4-6 世界は終わり、冒険は続く

「グラント?」

「こいつが元凶か」

 突如現れた女性に、シエとエンリが警戒態勢をとる。素早く僕らの前へ出て、武器を構えた。


「ま、待ってください!」

 レンが慌てて二人を制する。一方、グラントは殺気立ったシエやエンリの視線を受けても平然とした顔をしていた。


「ご苦労様だったセージロー、レン。目標は概ね達成したな」

「何がご苦労だこのくそ野郎! お前が無能だったせいでこっちの世界はえらいことだ!」

「貴様の不始末のせいで故郷が滅んだ。この落とし前をどうつけてくれる!」


「やかましいわ!」

 グラントが一喝する。彼女が手を振るうと、シエとエンリが突如として膝をつき、力が抜けたように地面へとへばってしまった。


「ど、どうした二人とも?」

「な……なんだ?」

「体に力が入らん……?」


「下級民のくせに世界の調停者へ歯向かうではない。お前たちは少し黙っていろ」

「くそめ……」

 シエが悔しそうに歯ぎしりをする。だが、磁石で貼りついたように体は微動だにしなかった。


「グラント! 乱暴はやめてください! 私たちはあなたに言われていた仕事を終わらせました」

「そうです。私はお姉ちゃんと一緒に戻りますから。だから……」

「当然だ!」


 グラントが今度はスイとレンを怒鳴った。二人は思わず僕の後ろへ隠れ、僕が前へ押し出されてしまう。


「私はわざわざお前たちを連れ帰るためにこんなところへ出向いたのだ。だがセージロー! お前を戻すわけにはいかん!」

「え?」


 びしっとグラントに指をさされ、僕は首を傾げた。


「まだリョーイチローが生きてるではないか! 私は殺せといったはずだ!」

 グラントが僕へ向けていた指を兄貴へ移す。兄貴は血の枷から抜け出そうとまだ無駄な努力を続けていた。


「あの男の首を落とせ! そうすればお前も現世へ連れ帰ってやる!」

「グラント、それは……」

「待ってくださいグラント!」


 僕の背中からスイが首を出す。

「あの人は私が巻き込んでしまったんです。どうか、命だけは……許して……」

「大丈夫だから、スイさん」


 僕は震えるスイを宥めるように視線を送った。スイは不安そうな顔をしていたが、僕と目が合うとほっとしたようにまた後ろへと引っ込み、グラントの視線を避けた。


「グラント。せっかくですが、僕は兄貴を殺すつもりはありません」

「……お前、現世に帰れなくなるぞ。それでもいいのか」

 グラントが怪訝な顔で僕を睨む。


「えぇ。帰って都合がいいです。まだこの世界でやることがありますし」

「やること……ですか?」

 今度はレンが僕の背後から顔を出した。


「あぁ、まだ兄貴のやったことの尻拭いが終わってないだろ? ガライの街から逃げ出してほかの奴隷商に捕まってしまった人の救出もまだだ」

「くだらん、そんなことのためにこの世界に骨を埋める気か?」


「まさか。でも、どうせ帰ったって現世じゃ数年後、もしかしたら数十年後数百年後なんでしょう? だったらこっちの問題を全部片づけますよ。ある意味、急ぐ必要なんてない」

