後編
あれから1年生全員に一人ずつ話を聞いた。そこで市田が入部当初からどうしてもエースになりたかったということ、そして市田自身が入部当初、枚方をえらく気に入ったらしいが枚方から煙たがられ、それにさらに逆上し、仲が険悪になったということを香句寺は知った。女子が少ない工業高校で、その数少ない女子を好きになってしまうというのはよくあること。しかしそれが学業や部活動に支障が出てはまずい。香句寺の経験からも、それは断言出来る。
一方、一ノ瀬の方は何だかんだで枚方を心配していたらしく、市田を除く1年生は、一ノ瀬の嫌味は枚方を心配しての裏返しなのだと理解していた。枚方もまた、それにイラッとすることで自分を奮い立たせていたようだ。それを自身の好都合の環境だと勘違いした市田は枚方に攻撃していたようだった。
涼生から市田は大会が終わるまで顔を見せるなと言われてしまい、それから大会の日まで顔を出すことはなかった。
そして、ロボットの方は、市田が解体した2号機だけでなく1号機まで土屋が解体したため、また組み立て、修理するところから始まった。しかし、大会まで残り1週間となっていた。とてもではないが、所々の部品が曲がっており、不幸にも手のかかった機構が壊されていたため、2号機の方は間に合いそうにない。一ノ瀬がある提案をした。それに全員が賛同し、ロボットの修理に取り掛かった…。
―――――
大会前日。枚方は緊張が顔に出ており、酷く強ばっていた。そこに一ノ瀬が「ほら」と枚方にあるものを渡した。
それは、中学時代に一ノ瀬が「エースの証だ!」と称して付けていた、枚方お手製のミサンガだった。枚方は中学時代、願掛けとして中学ロボコンチームのメンバー全員にミサンガを作っていた。今年は色々あったために作れなかったのだが、多分枚方は作ろうとしていたのだろうと一ノ瀬は考えていた。
赤と青が入り交じったミサンガはかなり使い込まれて少し色褪せてもいた。一ノ瀬は枚方が「いらない!」と怒ってくるかな、そうしたら元気になるかと思っていたが、全く予想と違う返答が返ってきた。
「ありがとう」
はにかみながらそう言った枚方。一ノ瀬は枚方と知り合ってから、この表情は見た事がなかった。こんな笑い方ができるのかと思うくらいに…。だが、その目にはこの大会の『その先』が映っているようにも一ノ瀬は見えた。
果たして、その『約束の地』に行けるのかどうか…。
―――――
一方香句寺はまた校長室にいた。実はあの部活の一件が建築科職員室まで届いてしまい、そこから生徒指導部に通達され、部活動の停止が求められていた。しかし、停止になってしまうと枚方達も救われない。香句寺は部員達に悟られぬよう、生徒指導部に何度も頭を下げ、大会終了後、該当生徒の処分を決定するということになった。該当生徒は、市田と一ノ瀬。流石に大会選手から除外する他なかった。(ロボット競技大会は大会選手が1チーム5人までしか登録できない。)しかし、例え選手でなくとも、同じ桜工ロボット競技部の一員であることには変わりはない。
山嶺もまた、生徒指導部に処分を先延ばしにして欲しいと頼んだ。それは、かつての教え子を信用しての事だった。
「本当に、ありがとうございます」
香句寺は目の前のお菓子にも手を付けず、深々と頭を下げた。山嶺は「信用しての事だからな」と告げた。
「…それにしても、大会選手としての残りの部員は8人。2チームあるんだろう?大丈夫なのか?」
山嶺がそう尋ねると、「ああ…それが…」と香句寺が頭を上げた。
「2号機が、棄権するって」
あっさりと答える香句寺に、思わず山嶺は「え?」と変な声を上げてしまう。「…枚方は?どうなる?」
香句寺は「明日のお楽しみですよ。今年の大会は梅ノ南工業であるので、来てくださいね」とだけ答え、立ち上がった。部屋を出ようとした直前、呟いた。
「負けないように…頑張ります…だって。私もあの子みたいに強かったなら…大好きな…大好きなロボット競技部のメンバーであれたのでしょうか?」
香句寺の頬を雫が伝ったのを山嶺は見た。山嶺は重々しい声で香句寺の疑問に答えを呈した。
「あの時の悔しさがあるから、お前はここに居る筈だ」
―――――
大会当日。今年の会場校である梅ノ南工業高校…通称梅工は、桜工から車で1時間ほどかかる場所にある。その為、学校の同窓会から中型バスを手配してもらった。ロボットと工具類を積み込み、ロボット競技部員達にとっては少し広いバスは早朝に出発した。
バスの中は初めこそ男子らしく(枚方も居るが)ぎゃあぎゃあと騒いでいたが、梅工に近づくにつれ、皆緊張してきたのか、静かになりだした。そこで、香句寺は突然あの日以来の部活会議を開いた。
「はい!もうすぐ会場に着きますけども、みんな緊張し過ぎって!大丈夫!あの時も、皆で決めたんでしょう?今日の大会を、どう勝ち抜くか」
香句寺は涼生の目を見た。「1号機キャプテン、作戦をもう一度確認しよう!」
涼生は「えっ!」と驚いた後、「リモコン型は全てのエリアの得点を素早くかっさらって、自律型とも連携して、パーフェクトゲームを狙う」と答えた。
次に香句寺は1号機エースを見た。視線の先には、枚方が居る。
「マイちゃん、今日と明日は晴れ舞台よ!目指すは全国大会、そうよね?」
香句寺が問いかけると、強ばっていた表情が明るくなり、枚方は笑顔で威勢のいい声で答えた。
「負けないように、頑張ります!
