ案件なんてもらえる訳ないだろ!?」
「逆ギレやめろや」
くそっ、何で同期は絵に描いたような成功者コースなのに僕は負け組無職人生詰み詰み地獄ルートへ真っ逆さまなんだ……やっぱり人生って不平等。僕より売れてる作家みんな死ね。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね……」
「おうおう呪詛が漏れてるぞ呪詛が」
「ハッ! 僕より売れてる作家がみんな死ねば僕の新企画は確定で企画会議を通過できるのでは……!?」
「それ俺以外の作家には絶対に言うなよ。特にうちのレーベルの売れっ子作家の先輩方とかにはな」
「大丈夫だよ。うちのレーベルの専用スレッドで匿名で愚痴るぐらいしかしないよ」
「何でお前ってネガティブな方にだけそんなに思い切りがいいんだ? つーか悪質すぎるからやめろや」
「チッ。分かったよ。じゃあツイッターに裏垢作ってレーベルの悪口を書き込みまくるぐらいに収めとくよ」
「後がなくなったからって悪質で悪辣な行為を連発しようとすんなこのバカ」
「あだっ」
投げつけられたスリッパが僕の頭に直撃した。
「うう、痛い……もうお家帰る……」
「おう帰れ帰れ。さっさと帰って企画作りに集中しやがれ」
「偉そうにしやがって……今に見てろよ! 僕の新企画で向島さんをアヘアヘ言わせてみせるからな!」
「追い込まれたお前ちょっとストッパー外れすぎじゃね? さすがに引くわー」
「うるさいなあもう!!!! 僕だってもう自分がおかしくなってるってことぐらい分かってるんじゃばーかばーか!」
荷物を手に取り、早足で玄関へと向かう――と、後ろから心晴に呼び止められた。
「おい、雅!」
「……何だよ。今更謝ったって許したりなんか……」
「勝手にラノベ作家辞めやがったら焼肉奢らせるからな!」
「っ」
思わず、足が止まってしまう。激励でもなんでもないし、完全に自分勝手な言葉だったけど、でも……とても心に響く一言だった。
僕は振り返ることはせず、彼に背中を向けたまま、後ろからでも見えるように親指を立てる。
「……焼肉なんて奢ったら破産しちゃうよバカ」
ああ、クソ。これで負けられない理由がまた一つ増えてしまったじゃないか。
心晴の家から自宅へと戻った僕は企画を作るため、早速パソコンに向かっていた。
「……とは言っても、すぐに思い浮かぶものでもないんだよなあ」
パソコンに向かっただけで企画が作れるなら苦労しない。大体、こんな状態で企画を作り始めたって良いものができるとは思えない。
作品を通して何を伝えたいのか、どんな作品を作りたいのか、作品の軸は何なのか、作品の武器は何なのか……ぱっと思いつくだけでもこれだけのものを設定しなくてはならないのだ。見切り発車でどうこうできるものじゃあない。
「期限は一週間……焦らないといけないけど、しっかりと企画を練りに練って、最高傑作を作らなきゃ……」
考えるまでもなく無理ゲーだ。今だけでも天才になりたい。呼吸をするように傑作を生みだせる、そんな天才作家になりたい。
「ないものねだりをしてる場合じゃないんだけどなぁ……」
キーボードを意味なくカチャカチャ叩きながら、必死に頭の中のアイディア倉庫を漁っていく。僕が今までインプットしてきたものから、最高傑作を作り出せるだけのピースを探し出して――
「わっ!」
「わああああああああああああああああああ――ぶぎゅっ!?」
いきなり後ろから大声を上げられた僕は驚きのあまり椅子ごと床を転がった。
僕を驚かせた犯人はケラケラと笑う。
「おっと、凄いリアクション! さすがはラノベ作家だねぇ」
「いたたたた……い、いきなり驚かせないでくださいよ穂乃果さん……心臓止まるかと思ったじゃないですか……」
「いやーごめんごめん。隙だらけだったから、ついねー」
「ていうかほんとに合鍵使って勝手に部屋に入るのやめてくださいよ……」
「失敬な。今回は合鍵なんて使ってないよ。珍しく鍵が開いてたから、普通に扉を開けて入ってきただけじゃよ」
「えぇ……僕って不用心……」
企画のことばっかり考えてたから施錠するのを忘れていたんだろう。入ってきたのが穂乃果さんじゃなくて泥棒とかだったら軽く詰んでいた。これは結構反省すべき案件かもしれない。
椅子を元に戻しながら、ゆっくりと立ち上がる。
「よっ、と……ふぅ。……それで、僕に何か用ですか?」
「チ〇コ見せて?」
「それ以外でお願いします」
「ぶー。イケズゥー」
可愛らしく口を尖らせる穂乃果さん。この人本当に僕より年上なんだろうか。ちょっと精神年齢低すぎない?
僕が呆れていることに気付いているのかいないのか。穂乃果さんは横髪を指でいじりながら、若干照れ臭そうに言う。
「あのさ、雅也くん。もしよかったらなんだけど……」
「はぁ」
「私と一緒に今から水族館に行かない?」
「はぁ。…………は?」
「……さすがの私でもその反応はちょっと傷つくなー」
子どものようにいじける穂乃果さんだが、僕としてはあまりにも唐突過ぎる申し出の方が気になってしょうがない。え、水族館? 何で?
「水族館に何か用事でもあるんですか……?」
「……君って時々むかつくぐらい鈍感になるよね」
「え、何で今ディスられたの僕」
「……まあ、君が鈍感なのは今に始まったことじゃないし、今回は特別に許してあげましょう。おねーさんの優しさに感謝したまえよ、少年」
「何で上から目線で二回もディスられたの僕」
心晴からのディスも合わせたら本当に何度目なのか。一日でこんなにディスられることって普通ある? もしかしたらギネスとか目指せたりするんじゃない?
悲しみのあまり零れそうになる涙を拭う僕に得意げな笑みを向けながら、穂乃果さんは懐から二枚のチケットを取り出し、これ見よがしに軽く振る。
「気分転換。インプット。建前を挙げればキリがないから、ここはド直球に言わせてもらおうかな」
「…………?」
穂乃果さんは若干頬を朱に染めながら、
「雅也くん。これから私と水族館デートをしよう」
そんな、予想外で魅力的で意味の分からない提案をしてきた。
超売れっ子の目隠れ美少女が僕の作家生活を終わらせようとしてくる件について。 秋月月日 @tsukihi7
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