「セージローさん……」


 レンが申し訳なさそうに弱った声をあげた。僕は彼女の頭を撫でてやる。

「大丈夫だよ、レンさん。この世界に来たときに、こうなることは多かれ少なかれ予想していたし。あとは任せて」


「でも……」

「大丈夫だ……レン」

 地面へ伏せていたシエが搾り出すように言う。


「私たちにも……まだやらなければいけないことがある。セージには精々、手伝ってもらうさ……」

「そうだな……リョーイチローを殺してセージを帰しても、問題が無くなるわけではないだろうし……我々にはセージの存在が必要だ」


「僕は何にもしてないと思うけどね。大した力もないし」

「いや、そうでもない。大した力がなくても、少しでも何かをなそうという在り方が必要なときもある」

「リョーイチローとは真逆にな」


「ふん。では勝手にしろ」

 グラントはそう言って、もう一度手を振るう。何もない空間にヒビが入り、砕けるように真っ暗な穴が出現した。僕がドラゴランドへ来たときと同じ門だ。

 グラントは門を開くと、穴をくぐってさっさと暗闇へ消えてしまう。


「レン! スイ! 帰るぞ!」

「はっ、はい」

 二人が僕の後ろから飛び出し、グラントへ続いた。スイが門をくぐって向こう側へ消える。


「セージローさん! シエさん! エンリさん!」

 レンが門へ背を向け、僕らに正対する。グラントがいなくなったことで魔法が解けたシエとエンリも立ち上がって彼女と向き合った。


「ありがとうございました。あの、こんなこと言うのも変かもしれませんけど、楽しかったです!」


「あぁ。私もレンと会えてよかった」

「そっちからこちらの様子が見えるのだろう? 俺たちのことを見守っていてくれ」


「レンさん。また会おう」

「……また、会えますか?」

 レンの言葉に僕は頷いた。


「きっと」

「……私も、そう願ってます」

 彼女は少し寂しそうな顔をして、暗闇へ消えていった。




 竜の住む島での出来事から一週間経った。

 兄貴が殺した竜と繋がっていたものが徐々に死に絶えていった。レクシスの港町には、どこそこの山が崩れて村が流れ去ったとか、水が腐って農作物が死滅したところがあるといった情報がひっきりなしに入ってきた。


 幸い、僕らが逗留していたレクシスには直接の影響はなかったようだ。

 ニシンのサンドイッチを出してくれた、食堂の老婆の行方が分からなくなったことを除けばだが。


「天を司る我らが竜よ。そちらへ、あなた方の子供が旅立ちました」

 そして、強い風の吹くこの日に、フィアの葬儀が執り行われた。厚い雲のかかる空と唸る海を背に即席の祭壇を設け、港には故郷を追われたエルフたちが集まっていた。


 身体能力の高い彼らはこの一週間ですっかり港町の人々と打ち解けていた。ある者は仕事と住処をもらい、ある者は船に同乗して外界へ繰り出すのだと意気込んでいた。エルフたちから話を聞いた港の船乗りたちも、僕らの儀式を遠巻きに眺めていた。


「セージ、シエ」

 祈りを唱え終えたエンリが僕らに合図をする。後ろへ控えていた僕らは立ち上がり、炎が燃え上がる祭壇へ供え物を運ぶ。


 シエは自分で獲ってきた大きな魚を。僕は港の店で見繕ってもらった服を。


「セージ、あれも」

「あぁ」


 シエに促されて、僕はポケットから小瓶を取り出した。蓋を開いて、ストローを吹く。

 筒の先から零れ落ちるように飛び出すシャボン玉を見て、港の人たちがざわめく。シャボン玉は強風に吹かれてあっという間に海の彼方まで飛んでいった。


「……さて、これからどうする? セージ」

 シエが湿っぽい空気を無理に切り替えるように、明るい声を作って言った。祈りを終えたエンリも立ち上がって僕らに寄り添う。


「僕は……また旅に出るよ。きっと兄貴が起こした問題はまだある。まずはガライの街の反対へ行ってみようと思う」

 この世界に来て、レンと僕が最初に出会った奴隷商たちが向かっていた方角だ。まずはあそこから始めるのがいいだろう。


「着いていくぜ、セージ」

「え?」

 シエが左腕を僕の肩へまわす。


「私も自分のクソ兄貴とケリをつけたくなった。といっても手掛かりがあるわけじゃねぇからな。まずはお前と一緒に旅をして、情報収集だ」


「俺も行こう」

 エンリも口を開く。

「妹を探す。そのためには世界を巡る必要があるだろう。リョーイチロー絡みの問題だ、お前と一緒だったほうが見つかる可能性がある気がする」


「いいのか? 僕は兄貴の尻拭いに行くわけだから、二人の目的達成のために効率がいいとは思えないけど」

「いいんだよ。一緒に行こう」


 シエとエンリが笑った。吊られて僕も笑った。

「それじゃあ、行こうか。一緒に家族の尻拭いだ」

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イキリオタクの兄が異世界でやらかしたようなので尻拭いに行きます。 新橋九段 @kudan9

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