私、誰にも、『私自身』にも負けません!」
バスの中で拍手が起こった。一ノ瀬も手を叩きながら、枚方の腕を見つめていた。枚方の手首には、一ノ瀬がかつて着けていたミサンガが付けられていた。
バスの中で香句寺の隣に座っていた山嶺も、手を叩いていた。枚方に、かつての教え子の姿を重ねながら…。
―――――
大会会場にて。大会選手の確認が行われた。2号機は棄権、大会選手の変更手続きを経て、1号機のメンバーは涼生、知世、遥平、夏輝、枚方の5人に確定した。唯一の1年生である枚方は、この1号機のリモコン型操縦者となっている。
一ノ瀬が提案したのは『2号機の棄権』。その代わり、『1号機を総出で改造し、機構を改善してパーフェクトゲームを目指そう』というもの。チームメンバーも、1年生の意向で2年の4人と枚方の5人にしようということになった。誰も不満はなかった。それから枚方は初めて1号機の操縦を練習した。練習期間は2日間。思いの外改造に時間がかかってしまった。しかし、枚方は皆の為にもやりきるしかないのだと思い切っていた。
しかし、予選前練習で問題が起きてしまった。ロボットの不具合でも、自律型のプログラムの問題でも何でもない。枚方がトラウマを思い出し、練習の時のようにうまく操縦が出来なかった。
一ノ瀬が言うには、後輩にロボットを壊されていたのを知ったのは、大会で自分の番になったその時らしい。ロボットを動かした途端、後輩が壊した際に取れていた『あるはずの部品』の隙間から機構が崩れていき、その場で棄権となってしまったのだという。
本当に枚方は悪くないのだが、「不安」とあの時の「恥ずかしさ」…女子選手故に観客が多かったために、失笑を買われてしまい「女の子なのに」とまで言われてしまったがために、それが大きな傷になってしまったのだという。
練習終わり、香句寺は枚方の肩を叩いた。枚方は「ごめんなさい」と俯いた。香句寺はしゃがみ、枚方の肩を持ち、枚方の瞳を見つめながら話し出した。
「あなたは強い。この大会に来ているどの男子よりも強い。女だからって、関係ない。ましてや、男だからって、関係ない。あなたは、ロボット競技が好き。中学時代も、そして今も。一ノ瀬も、あなたに頑張って欲しいと思ってる。土屋も、涼生も遥平も…。市田もね」
香句寺が横を向く。それにつられて枚方が横を見ると、そこにはあの日から顔を見ていなかった市田の姿があった。
「…頑張って」
市田はそれだけ言うと、一ノ瀬達がいる場所に行ってしまった。香句寺は「素直じゃないなあ」と笑ったが、枚方を見ると、号泣していた。
ほんとに、色んなところが似ている。
香句寺はそう思ったのを心の奥に仕舞い、「みんなの所にいこっか」と枚方に声をかけた。枚方は頷き、歩き出した。
―――――
山嶺はある教員と話をしていた。その教員は、かつて桜工ロボット競技部の顧問であった男性だ。そして―当時の香句寺の顧問でもある。
「見違えましたよ。あの子がこんなにも立派になるなんて」
「僕も驚いてますよ。この学校にあの子が来た時から、驚かされてばかりです」
「…それに、あいつと結婚したんですね…」
教員は香句寺のいる方向を見る。その近くでは、子供連れの親子が各学校のロボットを眺めていた。
「香句寺くん…だったか。あの時、唯一『名取』を助けようとしてた」
山嶺が記憶の欠片を思い出すと、教員は「そう、当時のキャプテン」と付け加えた。そこで、山嶺は思い出し「そうだったな」と納得した。
「…どうせ桜工の教員団は気付いてないんでしょう、香句寺先生という人物が、まさか『
教員が呆れながら笑うと、山嶺は「今は、『香句寺深月』ですからね」と言って笑った。
―――――
いよいよ試合直前。コート内に立ち入れるのは操縦者、サポーター、自律型担当の3人のみ。コート内に入るのは、枚方と涼生と夏輝の3人だ。
枚方の心臓が高鳴る。練習の時のあの不安は何故か消えていた。目の前に広がるコート。そして足元に置いてあるリモコン。スタートの合図の瞬間、このリモコンに触れることが出来るのだ。
鼓動はさらに早まる。今まで感じたことのなかった高揚感を枚方は感じた。その高揚感ははサポートである涼生、自律型担当の夏輝、そして観客席にいる部員達、そして香句寺の所にまで届いた。全員が、同じことを思っていた。
「…負けるなよ。誰にも」
隣に立つ涼生が全員の思いをひとつにして、枚方に伝えた。枚方は笑顔で「はい!」と答えた後に言葉を続けた。
「負けないように、頑張ります!」
彼女の戦いの最後は、誰もが想像できるだろう。
この先の結末を一言だけ言うとしたならば、桜工ロボット競技部は誰一人欠けることなく、紅一点が頂点に立つ末を見届けたという事だ。
桜ヶ北工業高校 ロボット競技部 るた @armmf_f
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます